━━━案件104 リルヴィア合流 セリーネ要求━━━
「『治癒』」
マリーナが右手と左手で同時に『治癒』の魔法陣を形成した。
ルークとヴェスタは、『強化』の魔法と木槍を使用し稽古していたために、傷は深刻なものではない。
一つあたりの魔力を抑えた、二つ同時の軽い『治癒』でも十分に回復できる程度の負傷だった。その二つの魔法陣を、浜辺で胡座をかいている二人の戦士に重ねる。
ゆっくりと回りながらルークとヴェスタを透過する魔法陣によって、二人の戦士の青痣と打撲と擦過傷は瞬く間に消えていった。
時間は正午前。
竜司郎は昨日の失敗から、定期的に時計を確認しつつ計画的に訓練を進め、水上バイク組をきっちり時間通り浜辺に戻していた。
午前中、水上バイクを体験し、その性能と楽しさを十分に堪能した女性陣が浜辺へ戻ると、マリーナは回復へ、セリーネとチャコは昼ごはんの準備へと向かっていたのだった。
「ありがとうマリーナ」
「かたじけないマリーナ殿」
マリーナの『治癒』に、二人同時に返礼したルークとヴェスタは、胡坐のまま姿勢を変えると、ガッチリと固い握手を交わした。
親子ほども年の離れた二人の戦士は、文字通り肉体言語で語り合い、友情と信頼を育んだのであった。
「久しぶりに気合の入った稽古ができた。流石は銀一級の戦士だなルーク殿」
「こちらこそ、同じ町にこれほどのお方がいるとは思いませんでしたよヴェスタさん」
ルークはマシウス以外にも全力でぶつかれる相手を見出して嬉しそうであったし、ヴェスタも久しぶりに全力を出せる若者を相手にできて、こちらも嬉しそうであった。
「男の友情ッスねぇ」
「うん。浜辺で一対一で戦い合ってからの握手。模範的過ぎる……」
竜司郎とモリンは、創作でしか見たことのない男の友情シーンを目の当たりにして感動することしきりだった。
ルークとヴェスタの稽古を、竜司郎はチラチラと水上バイクから見ていただけだが、それだけでも竜司郎の中に熱いものがこみあげてくる。それほど白熱した稽古だったのだ。
竜司郎もやはり男の子。小市民の平和主義を標榜していても、男の子の心に住まう浪漫と闘争心は確かに息づいているのだ。
「みんなーー! お昼ご飯だーよーー!」
チャコが自らの収納スキルから椅子と机と料理鍋を取り出し、浜辺の一行に呼びかけた。
「……で、どうして当たり前のように俺たちとご飯を食べているのですか、リルヴィアさん?」
「あら竜司郎さん御不満? チャコさんがフツーによそってくれましたけど?」
浜辺から少し奥、海を一望できる平坦な岩場で、西風団とメルクス商会の面々、そしてリルヴィアは昼食を楽しんでいた。
悪びれもせず竜司郎の向かいに座り、木製の器から具沢山シチューを美味しそうに口に運ぶリルヴィア。岩場の向こう側の草場ではリルヴィアが借りてきたワガママ馬が草を食んでいた。
結局リルヴィアは昨日のうちに廃村カリキルに到着できず、一晩を野宿で過ごし、今日の午前九時ごろにようやくカリキルに到着したのだった。
「固いこと言いっこなしよ、りゅうっち! 昨日作り置いたシチューはまだたくさんあるし」
おたまとエプロンと三角巾が意外と似合うチャコがリルヴィアの味方についた。他ならぬ料理の作り手がいいと言っているのだから、竜司郎もそれ以上追求はし辛い。
チャコはモリンと同じくらい注目されるのが好きで、その目立つ手段のひとつとして、皇都のトレンドをロナーシア通信から仕入れているのだ。西風団でも数少ないロナーシア情報会肯定派なのである。
「お昼ご飯のご相伴はともかく、ここまで堂々と取材にやってくるとは、見上げた根性ですわね」
