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━━━案件114 逃げる大海蛇 追う西風団 その先には━━━

 

「くっ……! なんだ、今の動きは……」


 水上バイクを旋回しながら竜司郎は唸った。野生動物と同レベルと思い込んでいた大海蛇に、あれほどの動きができるとは。


 大海蛇はベアートリクス号に向かっていた。肩透かしを食う形となったモリンとルークが、竜司郎とマーカスに先行して大海蛇を追いかけている。


 マーカスが、半ば独り言のように語る。マーカス自身も大海蛇のあの動きには驚かされたようだった。





「……あくまで憶測ですが、二匹の大海蛇は、『加護』による魔力感知を共鳴させていたのかもしれません。それが一匹の死に際に強く共鳴し、もう一匹に我々の攻撃の性質や、回避すべきタイミングを伝えたのではないか、と」


「そんなことがあるのか、マーカス?」


「あくまで憶測です、竜司郎さん。ただ、本能レベルで精霊力を駆使するモンスターの中には、あたかも人間的な知恵や知能をもつかのような所作を見せる物が数多く存在するのは事実です」


「…………」




 戦っている大海蛇が、番いだったのか、群れだったのかは分からない。


 大海蛇の、蛇らしい執念深さと、仲間を気遣う本能を垣間見た竜司郎は、わずかに殺生の後ろめたさを感じた。


 竜司郎はそれを振り払うように旋回の後半からスロットルを回して加速した。いかなる理由があろうと、人間に仇なす以上は放っておくわけにはいかない。もう一匹も、仕留める。






「チャコさん。やり方を変えよう。飽和攻撃だ」


 ヴェスタは船首楼に弓隊の半数を呼び寄せた。弓隊はすぐに弓に『強化』の魔法をかけ始める。




「ほーわこーげき?」


「大海蛇の『加護』による回避能力を、手数で上回るのだ。矢と銛、それにチャコさんの『阻遮符』を一斉に仕掛け、ヤツの回避先を制限する。『加護』とて、あらゆる攻撃を際限なく避けられるわけではないからな」


「なーるほど! ヴェスタ兄さんあったまいい!」




 チャコの率直な賞賛に、ヴェスタは少しだけ笑った。


「本命は、あくまでチャコさんの『阻遮符』だ。いいね!」


「まっかせてちょうだい!」




 チャコは今度は飾り鎖の代わりに飾り紐を両手の指で回し始めた。先端にはやはり菱形の飾りが付いている。


 ヴェスタから船首へ振り向いたチャコの視線の先には、再び大海蛇が迫っていた。水面に下ろしていた首をもたげ、突進の体勢に入る。




「まだだ、もう少し……。ヤツが飽和攻撃範囲から逃げられなくなるまで引き付ける……」


 ヴェスタは慎重に機を測った。


 遠すぎれば、攻撃の軌道を見極めた大海蛇に、弾幕ごと回避される。かといって近すぎれば、阻遮符を投げても回避先に届く前に通り抜けられてしまう。もう少し引き付ければ────




「てぇーーっ!!」


 ヴェスタは叫ぶと同時に銛を投げつけた。同時に放たれる矢と阻遮符。その一斉射撃は皇国軍正規軍と遜色のない練度で放たれた。




 大海蛇の身体が、一瞬ぶれたように見えた。『加護』で躱しきれない攻撃の群れ。


 大海蛇は『加護』による魔力感知で、迫る攻撃の性質と威力を見極めたのだろう。大海蛇は、その中でも最も威力の高いヴェスタの銛を最優先で回避した。


 その動きは、チャコとヴェスタに正確に予測されていた。




 弓隊の弾幕は囮。ヴェスタの銛も本命と見せかけた囮だ。


 チャコは大海蛇が銛を回避することを見越し、左右どちらへ逃げても阻遮符がその進路に入り込むよう、二つの飾り紐を別々の軌道で投げ分けていたのだ。




 二度めの『阻遮符』投擲は見事に命中した。それも二つとも。


 首元と、胴の半ばに命中した二つの『阻遮符』。これから発せられる魔力の波は、大海蛇の魔力感知を大いに乱すはずだ。


 そして、これで万が一、大海蛇が海中へ逃げようとも、チャコが阻遮符の魔力を感知できる範囲内であれば、その位置を追うことができる。






 形勢は一気に好転した。


 大海蛇は『阻遮符』命中前とは比べ物にならないほどに回避力を落とした。大海蛇の胴体には、すでに数本の弓と、弩が命中していた。最初の接敵では一本も命中しなかったのだ。




