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━━━案件109 竜司郎の父 ルークの父━━━


「……ルーク」


 ルークの表情は真剣だった。月明りで形づくられた陰影が、ルークの表情を一層際立たせていた。


 竜司郎も姿勢を変え、ルークを正面にした。返答はためらわなかった。




「ダメだ。ボンゴス親方の約束を破ることになるぞ」


「もしものことがあったらだ。リュウ」


「もしものことがあったとして、残ったお前はどうするんだ?」


「お前らの逃げる時間を稼いで、俺も船で逃げる」


「らしくないな。セリーネさんとリルヴィアさんという精霊術師を二人とも先に逃がして、どうやって俺たちの水上バイクに追いつくつもりだ」


「それは……」


「そもそも、もしものことがあったら、船だって無事じゃすまないはずだぞ」


「…………」




 もともとルークは性格も思考も直情で、それほど弁が立つ方ではない。


 竜司郎とてマーカスやセリーネのような理知的な方ではない。それでもルークを畳みかけられたのは、ルークの直情な性格と、10年を超える社会人経験があったからである。




「それに、もしもの時こそ、みんなの力を合わせなきゃならない時だ。戦力の分散は兵法の常道に反する。それが分からないルークじゃないだろう?」


 偉そうに講釈を垂れてみた竜司郎だが、彼自身は孫氏の兵法を諳んじているほど咀嚼しているわけでもない。昔、セイやんに勧められて読んだライトノベルのキャラクターが言っていた台詞を真似ただけだ。


 ただ、講釈の出どころはどうであれ、この場においてはまず正論ではないか。竜司郎もそう思ったからこそ台詞を拝借したのだ。




「……いや、西風団のリーダーとして、仲間の事を思ってくれるのはうれしい。その気持ちだけは、受け取っておくよ」


 竜司郎は努めて明るく言った。ルークも若くして銀一位の地位を得た一線級の冒険者である。ただ感情に任せて喋っているわけではないことは、竜司郎も分かっているのだ。




「……そうだな。すまん。親父の事を思い出して、俺もちょっと気が昂ってるのかもしれない」


 ルークは、無理に笑って頭をかいた。




「海で親父さんを亡くしたんなら、しょうがないさ。俺だってクレーンを召喚する時、父さんのことを思い出さなかったって言ったら嘘になるしな」




「……リュウの、父さんも?」


 ルークは、ごく自然に竜司郎に質問していた。


 ボンゴス親方を救出する時、竜司郎から思わず漏らした「父さん」という言葉。父親を亡くした者として、ルークはずっと心に引っかかっていたのだ。




「……ああ。建設現場で仕事中に、クレーンで吊った鉄骨が風に煽られて、その下敷きになった」


「そうか……」


 ルークは、竜司郎の父が自分の父と同様に、仕事の最中に命を落としたことを知った。それは、竜司郎に、初対面の頃から何となく感じていた共感を構成するピースのひとつでもあったのだ。




「それで、学校を卒業してすぐ、俺は父さんの知り合いの伝手で、大森建設っていう、まあ、ボンゴスファミリーみたいなところに世話になることになったんだ」


 竜司郎は、記憶喪失の設定を一時的に解除した。それでルークの心情に、少しでも応えられればと思ったのだ。




「……ま、俺はどっかの誰かさんみたいに、一年もせずに飛び出したりは、しなかったけどな!」


「……言ってくれるぜ!」




 ルークは笑った。それは竜司郎が知っている、少年の笑顔だった。




「さ、そろそろ寝ようぜ。セリーネさんたちが、折角西風団を休ませようと配慮してくれたんだ。夜更かしはご法度だ」


「分かった。それじゃあ明日、よろしく頼むぜ、リュウ」



 竜司郎とルークは、月の神ウールカの下、絆を深め合うように拳を打ち合わせた。






 翌日の海は静かで、空は雲一つ無い快晴だった。


 ほとんどの船員は海と空を見て安堵の表情を浮かべる一方、できすぎている、と、かえって心配する者もいたほどの好条件である。




 今日は、セリーネも、リルヴィアも、精霊魔法で航行補助はしない。魔力は大海蛇討伐まで温存しておくためである。


 マリーナ、セリーネ、マーカス、リルヴィアの四人は、組み紐で綺麗に巻かれた魔石を確認した。メルクス商会が魔法使い用に手配した、いわば「予備電源」である。


 拳ほどの大きさの魔石は、手に入れるのに金貨を必要とする。それを気前よく四つも手配しているのだ。メルクス一家の、娘への配慮と期待の表れである。




 竜司郎は黒のジェット型ヘルメットと、黒と銀のバイクプロテクターに身を包んでいた。今回は水上バイクの運転手であるから魔導バールはキャビン収納スペースに収納したままだ。


 モリンもタヌキ用ヘルメットとタヌキ用ライフジャケットを装備して万全の体勢である。




 一人と一匹は、ベアートリクス号に備え付けの二基のクレーンのふもとで、船員たちとともに荷降ろし準備を手伝っていた。降ろす荷物というのは水上バイクである。


 水上バイクは、まず、甲板で二艇──モリンのバイクを一号、竜司郎のバイクを二号とする──を展開し、それぞれをこの二基のクレーンで海面まで降ろしてもらうのだ。




 港で敢行した、海上へ二輪車で飛び出しそのまま水上バイクへ換装するシークエンスは、見た目は実に「映える」。が、一旦二輪車を展開するので魔力を余分に使用してしまう。海へ飛び込むのだから、当然危険も伴う。


 あの時は、二輪車で港に移動してからすぐの、緊急の救出劇だったためで、本来は間違っても推奨されない「危険運転」なのである。




 船は順調に進む。


 このままいけば、一時間もしないうちに目的の海域に到着できるはずである。先日大海蛇に襲われた商船が、目印に赤い浮標を設置しているのだ。メインマストの見張りは、それを探していたのだが……。




「大海蛇を確認しました! 海上を滑走して……あ、あれは……!!」


「どうしたの?」


「お嬢! 二匹です! 大海蛇が二匹! 間違いありません」



 見張りが上ずった声を上げた。船上が一気に緊張感で満たされた。海と空の好条件を、こんな形でバランスを取ってくるとは。



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