━━━案件101 マリンレジャー? いいえ戦闘訓練です━━━
「あっ……こら! そっちじゃないって!」
リルヴィアは廃村カリキルに続く旧街道のただ中で悪戦苦闘していた。リルヴィアを乗せた大型の馬が街道脇の草を食む。これで何度目だ。
西風団を追いかけようと貸し馬を当たったものの、折り悪くハズレの馬しか残っていなかったのだ。それでも徒歩よりは、と借りた馬なのだが、これがとにかく気分屋で食いしん坊で好奇心旺盛でリルヴィアの手に負えないのだ。
貸し馬屋によると、ポテンシャル自体は高いらしく、ここまでの道程で一度だけ見せた襲歩の速さは、聖獣モリンの魔導二輪車にも匹敵するのではないか、と思わせるものだった。
セリーネ辺りが見たら「実力があるのに手に負えないだなんて、実にリルヴィアさんにお似合いの馬ですわ」とでも煽られそうな馬であった。
その実力と気分が今日の日中だけでも上振りしてくれれば、と思っていたのだ。……ところが、である。
「はぁ……なんとか日が暮れるまでにはカリキルに着けると思っていたのに……」
リルヴィアは諦めて件の馬が食欲を満たすまで自らも休むことにした。
マリーナ、チャコ、セリーネのような十代のうら若い乙女ではないが、リルヴィアもまた、眉目も所作も整った女ざかりの女性である。アラウンドサーティーの彼女は、大勢の男性の目を引く魅力を備えていた。
アンセル伯爵が採用したローファインの治安維持組織連携案によって、街道の治安は驚くほど良好になっていた。それでも本来、女性の街道一人旅は危険なものである。
にもかかわらず、リルヴィアが一人旅を選択できるのは、西風団とセリーネお嬢が看破したように、彼女が記者スキルとともに磨いた、ひとかたならぬ冒険者スキルのおかげであった。
冒険者を離れ、皇都を離れ、ロナーシアで記者として再出発しても、リルヴィアのスキルにはいささかの曇りもなく、むしろ日々の記者活動のおかげで一層の磨きがかかったかのようにすら見えた。
それは聖獣と契約者の、モリンと飛野竜司郎にも発揮され、彼らのスキルに対する優位性としても、リルヴィアに興味を抱かせる釣り餌としても、現在進行形で十分な役割を果たしていた。
廃砦や山岳を拠点に、さながら小領主のようにふるまうタチの悪い賊徒──もはや叛乱勢力と呼ぶべき連中である──は別として、女子供を狙う程度の野盗なら、煙に巻き、翻弄し、逃げおおせる自信が彼女にはあった。
そして大規模盗賊団も、小銭を掠め取る野盗も、アンセル伯爵の粛々とした治安維持活動と、ローファインの罪人に対する苛烈なまでの取り締まりによって激減していた。
彼らは領邦治安官の目を盗んで細々と活動するか、取り締まりの緩い遠方の領地に拠点を移す労苦を余儀なくされていたのであった。
つまり、今のロナーシア周辺では、リルヴィアが冒険者スキルを振るう機会は、ごくわずかしかなかった。
同時に、現在のところ、彼女の盗賊スキルも、精霊魔法スキルも、この大馬を意のままにするにはあまり役に立ちそうになかった。
「……ま、取材対象の居場所は分かってるし、気長にやりますか」
リルヴィアは腰に巻いた50センチ級の容量を持つ収納スペース袋から、ミックスナッツの布袋と、ガラス製の水筒を取り出した。
「いちっ! にっ! さんっ! しっ!」
「「「ご! ろく! しち! はち!」」」
マリーナのディフォード戦闘術演武指導を前に、西風団とメルクス一家は彼女に合わせて演武による準備体操にいそしんでいた。カリキルから魔導車でほんの10分の海岸である。
セリーネもヴェスタも、ディフォード戦闘術演武は心得ていて、セリーネは優雅で華やかな、ヴェスタは静かで力強い演武を披露していた。
美しい海岸であった。
ここはルークが指定した海岸で、マリンスポーツ……ではなく、水上バイクの習熟と水上戦闘の訓練にもってこいの場所であった。
打ち寄せる波のうねりも、砂浜の美しさも申し分ない。前世界に存在していれば、竜司郎はセイやんとタカくんを誘って、夏の間中、マリンスポーツを楽しむために通い詰めていたであろう。
(……水着じゃないんスか、御主人?)
モリンがスマホで念話してきた。この場面だけ切り取れば、なるほどマリンスポーツを楽しもうと隠れ家的な海岸にやってきた若者グループそのものである。
ただし、ヴェスタは円熟した中年男性である。彼はさしずめ、引率の先生、もしくは海の家の熟練インストラクターといった役割になるだろう。
(セリーネさんも言ってただろう? 俺たちは戦闘訓練のためにここに来てるんだ。だったら練習も本番同様の装備で臨むのがセオリーってもんだ)
そうタブレット念話を返す竜司郎は、女神さまから異世界ナイズされた黒と銀のバイクプロテクターを装備していた。ヘルメットはまだかぶっていない。
練習も本番同様の装備で臨もう、と、提案したのはもちろん竜司郎である。
ルークとマーカスは竜司郎の正論に同意はしたものの、いささか残念そうな顔をしたのを、モリンは見逃さなかった。
(いや、そうじゃなくてですね、御主人)
物分かりの悪い御主人である。
せっかく海に来て、十代のうら若い乙女たちが三人もいるというのに、誰も水着姿を披露しないというのは、如何なものか。
それ以前に、年頃の少女たちが、割と好意的かつ積極的に接してくれているのに、いまいちノリが悪いのは、如何なものか。
モリンが御主人の女性事情に気を回すのをまるで気づく風もなく、竜司郎はマリーナに合わせて拳を突き出していた。
モリンは正面突破を試みた。
(……御主人は、マリーナさんの水着姿、見たくないんスか?)
(ぶっ……! お前、いきなりなに言い出すんだ!)
不意を突かれた竜司郎はたたらを踏んだ。気を遣って視線を投げてきたマリーナの顔をまともに見れない。
(いきなりじゃないッスよ。御主人は転生して若くて健康でいい男になったんスから、もっと自信をもって女性にアプローチして下さいよ。傍で見てて、もどかしいったらないんスから)
ポテンシャルを持て余しているいい男への発破なのか、鈍い御主人へのお説教なのか、モリンは海に来て開放的になった勢いで、御主人に心境をぶっちゃけたのであった。
「……以上、ディフォード戦闘術演武、終了です」
一礼して演武を終える一同。
場面転換となった演武の終了に、露骨にホッとした表情の竜司郎。モリンは御主人に向けてため息をついた。




