第21話 燐光の剣
あれから、どれほど戦い続けただろうか。
なるべく防戦を中心にしながらもシーニャと息を合わせてどうにか一匹ずつ撃破していく。時々アンテノルが、ガルグイユによりインビジブルで身を隠しながら、持ち物から目くらましや音響弾で真魔の動きを止め、二人の手助けをする。
しかしハルマジライズはそれを嘲るように新たな真魔を補充し、総数が減る事はない。もう何匹を倒したかも覚えていない。
レイの氷の剣は、破砕の一撃を行使していないのに真魔の甲殻や体毛に阻まれた事により、ところどころが欠けている。いつ折れてもおかしくないような僅かな武器を頼りに、全神経を注ぎ込んで戦いを続けている。致命傷に繋がりやすい裂傷は極力避けているが突進などの打撃攻撃は複数受けており、ハルマジライズの魔力爆発と合わせて鎧は表面の一部が溶け、胸部や腕甲などは上から強い圧力を受けて歪んでいる。
シーニャは極光が変わらず発動しているが、魔力を削減する為に空を飛ぶのを最小限に留めている。彼女の極光の性質上怪我こそは負っていないが、渇いた血が身体のあちらこちらに張り付いて薄汚れている。飄々としたいつもの彼女とは似ても似つかぬ血生臭さだ。
「俺も…戦う…!!」
そう言ってウィスタリアが戦線へと舞い戻る。
鎧ごと貫通した袈裟斬りのような傷痕は、強引に包帯と薬で止血してきたらしい。普段ならそのような怪我をしている者をレイは止めるが今はまったく余裕が無い。
「ああ…助かる!」
なんと言ってもこのままでは何事も出来ずに成す術なくやられる他に無いからだ。
二刀奉焔で高速で立ち回るウィスタリアが入るだけで今よりは楽になってくれる。ウィスタリアが入った事で生まれた僅かな余裕を、戦い続けながらも全力で思考へと回す。
このままでは遅かれ早かれ、全員が死ぬだけだ。状況を打開しなければいけないがそれが出来る様な状況ではない。
(何か、なんでもいい、何かが無いのか!?)
必死に考えを巡らせても状況を切り拓くきっかけなど一つもない。
戦況を俯瞰して見直すうち、レイの目には仲間達が目に入る。
ウィスタリアの使う燃え上がるような熾剣・二刀奉焔。戦いの中で進化させたシーニャの極光・滾戦禍ヘルテイト。
(熾剣…そうか、熾剣!!)
レイはこれまで熾剣を完成させられなかった。
熾剣とは悔恨を断つ刃。レイにとっての悔恨とは紛れもなく従者たちにどうしようもない傷を残したあの夜の事であり、それ以上の後悔などある筈もないからそれ以外を対象にも出来ない。
しかし、それを完成させたらどうだ。この状況を切り拓く何かを作り出す事が出来るのではないか?
(あの日の悔恨を振り切る為に、僕に足りないものはなんなんだ?)
真魔と戦いながらも思考を逡巡させる。レイにとって精神的に足りないものが、レイ自身には分からない。
従者たちへの信頼だろうか?
いや、それは違う。
レイはメリアスと、サリーと、ツバキをこの世で最も信頼している。もし彼女達が望むのならばいつだって自らの全てを捧げても何ら後悔すらない。
ならば自分自身の実力か?
いや、それも違う。
レイは見違える程に強くなった。こうして真魔と競り合う事が出来ているのが何よりの証拠だ。もしもあの日の夜に今の自分が放り込まれても成体にも満たない真魔など恐るるに足らないだろう。
では従者たち以外の人間への感情か?
