━━━案件103 腕は立つけど空気が読めない男たち━━━
「はぁ~~……もぅクッタクタですわ……」
廃村カリキルの宿泊家のベッドに、セリーネは大の字になって寝転がっていた。ベッドにはヴェスタが先回りして用意したシーツとマットが敷かれていた。
こちらの宿泊家は、かつて村長か、それに準ずる有力な農家が住んでいた家らしい。中央を大きな廊下が貫き、その左右に多くの部屋が並んでいる。大人数で宿泊するには、うってつけの建物であった。
旅人や冒険者が定期的に利用しているおかげで、建物は今も良好な状態に保たれていた。天幕で寝泊まりするよりも、はるかに快適で安全な宿泊施設なのである。
「豪商の令嬢が、なんて格好をなさってるんですか」
マリーナが笑いながら、紅茶が入ったカップをトレイに乗せてやってきた。淹れられた紅茶の茶葉は、セリーネが持ってきた一級品である。
村の中央広場では、チャコと男たちが分担して夕飯の支度にいそしんでいた。今回の合宿は決定してすぐに出発したため、チャコの作り置き手料理を用意する時間が無かったのである。
セリーネは水上バイクの戦闘訓練のため『水流操踊』を使い続け、自らの魔素を限界近くまで消費してしまったのだ。
竜司郎とルーク、そしてモリンとマーカスが、セリーネの魔法の持続力にすっかり甘えて、休憩を忘れて訓練を続けてしまったのが原因であった。マリーナとヴェスタが止めに入らなかったどうなっていたことやら。
訓練に夢中になりすぎた竜司郎たちは、セリーネを休ませると、反省の意味も込めて夕飯の支度と宿泊準備を買って出たのである。
「あら、豪商の令嬢だって、疲れもしますし、眠くもなりますわ」
悪びれもせず身を起こしたセリーネは、マリーナから差し出された紅茶のカップを手に取った。爽やかな香気はセリーネがいつも淹れている香りと変わらなかった。
紅茶を一口。
セリーネがいつも使っている大晨帝国由来の白磁のカップではない。旅人がお手軽に利用する普及品の、持ち手すらない素焼きのカップの口当たりがセリーネには新鮮だった。
「お上手ですわマリーナさん」
「ありがとうございます。お口に合ったようで私も安心しました」
セリーネの賞賛を素直に受け止めたマリーナは、セリーネの隣に座り、自分とセリーネの間にトレイを置いた。
「セリーネさんの精霊魔法、凄かったです」
マリーナの素直な賞賛を、セリーネも素直に笑って受け止めた。
「……父の友人に、精霊術師の方がいまして、小さい頃から彼女の手ほどきを受けていたのが、私の精霊術師の原点ですわ。そういう意味では、身近に神依魔法を使える御両親がいたマリーナさんと似たところがあると思います」
セリーネはもう一口紅茶をすすった。素焼きのカップで味わう紅茶も悪くない。
「皇国学院ではもちろん精霊魔法を専攻して、いささかながら自信を持てるほどには魔法を修め、今はこうして父と兄を補佐する立場で家業のお手伝いをいたしておりますの」
「竜司郎さんを勧誘するのも、その家業をお手伝いする一環ということなんですね」
セリーネの、竜司郎に対する積極的なアプローチは、メルクス商会のためである、というのは、先日、マリーナが運転するサイドカーにセリーネが同乗した際に語った話である。
ただ……。
「ですが困ったことに、飛野竜司郎さまは先にマリーナ・ローズウッドという方にお会いしてしまっていたのです」
「……」
「おかげで私は現在、竜司郎さまの気を引くのに、とても苦労しているところでして……」
セリーネの笑顔は揶揄するわけでも煽るわけでもない、本当にそう思っている、という本音の吐露であった。
マリーナは困惑していた。セリーネと出会ってからずっと困惑していたといっていい。
