━━━案件111 柔軟な大海蛇 臨機応変な西風団━━━
二匹目の大海蛇も仕留め損ねたルークとモリンは素早く水上バイクを反転させた。
二匹目はともかく、一匹目はそれなりの確信をもって叩きこんだ一撃だった。一撃で討伐、とはいかないまでも致命傷か、それに準ずるダメージは与えていても不思議は無かった。それも鱗と加護によって滑らさせられた。
大海蛇がパッシブセンサーのように展開している魔力の感知スキルも、ルークの一撃を微妙にずらした一因だった。正攻法では時間がかかる、か。
「アッサリとは片付かねえな……。モリン、リュウに伝えてくれ。船のみんなと連携する作戦を使う、と」
「了解ッス、ルークさん」
二匹の大海蛇両方に魔法刃を滑らさせられて、ルークはあっさりと次の作戦に切り替えた。作戦の伝達を、落ち着いた口調でモリンに依頼する。
「……モリン、怖くないか?」
大海蛇を見据えたまま、ルークは言った。西風団のリーダーとして、銅二級の冒険者であるモリンを、彼は庇護する立場にあるからだ。
「大丈夫ッスよ……。タヌキにとっちゃ、デカさが違い過ぎると、人間も熊も大海蛇も、ひとまとめにデカい相手って感じッスからねえ……」
モリンの軽口はやや硬い。丸いコックピットで見えないが、尻尾もけば立っているに違いない。それでもモリンはルーク同様前を見据え、大海蛇に追いつこうとしていた。
ビビっていても、それでも自分に与えられた仕事はきっちりこなす。モリンの肝が据わっているという評価は、ボンゴス親方のお墨付きなのだ。
「ルークさんがすぐそばにいるから安心ですし……」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」
「それに、御主人だって……。ああ見えて、結構やる時はやるんスよ御主人」
「ふふふ……知ってるよ! リュウだけじゃなく俺たちも、やる時はやるって見せてやろうぜ!」
「了解っす! ルークさん!」
ルークとモリンは、大海蛇を見据えたまま笑いあった。
彼らの視線の先、船を襲おうと海を滑る二匹の大海蛇は、竜司郎とマーカスが乗る水上バイクと戦闘を開始していた。
(でけえ……! ガチもんのモンスターだ……!)
竜司郎の内心は滝のような冷や汗をかいていた。前世界の大蛇とは完全に別モノの、それでいて姿かたちは見慣れた蛇そのままなモンスターである。
初めての森でゴブリンに追われて、モンスターにも免疫ができていると思っていた。だが、間近に見る大型モンスターの迫力は別格の恐怖で、ゴブリンごときの経験などあっさり吹き飛ばした。
……二十代の頃、竜司郎は当時の彼女と動物園デートに行ったことがある。
ゾウだのサイだの、ライオンだのトラだのと、大型生物や肉食獣を間近に見て、当時の彼女と揃って歓声を上げたものだ。あの時は檻越しの見物だったし、分厚いコンクリートの擁壁もあった。
今、竜司郎と大海蛇の間には何もない。
大海蛇は捕食者として、文字通り鎌首をもたげて迫ってくる。
居眠りダンプとニアミスした時に似た、圧倒的質量が迫りくる恐怖を、竜司郎は必死で抑え込んだ。
そもそも飛野竜司郎は銅二級に昇級したばかりの初心者冒険者である。
ほとんどの冒険者が、経験と実力に応じた適切な仕事を受け、相応のモンスターを狩り、適切な期間を経て昇級していくのである。
ところが竜司郎は、初めてのモンスター討伐依頼で、いきなり銀級冒険者が相手にするようなモンスターと対峙しているのだ。
いくら異世界OJTで銀級冒険者の庇護下にあり、希少な乗り物スキルを多数保有していようと、明らかな人的配置のミスマッチである。
冒険者ギルドが貢献度を設定し、経験を積ませて、適性を見極めて、等級に応じた仕事を割り振っているのは、しっかりとした根拠があるからである。