 ただ、それで決着がつくには至らなかった。


 決定打となり得るルークの一撃も、船からの射撃との交差を避けるため、なかなか仕掛けられずにいた。


 大海蛇もヴェスタの銛にだけは魔力感知を集中しているのか、鱗と肉を削り取るものの、致命的な命中には至っていなかった。


 竜司郎もまた、船からの射撃武器の誤射を警戒……いや、恐れていた。マーカスの魔法も、射出のタイミングを計りかねている。


 それでも、船の外縁には二艇の水上バイクが周回して大海蛇の動きを封じ、ベアートリクス号からは間断のない射撃が命中するにつれて、大海蛇の動きは次第に鈍くなっていった。




 やがて大海蛇は悔しそうに頭を振ると、そのまま海中に没した。逃走を図るつもりだ。




 セリーネは見張り台から甲板へ降りたち、船長に駆け寄る。




「船長!」


「追いますか」


 セリーネは大きく頷いた。


 船員たちが雄たけびを上げる。ここまできておめおめと逃がす手はない。特にヴィクトーリア号から志願して乗り込んだ船員や護衛団の者たちは、復讐心をたぎらせていた。


 縄張りから追い払っただけでは、画竜点睛を欠くというものだ。大海蛇が海中にいられる時間は短い。チャコの『阻遮符』が効いているうちに追い詰めて、討ち取る。


 それで航路の安全を、少なくとも大海蛇からの襲撃を無くすことができるはずだ。




「大海蛇を追うぞ! 面舵ーーっ! リルヴィアさん、水流操作お願いします!」


 船尾楼から魔法紋を刻印した帯を垂らし、そこに魔力を込める。帯を介して水の精霊に働きかけ、船底に沿って進行方向と同じ水流を生み出すのだ。船体が受ける水の抵抗を軽減するための補助魔法だった。


 船首楼のさらに先端では、チャコが『阻遮符』の魔力を感知しながら、海中に没した海蛇の所在を指示していた。


 二艇の水上バイクはベアートリクス号の前、十一時と一時の方角に位置して速度を合わせて進んでいる。矢傷のせいか、大海蛇の逃走速度はそれほど早くない。次に海面に出てきた時が勝負だ。


 竜司郎はスロットルを握り直した。






「……?」





 竜司郎は行く手の海面に僅かな違和感を覚えた。何となく、濃い気がする。


 趣味のマリンスポーツをかじった程度で、海を知った気になるつもりはない。それでも、海に縁のない者よりは、多少なりとも海を見慣れているのだ。


 その理解が、違和感を、それもあまりよろしくない方向の違和感をにじませていた。




 光の加減ではない。近づくにつれ、ベアートリクス号の乗員たちも、何人かが気付き始めた。ルークが水上バイクを寄せる。




「リュウ、この海域、何かおかしい」


「ルークもそう思うか」


「どういったらいいのか分からんが、とにかくおかしい」




 ルークの父親は漁師であった。短いながらも、ルークは海のイロハを父と、父の仕事仲間から学んでいた。そのルークも、竜司郎と同様の違和感を感じているようであった。


 ここは航路から全く離れた洋上。調査も進んでおらず、当然安全も保障されていない。竜司郎とルークは顔を見合わせた。




 竜司郎とルークは同時に振り返った。精霊魔法に長けたセリーネかリルヴィアなら、何かわかるのではないか。そう思った時────




「御主人! 海底から何か来ます!」


 モリンが水上バイクのナビゲーションシステムを見ながら叫んだ。


 竜司郎も自分の水上バイクのそれを見る。行く手に光る丸い光点。それが緑から黄、橙、そして赤へと急速に変化していった。危険を示す障害物を示す赤い光だ。……障害物?






 前方の海が突如として盛り上がった。巨大な飛沫。間欠泉のように噴出したそれは、大洋のただなかに屹立し、動きを止めた。





 鰐に似た強靭な顎。


 太く、鋭く、長大な角。


 青く煌めく鱗。





 海竜が、大海蛇を胴の半ばから喰いちぎっていた。



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