━━━案件108 竜司郎とルーク 月明りと波の音━━━
水平線に日が沈むまでの間、竜司郎とモリンは水上バイクを展開し、ベアートリクス号の船員たちにお披露目をした。
船長はもちろん、何人かの船員にも後部座席に同乗させ、そのサイズ、スピード、挙動、視点を体感してもらうことにしたのだ。
彼らとは、大海蛇との戦う時に、二艇の水上バイクの挙動を把握して連携してもらう必要があった。特に船首楼と船尾楼に二基づつ備え付けられたバリスタからの誤射は何としても避けたいところである。
洋上を駆ける二艇の大型の三人乗り水上バイクには、モリンをコックピットに、チャコと二人の若手が搭乗し、小型の二人乗り水上バイクには竜司郎と船長が搭乗していた。
……バイクはあれだけからっきしなのに、チャコは何故か水上バイクは抵抗なく操れるのである。
船尾楼から手を振るセリーネに、水上バイクの若手たちが満面の笑顔とともに歓声をあげ、大きく手を振った。船上の船員たちも、ベアートリクス号を周回する水上バイクを追って、左舷へ右舷へ大忙しで動き回っていた。
実際に水上バイクを体感してもらうことで、思わぬ心理的効果もあった。
ベアートリクス号には、竜司郎とモリンが魔導クレーンを召喚して、ヴィクトーリア号を救出した話を伝聞でしか聞いていなかった船員たちも多かった。
特にセリーネお嬢に熱を上げ、慕情と熱意とをもって今回の討伐任務に志願した若手たちは、後からのこのこやって来たくせに随分とセリーネお嬢に懇意な竜司郎に隔意を抱いていたのである。
セリーネ自身も大旦那様も、竜司郎に大変友好的であるため、露骨に負の感情を表すわけにもいかず、何となくモヤモヤしていた気分の所に、この水上バイクである。
「……聖獣さんの御主人だものなあ」
「飛野さん自身も、あれやこれや魔導車を召喚できるそうだし」
「それに見ろ、あの水上バイクの動き。まるで海を走る馬じゃないか」
「竜司郎さんが、ヴィクトーリア号を釣り上げた所、見なかった方がよかったかもな」
「ああ……たぶん敗北感ハンパねえよ……」
隔意が明確な嫉妬や敵意に変わる前に、若手たちは竜司郎に無言のうちに白旗を上げたのであった。……セリーネお嬢との仲は、まだ認めていなかったが。
夕食に振舞われた、チャコ特製の具沢山シチューは大好評だった。
月明りに照らされた海のただ中。その光のきらめきと波の音に囲まれて味わう温かい食事は格別であった。
ベアートリクス号には豪商の船に相応しく、かまどには炎霊石が備え付けられており、火気の危険を最小限に抑えながらも、温かい食事ができる設備が整っていたのだ。
日が高いうちに水上バイクを楽しみ、日が暮れてからは温かい食事を囲む。
大海蛇討伐という仕事でなければ、豪商の令嬢と過ごすクルーズ船の洋上旅行、といった雰囲気さえあった。
その夜。
眠れない竜司郎。
あてがわれた部屋からそっと抜け出し、甲板へ出る。
モリンはこういう時、決して竜司郎に構おうとはしない。好意を向けてくる女性たちに気を使えない御主人とは違い、何とも気が利く聖獣なのであった。
月明りは思った以上に明るく、甲板に落ちる影はくっきりと竜司郎のシルエットを映し出していた。その影に並ぶ一回り大きな影。
「眠れないのか、リュウ」
ルークだった。剛槍こそ持っていないが、鎧はしっかりと着込んでいる。
金属部分を最小限に抑えたほとんど皮革鎧といっていい軽装鎧は、大海蛇討伐前に改めて購入したものである。
西風団は今夜はゆっくり休んでいい、と言われたにもかかわらず、鎧を着こんだままというのは、常在戦場の心構えでいるルークらしいいで立ちであった。
「ああ……。はじめての冒険らしい冒険っていうか、えらい大掛かりな討伐仕事になってて、ちょっと気が昂っているのかもしれない」
「ははは……。昂ってるんならよかった。ここまで来てビビッてたらどうしようかと思ったぜ」
竜司郎とルークは示し合わせたように、船首楼へ続く階段のふもとに並んで座った。二人ともタバコは吸わない。戦闘を前にして酒にも手を付けていなかった。
しばらくの沈黙の後、不意にルークが切り出した。
「……俺の親父は、漁に出て、嵐に遭って、その時に死んだ」
ルークの口調は、どこか他人の父親の死を語るようだった。竜司郎は一瞬身を硬くしただけで、応えようとはしなかった。出航前、ボンゴスがルークに言った言葉を思い出しただけだ。
「おふくろは他に男を作っていなくなった。困った漁師仲間が俺を押し付け合った末に見つかった引き取り手が、ボンゴス親方のところだったんだ」
「それで親方は、今もルークの事を悪童って言ってるんだな」
「ボンゴス親方はああいう性格だし、俺もこういう性格だろ? 結局一年もたずに飛び出して、町の悪ガキとつるむうちに、いつの間にか湾口通りの悪童なんて呼ばれれるようになったのさ」
ルークは照れくさそうに笑った。
ボンゴスは短気で口が悪いが、人情家で面倒見もよい。ルークが飛び出していったあとも、何くれとなく気にかけてくれていたのだろう。
そうでなければ、竜司郎とモリンを取り合ったり、一緒に仕事をしたり、軽口を叩き合ったりする間柄にはなっていないはずだ。
竜司郎は聞き役に徹した。
ルークの声はいつもと違って大きくはなかったが、竜司郎には一つ一つの言葉が明瞭に聞こえた。
時折、波の音と、船が軋る音と、見張りの気配が、竜司郎の五感に届く。それでも竜司郎はルークの言葉に耳を傾け続けた。
「……チャコと会ったのもその頃だ。あいつも両親を亡くして、盗賊ギルドのやつらからガキの使いみたいな仕事を貰って何とか生きてた。それで意気投合して、な」
「腕力だけが取り柄だった俺に、チャコの知恵が加わったんで、大人たちも手に負えなくなってな。それで困った湾口通りの顔役がマシウス先生に相談したのが、先生と、マリーナとの出会いだった……」
ルークはそこで沈黙した。竜司郎は波の音を聞きながらゆっくりと続きを待つ。
「……なあ、リュウ。モリンの水上バイクはどれくらいの距離を走れる?」
「ん……? そうだな。全力疾走さえしなければ、何とかロナーシアに帰るくらいまでは、走れるかもな」
ルークの身の上話からの唐突な切り替え。
竜司郎はルークが身の上話を終え、他愛もない話に切り替えたのだと思った。それで冗談めかして答えてみたのが、ルークは真剣だった。
「そうか。なら話は早い」
「今回の討伐で、この討伐隊にもしものことがあったらリュウ。マリーナとチャコ、それとセリーネさんとリルヴィアさんを連れて逃げてくれ」
竜司郎を正面から見るように、ルークは姿勢を変えていた。




