第19話 絶望
氷の剣が絶えず魔人ハルマジライズを攻め立てる。
黒い雷を飛ばしても、レイはその眼にて確実に見切り、黒い雷が到達する前に回避する。
背に浮かぶ渦から魔力を引き出して放つ大鎌の一撃は、レイの持つあらゆる攻撃よりも高性能だがそれを命中させるには至らず、左肩の「破砕の一撃」にて負傷した傷により速度が乗り切らない。
「チィ………ッ!!」
ハルマジライズは、左肩を押さえつける様にしながら睨み付ける。
先程の様子を踏まえると彼女は立ちどころに傷を治してしまえるらしいが、それはあくまでも傷口のみ。今も凍り付いている為に治癒をする事が出来ないらしい。
「皮肉だね。君達が繰る真魔によって人間達は治せずに苦しんだけれど、今は逆だ。」
「この…っ、人間風情が!!」
ハルマジライズは人間と戦う事があっても、黒呪魔法とやらを見える人間はいなかったのだろう。そしてレイはこれまで戦ってきた騎士達とは違い、氷により変幻自在に絶え間なく武器を作り変える事で状況を変化させる事が出来る。
悉く、ハルマジライズにとっては相性が悪い相手だろう。
さらにレイはそのアドバンテージの差を理解しており、有効に活用した上で冷静さを取り戻させない為に挑発して動作を誘発させる。魔人という存在が人間を見下しているからこそ、その挑発は実に有効的だ。
剣戟の応酬を繰り広げる中、後ろでシーニャとウィスタリアが真魔二匹を見事に討伐したのがちらりと見える。
(よくやってくれた!)
真魔は一対一で戦う相手じゃない。騎士ですらも真っ向勝負など危険極まりない以上は避けるべきだ。だが今はこうするしかない為に危険を承知の上で任せるしかなかった。
レイの耳にはシーニャの名を一度呼んでいたぐらいしか状況を把握できていなかったが、少なくとも今彼女は無事であるようだ。
(彼らの勝利はこちらの戦況も変わる!)
これまで個別に分かれていたウィスタリアとシーニャが合流すれば、魔人・ハルマジライズに対しても押し切る事は不可能ではない。それを防ぐために再び真魔を呼び出すとすれば、それは大きな隙を曝す。それもまたこちらへ有利に傾くのだ。
「……もう!役に立たないわね狗共は!」
ハルマジライズの苛立ちが透けて見える。何もかも彼女の思惑通りに進んでいない。
「極光…、筋力強化!!」
魔力を高め、剣をさらに強く輝かせる。もう次で終わらせてやるという意気込みで、必ずこの好機を逃してはならないと考えた。
「……………認めるわ。」
苦々しい声色で、ハルマジライズは言う。
「アンタがただの人間じゃない、この私の敵に値するような存在だと。」
「それはどうも。命乞いでもするかい?」
「これは、使いたくは無かったんだけど。出し惜しみして殺せる人間じゃないようね。」
手に持つ鎌が渦の中へと消えていく。背に浮かぶ渦が強く脈動すると同時にハルマジライズが叫ぶ。
「誇りなさい!私にこれを使わせたアンタが初めてよ!」
何かが来る。様子見する時間はない。
レイはその瞬間に地面を蹴りハルマジライズに筋力強化を纏った斬撃を放つ。
「次元天握!!」
斬撃と同時に叫ぶハルマジライズへと呼応するように、背に浮かぶ渦の周囲にさらに四つの渦が×印を描くように出現する。
渦を中心に紋様が浮かびあがり、紋様はそのまま翼のように広がっていく。その一部はハルマジライズの身体へと延び、ハルマジライズの全身を葉脈のような黒い魔力の光が迸る。
レイの斬撃を、左手の前腕部で受け止める。
斬撃は左手を切り落とす事なく、ガキンと金属音にも近い鈍い音を響かせて止まる。
「なんだと…!」
「ふふ…!無様ねえ!」
ハルマジライズが左手を薙ぎ払う。そのまま、レイも身体ごと投げ飛ばされる。
「……破砕の一撃!!」
吹き飛ばされたレイがそのままの姿勢で破砕の一撃を発動させ、氷の刃がハルマジライズへ向けて飛んでいく。使い切りである代わりに圧倒的な破壊力を生む、ハルマジライズの身体を凍らせてみせた一撃だ。
だがその破砕の一撃をハルマジライズはなんと右手で掴んでみせる。
「破砕の一撃…。ばかばかしいわねえ!」
