第17話 真なる魔との交戦
「ヴルルルルルル……。」
矛狼の相手を任されたシーニャだったが、念願の戦いが訪れた彼女は楽しくて仕方が無かった。
「うふふ。さあ、やり合いましょう狼さん。」
さらにそれが、自分の心が花咲くきっかけになった狼であるのが嬉しくてたまらなかった。
かつて、シーニャは退屈だった。
並外れた知性から大人に混じって取り引きをするなんて簡単な事で手慰みに村に残されていたいつのものかも分からない魔導書で軽く魔法を学んでいた。
それが寒波により村全体が危機に陥り、飢えた野生動物にたまたまシーニャが襲われた。その時に生きる喜びをはじめて知った。
それから、シーニャは飢えていた。
あの日見た死の間際にあってこそ輝く煌めきを自分も再び味わいたくて仕方なかった。それには最大限自分も抗う力があってこそのものだと考え、魔法を学んだ。
この国における最大の脅威とは真魔だ。返事を保留していた特待生に志望し、学院にやってきて砦を飛び越えて真魔と戦い果てて死にたかった。
自分が異物だと分かっていたからそれが正しいと思っていた。
レイと出会い、この人ならばこの国をさらに素晴らしいものにしていってくれるという確信と、更なる戦いを用意してくれるという予感を感じたから彼女の申し入れにも頷いた。
その予感は的中し、こうして矛狼が目の前に居る。
「さあ、本気でやり合いましょうか。」
刃の風を巻き起こし、服はその上からずたずたに切り裂いた。全身を鎧のように包み込み、空にふわりと舞い上がる。
矛狼には魔法は通用しない。だがこの極光を危険視しているのが伝わってくる。
「さあ、どうやって戦いましょう?」
槍のような体毛を相手にしては単純に刃を飛ばすだけでは弾かれてしまう。かと言ってその体毛は天然の剃刀のようになっており、考え無し手を触れてはそれだけで身体がずたずたになってしまうだろう。ただの剃刀と違うのは、回復魔法で治せないという所だ。
真魔の体表には魔法が通らないが、シーニャの魔法であれば精密操作をする事で攻撃を通していく事が可能だ。ただし体毛の継ぎ目を正確に狙う必要がある。
「グァオ!!」
シーニャが動きに窮している間に矛狼が仕掛けてくる。
逆立つ全身の体毛を突き立てるような突進をシーニャはひらりと躱すと矛狼は壁に突き刺さる。しかしそれで隙を曝すでもなく、するりと横に薙ぎ払うと岩壁がゼリーのように斬れ落ちた。
「凄まじい切れ味ですね。魔法もやはり考え無しでは効果は無いようで。」
矛狼の突進をただ躱しただけでなく、すれ違いざまに数回黒い刃と共に斬りつけた。しかし体毛に阻まれてその攻撃はまるで通っていない。その硬さから魔法が通らないのではなく、触れた傍から魔法そのものが消滅する性質を持っているというべきか。
真魔に魔法が通用しないというのをその身で体感し、目の前に居る戦いへ洗練された生物へと期待が高まる。
「やはり直接体毛を掻き分けて刃を通さねばならないでしょうか。」
体毛の隙間を縫って針のように突き刺してやる方法を考えているが、その為には矛狼の身体に近付いてくまなく空気の流れを感知する必要がある。
だがそれには危険が伴う。なんと言っても真魔には魔法を掻き消されてしまうため、防壁としている極光も防御手段を貫通してしまう。消えるまでのほんの僅か一秒に満たない間は防げるかもしれないが、だからどうしたという話でしかない。
「グアッ!!」
飛び掛かってくる矛狼は小さく唸り声をあげるが、牙をむき出しにしてかかってくる訳ではない。
(これまで真魔の行動を観察していて考えていましたが…真魔は自身の体毛などで魔法を掻き消す事を理解しているようですね。)