竜司郎とセリーネを前にすると、胸の内に何とも言えない感情の波が湧き上がる。それが男女の機微に関わるものなのか、マリーナには未だによく分からなかった。
ただ、セリーネが、ビジネスパートナーとして竜司郎を勧誘する以外にも、男性としての竜司郎に、女性としてアプローチをかけているのは、さすがのマリーナでも理解できたのである。
「これでも皇国学院で、大勢の殿方に言い寄られた身です。少なくとも男女の機微に関しては、神への帰依と修行に、長く身を捧げてきたマリーナさんよりは、分かっているつもりですわ」
今度のセリーネの笑顔には、明らかに前向きで、そして挑戦的な成分が含まれていた。後発だからといって遠慮はしませんわ、といったところか。
やや間を置いて、マリーナが何か言い返そうとしたとき……。
「マリーナ! セリーネさーん! 夕飯ができたーよー!」
宿泊家の玄関から、チャコの元気な声が聞こえて来た。
「はーい!」と返事をしてすぐに立ち上がったセリーネ。おかげでマリーナは、露骨にホッとした表情をセリーネに見られずに済んだ。
翌日。
浜辺では二人の男が対峙していた。
練習用の木槍を構えるはルークとヴェスタ。二人の身体には薄く『強化』の魔法が展開されていた。身体能力と、防御力を強化しているのだ。
若さと勢いに溢れるルーク。円熟した冷静さをまとうヴェスタ。海の上では対照的に、女性陣を乗せた水上バイクが軽快に駆け抜けている。
既に二人は汗にまみれ、浜辺には激しい攻防を物語る足跡が刻まれていた。甲乙つけがたい鍛え上げられた二人の身体にも、生々しい打撲痕がいくつも残っている。
「はぁっっ!」
対峙の沈黙を破って仕掛けたのはルークだった。一足飛びに接近し、一切の躊躇なくヴェスタの胴に強烈な一撃を突き込む。
「……っっ!」
ヴェスタは槍を合わせてルークの突きを受け流し、半身になって体をさばく。そのまま、こちらもためらいなくルークの首元を薙ぎ払った。
ルークは突き出した槍を軸に体をひねり、側転するようにしてヴェスタの槍を躱す。回転の勢いを利用し、今度は自らの槍を横薙ぎに払ってヴェスタの横腹を狙った。
ヴェスタは大きく身を引くことなく、あえてルークの槍へと踏み込んだ。
木槍が横腹を捉える。しかし、回転の勢いが十分に乗り切らなかった一撃は、ヴェスタに有効打を与えるには至らない。
側転から両足を大地に戻したルークは、素早く槍を手元に引いた。ヴェスタが横なぎの力をそのままに体を一回転させ、今度は上段から槍を叩きつけて来たのだ。ルークの頭上で交差する二本の木槍。
互いの『強化』の魔力が爆ぜあい、火花のような光が舞う。
上段を防がれたヴェスタはすぐに槍を引いた。引いた槍から速攻で繰り出されるルークの首を狙った突き。その槍の一撃の力強さと正確さはどうだ。
ヴェスタの木槍は一瞬前にルークの首があった場所を貫いた。ルークが身に纏う、肩から首にかけての『強化』を削るように魔力の火花を散らしながら。
ルークはヴェスタが槍を引き戻す前に、ヴェスタの木槍を担ぐようにして右腕と肩で固定した。そのままルークは左手に渾身の膂力をこめて、槍を封じられたヴェスタに槍を突きこむ。
今度はヴェスタがルークの槍を固定した。胴を狙ったルークの突きを躱すと、右腕でルークの槍を捉え、脇で抱えるように固定したのだ。
二人の男の動きが止まった。止まっただけで、戦いはまだ続いている。お互いが槍を取り戻そうとし、お互いがそれを拒み続けているのだ。
みしり、と、互いの槍がしなった。木槍にも『強化』の魔法が及んでいる。だが、強化された二人の膂力が生み出す負荷は、木材そのものの強度の限界を超えていた。
二本の木槍は同時に折れた。




