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第18話 飛沫と共に顕る戦禍

 ウィスタリアからは盾獅子の躰によりシーニャ自身が隠れ、血飛沫が飛び散る様だけが見えた。


「あ、あ、あああ……。」


 真魔の傷は、治らない。回復魔法が使えない。それは誰もが知る鉄則だ。

 もしもシーニャが盾獅子の牙によりどうしようもない怪我を負わされてしまったというのならばそれは一生物の傷になる。彼女はとうにそんなもの覚悟しているだろうが、この怪我はウィスタリアが連携を許してしまったせいだ。

 もっとやりようがあった筈だ。自分にもやってやれると戦いの決着を焦ってしまったせいではないのか。後悔がいくらでもその脳裏を駆け巡る。


 盾獅子が着地し、矛狼の傍に立つ。その口元は赤く染まっていた。その理由を、理解できない筈もない。


「シー、ニャ。」


 シーニャから目を背けたくなるが、適切な処置をすれば死には至らないかもしれない。極光が解除されて空から落ちていく彼女へ、真っ先に駆け寄っていく。

 黒い刃の極光が解除されて血濡れの裸体を、気恥ずかしいという思いなどまるで無く少しでも助けたいという一心だった。


「あは。」


 だが、シーニャは悲痛な叫び声でもなく、まるで違う声をあげる。


「あはははははははは!!」


 彼女は笑っている。そういえば、シーニャは死線を巡る為に戦いたいと言っていた。だが、ウィスタリアはそれを汚してしまったのだ。悔しさを滲ませるようにしてシーニャを見る。


「ああ、成功です!」


「せい……?」


 そう言うと血に塗れた身体を起こす。シーニャは指で自らの右肩から鎖骨に向けてゆっくりとなぞると、恍惚を浮かべるように言い始めた。


「ずっと思っていたんですよ。真魔と戦って傷を負う時に治せないのは、真魔による傷だからって。」


「………?」


「だから、その直前に真魔の傷じゃなくしてしまえば良いんじゃないかって。」


 血に塗れているからよく分からなかった、その身体をよく見ると傷など一つもない。


「か、躱していたのか!流石だ!」


「いえ、違いますよ。盾獅子に肩を食いちぎられる瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の魔法で切った傷は、治す事が出来ますから。」


「は………?」


 その言葉の意味が、ウィスタリアは理解できるのに理解できなかった。

 確かに言っている道理は分かるが、倫理が分からない。

 そもそも回復魔法も習得途中であったんじゃないのか?治すからと言って自分から自分を極光で引き裂く事に何の躊躇もないのか?痛みは何も変わらないというのにそれを気にもかけないのか?


 見ると、真魔二匹ですら確実に食いちぎった筈だった獲物にまるで傷が無い事に理解が追い付いていないのか攻撃を躊躇している。自らの攻撃の全てが回復魔法を通さない彼らにとっては文字通りはじめての経験である筈だ。その戸惑いは当然のものだ。

 遠くのアンテノルとガルグイユも、心なしかうっすらと引いているように見える。


 渦中のシーニャは、それらを一切気にしてもいない。


「やはり思っていました。死に近付いた時にこそ魔法はより効率よく進化を果たす。その構造を理解し、芯に触れられる。

 さらにこの経験と共に、私の極光を改めて改良する事も可能となる。」


 シーニャは立ち上がると、再び極光を発動させる。

 自らの身体を軸に竜巻を巻き起こすと、身体にまとっていた血が飛沫のように巻き散り、黒い渦が形成されていく。

 それと共に全身を覆う黒い風は変質化し、まるで黒い鎧のように見える。

 だがよく見るとその表面の全てが硬質化した黒い風であり、渦であり、蠢いている。高速で回転しているが故に動いていないように見えるだけだ。


「改めて名を、極光・滾戦禍こんせんかヘルテイト。この力があれば、死ぬまで戦い続けられる。」


 それは狂気だ。

 たまたま人間の側に立っているだけの狂人にも等しい。利益と欲望の為に悪に手を染めていたのとは違う純粋たる狂気だ。しかしながら本来その本性と同居するはずのない善性を持っているから、彼女は人間の味方をしているだけなのだ。