セリーネが、言外に報道同盟を匂わせながらリルヴィアを見据えた。リルヴィアはあっけらかんとしたものである。
「そりゃあ今ロナーシアで一番の話題性がある皆さんですもの。報道に携わる者として、これを逃す手はありませんよ」
あくまで自分主体なのがリルヴィアらしい。それにしても冒険者ギルドであれだけイルゼにとっちめられてもなお、いささかの逡巡もなく竜司郎たちを追いかけてくる行動力は、ある意味尊敬に値した。
「……まあ、訓練の邪魔さえしなければ、私は別に不満はありませんけど」
マリーナの全く不満を隠そうともしない口調も、やはりリルヴィアには通用しなかった。一応は肩をすくめてみせるも、取材に関しては全く引く気はなさそうである。
「あんまり邪険にしないでくださいよマリーナさん。今回の取材はあくまで竜司郎さんとモリンさんが主体なんですから……あ、チャコさんお代わり! 半分くらいで」
「そうは言いつつ、また私やセリーネさんをダシに使うつもりなんでしょう?」
「そこはだって、マリーナさんとセリーネさんは、竜司郎さんを語るうえで外せませんし……ね?」
チャコから具沢山シチューをもらいつつ人好きのする笑顔を浮かべるリルヴィア。
大抵の男なら、この人好きのする笑顔を見れば矛を収めるところだろう。今回の相手は同性で、過去に過熱報道の被害に遭ったマリーナである。言い返そうと身を乗り出したところを、意外にもセリーネが制した。
「いいでしょうリルヴィアさん。今回の依頼主であるメルクス商会の代理として、同行取材を認めます」
「おぉ! さすがはメルクス商会のセリーネさん。話が早──」
「ただし、条件があります」
セリーネはリルヴィアの発言をわざと遮った。それで主導権をもぎ取る。
「あなたの精霊術師としての優れた手腕を、今回の討伐任務にお貸しいただくことが条件です」
「…………」
「……え~っと、なんのことやら」
一瞬の沈黙が、リルヴィアの動揺を表していた。
どこから漏れた?
リルヴィアが精霊術師であることは、ロナーシア情報会の者ですら知る者は片手の指で数えられる。ジェフトにすら「取っておきの魔導具」といって誤魔化しているくらいなのだ。
セリーネ相手に、尻尾を掴まれるようなヘマはしていないはず。だとすると、この場にいる他の誰かが──
……リルヴィアは、セリーネの隣でむず痒そうな顔をしている竜司郎と目が合った。
「……竜司郎さん、意外とおしゃべりなんですね?」
「さ~って、なんのことやら……」
竜司郎はそっぽを向いて口笛でも吹きそうな顔である。
どうやら湾口通りで、リルヴィアが竜司郎とモリンの気を引こうと──悪戯心も多分にあったが──『影疾駆』で先回りを披露した、あの一件から手繰られたようだ。
前後の状況を詳細に説明すれば、精霊魔法に通じた者なら『影疾駆』に辿り着けてもおかしくない。竜司郎とモリンを釣り上げるつもりが、リルヴィア自身が釣り上げられてしまったのだ。
「今回の大海蛇討伐では、銀級冒険者を主体とした戦力を編成しています。戦力として使い物にならないド素人を同行させるわけにはいきません」
セリーネは敢えて強い言葉を並べてリルヴィアを牽制した。先だっての夕刊記事でマリーナの恋敵扱いされた意趣返しも含まれていたのは、彼女の精神的若さの現れかもしれない。
「……ですが、貴女が一流の精霊術師で、大海蛇討伐の戦力となり得るなら、私はむしろ貴女を歓迎いたします。……いかがです?」
「…………」
さすがのリルヴィアも沈黙した。イルゼからつまみ出されて以来、どうも巡り合わせが悪い。