凍てつく氷の刃を握りつぶすと、極光の氷だったものはそのままボロボロと床へと崩れ落ちていく。
「レイ!!」
壁へ叩きつけられたレイの元へ、勝負を決したウィスタリアとシーニャが駆け寄ってくる。
「僕は大丈夫だ…それよりも。」
剣を杖のようにして立ち上がったレイは、異形の存在へと再び向き直る。
迸る黒い魔力は全身へと至り、身体の全てに黒で覆い魔力が順動する。特に両手は魔力が指の一本一本に至るまで届いており、溢れ出た魔力から巨大な爪へと変貌したように見えるほどだ。
背に浮かぶ渦は五つとなり、常にハルマジライズに魔力を供給している。その渦はから溢れ出た魔力が放散される様は翼のようにも見える。
仮面は変形し、二本の角が前向きに生えている。その裏にあるモヤもまた一回り大きくなり、まるで黒い炎のようだ。
あれがハルマジライズなのか。先程までとは似ても似つかぬ、最早彼女自身が真魔そのものだ。
「随分と恐ろしい姿になってしまったものだ。」
平静を装うが、それどころではない。先程もギリギリで競り合う事が出来ただけでしかないのに、あの魔力は桁が違う。
「天握領域まで繋ぐ事が出来る魔人は十の指に入る程しか居ないの。これを視れた事を誇りに思いながら死になさい?」
どうやらおどろおどろしいあの姿は、魔人にとっても奥の手に近いものであるらしい。新たな情報に喜ぶ暇すらなく、それ以上に恐ろしい姿と膨大な魔力に圧倒されないのでやっとだ。
「…それは無理な相談だね。」
レイが剣を構えると、ウィスタリアとシーニャもまた戦闘態勢に移る。
「二人とも。魔人の扱う黒呪魔法は僕だけが見えるらしい。それが見えた瞬間に指示を飛ばすから、聞き逃さないように頼む。」
「分かった。」「はい!」
残る花弁も2枚だけ。絶望的ではあるが、ここで諦めた瞬間に死が確定するのだから戦う以外の選択肢など元より無い。
護拳を氷の花弁に当て、氷の剣を生成する。
皆が構え終えた時、ハルマジライズは低空飛行で三人へと迫ってくる。
はじめに狙われたのは、ウィスタリアだった。
「死になさい!」
「噴迅!!」
熾剣・二刀奉焔の炎を噴き上がらせて後ろ向きに躱そうとする。だがウィスタリアよりもハルマジライズの方が速く、そして鋭い。
「か……っ!!」
長く黒い爪はウィスタリアの胸から腹にかけてを切り裂いた。それに伴い、血が吹き出す。
「ウィスタリア!!」
彼を助けるようにしてレイがハルマジライズへと氷の剣を突き立てる。だが姿勢を空中でぐるりと変えたハルマジライズは、もう一方の手で氷の剣をつかみ取ると、さらにレイへと攻撃を企てる。
「させません!!」
シーニャが黒い刃をハルマジライズの背へと叩きつけようとした。だが渦から噴き出た魔力が黒い刃もろともシーニャを吹き飛ばす。
結果、何者にも邪魔されずレイへ向けて巨大な爪が向けられる。
「………氷装!!」
最早避けられないと最後の一枚の花弁を行使する。巨大な氷柱を作り出し、その場から零距離でハルマジライズに向けて放つ。
「無駄な、足掻きよ!!」
爪で攻撃をやめて氷の剣から手を離すと、その両手で氷柱を直前で止めて見せ、そのまま砕き切ってしまう。何もダメージを与える事はなく、単に危機を乗り切るためだけに最後の氷装を使ってしまった。
「そこだっ!!」
暴風雨のように黒い刃が降り注ぐ。シーニャが隙が出来たと見込んで強力な叩き込んだのだろう。
「無駄だって、言ってるじゃない!!」
全身から黒い波動が噴出し、そのまま爆発するようにして周囲の全てを吹き飛ばす。レイとシーニャはその爆発を直接喰らい、倒れ伏せたウィスタリアも爆風だけで吹き飛ばされる。
「ぐ、あ……!!」
まるで熱した油を全身に浴びたようだ。
氷の鎧はそれを真正面から受けた部分が溶けており、シーニャの風も一部が損壊している。
「無茶苦茶、すぎる……!!」
「アハハハハハハハハ!!!!」
まるで常識が通用しない、理外の絶望そのもの。
異形のそれは、まるで自分の力を誇示するように、そして弱い存在を嘲笑して蔑むように笑っていた。