竜司郎は、自らの意思で依頼を受諾し、この仕事に参加した。
もちろん後悔もしていなかったが、今回のOJTは、いささかトレーニングの域を逸脱したものだと思わざるを得なかった。
「『火投槍』」
後部座席から聞こえるマーカスの冷静な声。
マーカスの右掌の先に、機関銃の弾帯のように整然と並ぶ十本の炎の槍。その一番外側の槍が二本、同時に射出される。
射出の瞬間、マーカスは魔力で軌道を調整する。水上バイクの進路と大海蛇の動き、その両方を計算に入れての操作だ。
一本は真っ直ぐに大海蛇の頭部を、二本目は僅かに弧を描き、大海蛇の首元を狙う。頭部を狙う一本は、当たれば儲けものの囮。首元を狙う二本目が本命だ。
「おおぉ……!」
竜司郎は一瞬、恐怖を忘れて炎の槍を目で追った。
合宿訓練で何度も見た火投槍。熟練者のよどみのない、手馴れた手順は見ていて美しささえ感じる。
火投槍は二本とも着弾した。ごうっ! という燃え盛る音が大海蛇の顔と首で巻き起こり、大海蛇は目に見えて速度を落とした。
「……ダメか!」
マーカスが火炎が収まる前に呟く。大海蛇は炎を振り払うように、わずらわしそうに首をひと振りすると、小癪な攻撃者へ報復を開始した。頭をやや低くして、そのまま突撃してきたのだ。
「竜司郎さん、左!」
「オーケーっ!」
水上バイクを左旋回。
マーカスはその回避行動に合わせてもう一発火投槍をお見舞いする。大海蛇はひるんだだけで、痛打を受けたようには見えない。
「やはり『強化』なしの『火投槍』では、大海蛇の『加護』を削るのが手一杯のようですね」
竜司郎は回避に手いっぱいだったのに、マーカスは攻撃が通じないのにいささかも動揺していない。攻撃が決定打にならないと分かっても、冷静に威力を見極め、大海蛇の『加護』を削れたという成果を確かめている。
このあたりの対応の差、余裕の差が、銀級と銅級の差というべきなのであろう。
「……マーカス、モリンから通信だ。船のみんなと連携する作戦で行く、と」
「分かりました。大海蛇の『加護』には、やはり一点突破の刺突武器の方が有効でしょうね」
大海蛇の突進攻撃は脅威である。
船体にまともに突っ込まれれば、船が破壊されかねない。海のど真ん中で船を失うなど、考えたくもない恐怖の未来である。
西風団が、大海蛇をなるべく船には近づかせず、できれば水上バイク組みだけで片づけたい、という作戦案を最初に実行したのも無理からぬことであった。
しかし、実際に対峙して判明した『加護』──水の精霊力の被膜──の厄介さ。そこに、敵の数が想定の二倍という事態まで重なった。
水上バイク組だけでの討伐にこだわるわけにはいかない。西風団は、船上の攻撃力を加えた作戦へと速やかに方針を切り替えた。
「……来るぞ!」
ヴェスタはチャコとともに、船首楼で水上バイクの戦闘を目視していた。
ルークとマーカスは、大海蛇に確実に攻撃を命中させていた。だが、大海蛇の『加護』は思ったより強力なようである。
次善の策。ベアートリクス号の武装、弓、銛、バリスタ。刺突攻撃に適した武器を集中させ、『加護』を突破するしかない。
「各員、弩にも矢にも銛にも、全て『強化』をかけろ! 弓隊は速射で大海蛇の頭を狙え。絶対に突進の体勢を作らせるな!」
ヴェスタ自身も大樽に納められた極太の銛を二本手に取った。大樽はフォアマストにしっかりと括りつけてある。銛の数は十二本。ヴェスタの膂力に合わせて作られた特注品である。
「……チャコさん、『阻遮符[そしゃふ]』の投擲は、打ち合わせ通り私が援護する。銛は十二本しかない。それが尽きるまでに頼む」
「まっかせてちょうだいヴェスタ兄さん!」
親子ほどに年の離れたチャコに、兄と呼ばれたヴェスタは真剣な表情のまま、少しだけ目を見開いた。