 こんなものが常人の精神で成立していい筈がない。


 だが―――。


「熾剣・二刀奉焔。」


 ウィスタリアは再び熾剣を発動させ、シーニャの隣に立つ。


「その意気だ。俺も見習わなくちゃな。」


 狂気がなんだと言うのか。それでこの国を救う事が出来るのならば、むしろ少しぐらい頭がおかしくないとやってられない。

 ロウェオン様も団長も戦いを愉しんでいる節が少なからずあるように、戦いと成長を楽しむ事も、真魔を必ずや倒して見せると誓う事も、どちらもそれほどおかしな事ではない。

 事実、極光を真魔にも対抗させる形に進化させてみせたのは彼女の異常性によるものだ。余人であれば同じ才能を持っていても、シーニャと同じ発想と方針でこのように極光を作り上げたりなどしなかったはずだ。


(狂気などに怯えていれば、俺はいつまで経ってもレイとシーニャに追い付けない。一時いっときだけ同じ所に立っても、きっとすぐに置いて行かれる。)


「では、私は引き続き狼をやりましょう。獅子の方はもう一太刀加えているようですね。問題無さそうですか?」


「ああ。」


 動揺を抑え込んで、シーニャに返事をする。

 ウィスタリアは彼女の横に並ぶように立って真魔二匹を見据えると、あちらもとうに警戒の姿勢を整えている。


「一撃で仕留めましょう。」


「当然だ!」


 過剰な自信などではなく、シーニャによって盾獅子に動揺が見える今がまたとない好機だ。


「噴迅!!」


「極光。」


 両手の剣に纏う炎を残光として残しながら、一気に盾獅子へと距離を詰める。

 シーニャも同時に魔力を順動させて浮き上がり、矛狼へと飛び出した。


「ギアッ!!」 


 ウィスタリアの方が早くに盾獅子へと接触する。盾獅子の盾は既に不完全なものへと零落しており、その盾を構える本能すら立て直す時間を与えない。

 盾獅子はその牙を抑えて盾を押し付け、ウィスタリアの姿勢を崩そうとしてくる。


「させるかっ!!」


 右手の剣を逆手持ちに持ち替えた後に再び噴迅を発動させ、高速回転を見せる。盾獅子の外殻に覆われた顔に対して剣でひっかくようにして移動し、ついには盾の裏側まで回り込む。


「刃焔!!」


 その炎は一度強く噴き上がると同時に刃と融合していき、次の一撃の威力を増す。狙うは一点、先程盾獅子の盾へと空けた僅かな孔だ。


(やはりだ。盾さえ崩す事が出来れば、俺はこの盾獅子と相性がいい。)


 盾を見切ってどうにか破壊する手段があればあとは速度でもウィスタリアが勝っている。シールドバッシュなど怖くはない。まさかレイはあの瞬時にここまで見越していたのか、と恐ろしくもなるがその真意までは推し量れない。


「ぶった…斬れろっ!!」


「ガアアアアアアア!!!」


 赤熱する剣はバキバキと音を立てながら盾獅子の後頭部を抉るように切り裂いていく。それが振り抜かれて空中に到達した頃、盾獅子は足取りを崩して倒れ伏せていき、そのまま起き上る事は無かった。



「ふふ…あははは!」


 その決着を見守るようにした後、空中をふわりと浮き上がって上空から矛狼に右手を躊躇い無く突き立てる。


「ギィ………ッ!!」


 矛狼はそれに対し、角で薙ぎ払うようにして右手を潰そうとする。

 だが腕は瞬時に細切れになり、矛狼の角はただ空を裂いて終わっていった。


「やはり、ここですね。」


 逆さまの姿勢のまま右腕を治しつつ、左指で矛狼の左腕の付け根を指さした。


「ここだけ体毛が薄い。かつて怪我をしたのでしょうか?」


 其処へ向けて黒い刃が巻き起こる。攻撃が来ると分かっている矛狼は最後の抵抗なのだろう、全身をシーニャへとぶつける。

 だが、その攻撃は通らない。今度はシーニャの身体上半身がほんの一瞬だけ両断され、矛狼が通り過ぎると共に肉体の再生が始まる。


「裂けろ。」


 黒い風によって今度は腹部から首にかけて真一文字の斬撃が入り、防御壁である体毛が無くなってしまい、傷口が露わになる。


「斬れろ。」


 最後に巨大な黒い斬撃が傷口に沿って薙ぎ払われると、矛狼の身体は両断されてぽとりと落ちた。





次回の更新は一日遅れ、8月7日になります。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

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