いいや、今はそれも違うのだと言える。
一時はメイド達以外を誰も信用したくも無かったが、今こうして共に命を賭けるような仲間も居る。彼らもまたメイド達とは違った信頼を抱いていると確信を持って言い切る事が出来る。
ならば、何が足りないのか。それが分からない。あの日の夜にまつわる全てを洗い出したのに悔恨を晴らすきっかけが足りない。
(僕は―――)
そう意識を逸らしてしまったからか、小柄な真魔である斧帯獣が死角から攻撃してくるのに気付けなかった。
それをシーニャが庇ってくれた。飛び込んでレイを抱きかかえるようにして飛翔する。レイを傷つけないために極光すらも一時的に解除している。
「無事ですか!?」
「ああ…。すまない、シーニャ。」
レイは自身の不注意で彼女を危険に晒した。それは紛れもない事実だ。
(何をしているんだ、僕は)
シーニャは自らの身すらほんの一瞬切り刻む事で回避を出来るが、庇うならばそうはいかない。回避した先に守りたい相手が居るのに躱してはならないからだ。今回たまたまシーニャが躱せただけで、ほんの数瞬の遅れで彼女は死んでいた。レイのせいで、だ。
「何を言っているんですか。」
だが、シーニャの返答はレイの想定とはまるで違うものだった。
「私が良い人に見えますか。人を庇って満足に死ねると思いますか。
貴女を信用しているから、信じられたから、それでも躊躇い無く命を懸けられるんですよ。」
「………え。」
「さあ戻りましょう!」
視界の端にはウィスタリアが真魔に囲まれているのが見え、シーニャはそれを援けに戻る。レイは呆けてしまい、続く事は出来なかった。
シーニャは自殺志願者にも等しい狂人だ。だがその上で『死と隣り合わせな中、命の応酬をして死にたい』と言っている。人を庇って死ぬなどは言語道断だ。
それでも、彼女はレイの事は信用して『命を懸けられる』と言った。彼女は社会に不適合した人間ではないのだ。恩も報いも何もかも忘れていくような人間じゃない。
シーニャは利害がただ一致したからでなく、レイを助けたいと彼女も思ったからこそ共に居る。
ウィスタリアだってそうだ。彼はレイに複雑な嫉妬と羨望が入り混じった感情を抱えていたが、それでもレイに対して誠実にありたいからとその心情を吐露して自らの気持ちを清算した。
彼の真摯に向き合うひたむきさがあっての事だが、それを引き出したのはレイが信頼されているからだ。
メリアス、サリー、ツバキの三人がレイを信じていないかと言うとそんな訳はない。それははっきりと自信を持って言える。レイが深い愛を持つのと同じぐらいに彼女達はその心の全てをレイに寄せてくれているのが、確かな自信と共に感じられる。
ならば、レイはレイを信用しているのか?
「そうだ。」
あの日、壁猪達に対してレイは何の力もなくただ怯えて隠れているだけだった。
死に体の重傷を負った彼女達に対して、目が覚ますまで何度も虚空に向けて謝り続けた。弱い自分から変わりたくて、大仰な儀式じみた演出と共に自分をかなぐり捨てた。弱い自分を着飾るような極光を作り出したのも、つまるところは同じ理由でしかない。
「僕は、僕自身を誰よりも信じていなかったんだ。」
悔恨を断つ為の刃は、自分自身への信頼そのものだ。
本来実力に伴って醸成される筈の自負や自身の全てが負の感情へと傾いていたのに、それが悔恨を断つと言える訳が無い。
「僕は、僕は!!」
地上に降り立つと共に、ボロボロに朽ち果てた氷の剣を胸の前に構える。
真っ直ぐに立った氷の剣身はレイの顔を区切りきる。
「僕は自分を信じられるような心根を持つ訳じゃない。
それでも!僕を信じてくれる皆が居るなら、その僕を信じよう!!」
自覚したからと、単に自分を信じる事が出来るかと言うとそれは否だ。彼女の性質がどこまでも自罰的で自信のない人間なのは性質そのもので、変えられない。
だが、レイがこれまで成してきた事や、レイがこれまで培った繋がり。それをレイが信じる事で、逆説的にそれはレイ自身を信頼しているとも言える筈だ。
盾獅子が飛び掛かってくる。まるで傷などない、普通の剣であれば砕けてしまう恐ろしい真魔。普通ならば真正面から向かってはいけない相手なのに、何も問題ないのだという不思議な確信が心にあった。
「熾剣!!!」
氷の剣が一度、爆発するかのように烈しく輝きを放つ。
熾剣とはいずれかの属性を象徴する色の光になるものだが、赤・青・緑・黄のどれとも違った。
それは白く輝く光。魔人の操る黒い魔力とは真逆の、神々しさすら感じるような目映い閃光。
爆発にも似たその輝きが収まった後にも剣は白い光に覆われており、その場には燐光の剣が残される。
「打ち、砕く!」
「グ……ガアッ!?」
燐光の剣を盾獅子の外殻に叩きつける。凄烈な光が斬撃が命中した再び光り輝き、盾獅子の外殻とぶつかり合う。本来は熾剣であっても容易く弾かれてしまう程の硬度を持つ筈の『盾』が、粉々に砕け散る。
剣から照り付けた白い光を、砕けた盾の破片が乱反射させて、まるでその場だけが星のような光に溢れていた。