魔法が消える事を理解していなくては口の中を隠すような動作は取らない。口腔内には体毛が無く、魔法を打ち消す事が出来ないからだ。即ち、そこが弱点であると理解している事になる。
(眼球…は駄目ですね。まばたきで瞼の体毛に阻まれる。)
やはりズルは出来そうにない。真っ向から矛狼とやり合い、その上で倒し切る事が必要となる。
矛狼が飛び掛かる。今度はその爪を突き立てる様にして振り下ろす。
ただし矛狼はあくまでも地上を駆け回る平面的な動きしか出来ない。一方でシーニャは自由自在に空を飛ぶ事が出来るため、自由に距離を取る事が出来る。飛び上がって来ても所詮はジャンプしているだけでしかない以上は大した脅威とはならず、くまなくその体毛の構造へと観察を続けていけばよい。
あちらからも攻撃が叶わず、シーニャの攻撃もまだ防がれてしまうのなら互いに決定打とならないが、それが続けば勝つのは体毛の解析を終えたシーニャの方だ。
矛狼が飛び掛かるのを躱した瞬間、声が響いた。
「シーニャっ!!」
それは距離を離して戦いを見守っていたアンテノルの声だ。
その声に反応して後ろを振り向くと、そこには―――。
2
遡ること数刻前。
レイ、シーニャと同じく、ウィスタリアは盾獅子と交戦を始めていた。
「ギ、シャアアアアア!!」
まるで身の毛がよだつような唸り声をあげながら盾獅子は堂々とそびえ立ち、ウィスタリアを睨み付けている。
「さて、どう出るべきか…。」
盾獅子は名前の通り、たてがみと顔が強固な外殻と変じ、即ち盾となっている。
ウィスタリアはこの外殻に阻まれて攻撃が出来ていない。どうにかたてがみの裏へと回り込もうとしても、盾を突き出すようにしてぐるぐると回転する事で常に位置取りを欠かさず身体側へと回り込む事が出来ない。
それでいて強引に押し込むとシールドバッシュの餌食となる。さらに、今は外殻に隠れた牙も非常に危険と聞いている。壁を背にしないように常に意識し続け成らねばならない。
(シーニャもレイも、悔しいが今の俺より強いと思う。)
不貞腐れている訳ではなく、二人と剣を交わして抱いた率直な感想だった。それは無条件に信頼が出来るとも言い換えられる。
(俺が負けなければきっと、レイは魔人に勝つし、シーニャもあの狼を倒してしまうはずだ。)
真魔は一匹あたり王宮騎士五人であたるのが負傷なく確実に倒し切れるラインであると言うが、人数が減るに伴いその分危険度は上昇していき、一人で対峙すれば熟練の騎士ですら死ぬ事も珍しくはない。
だが、ここで負ける訳にはいかない。どうしようもない傷を負って戦線を崩す訳にも行かず、傷なく盾獅子に勝ち切るのが理想だ。
「刃焔!」
ウィスタリアは剣の焔を刃に籠らせ、次の一撃へと力を溜める。
これまで、『噴迅』により高速でやりあっていたがそれは意味が無いとも分かった以上、手探りはもうやめだ。真っ向勝負で盾へと向かう。
「グル…………。」
(圧し潰すつもりなら、それでもいいさ。)
発動するのは筋力強化。その一撃で盾ごと切り裂いてみせれば駆け引きなど必要ない。
これまで盾獅子のたてがみとやり合う中で、元々たてがみのような部位から外殻に進化しているからか、そこにいくらかのムラがある事も分かった。場所によりさらに硬く剣を受け付けない箇所もあれば、その逆に柔らかくなっている部位も存在する。
弱所を的確に狙い撃ち、抉るようにして切り裂けば決して不可能ではない筈だ。
じりじりと位置を合わせ、ちょうどウィスタリアの背の直線状に壁がある立ち位置になった瞬間、盾獅子が仕掛ける。
「グァアアッッ!!」
真っ直ぐに駆けだした盾獅子へ退く事もなく、確実に冷静に、二本の剣が盾獅子の外殻へ向けて突き立てる。
(よし!!)
剣の先端が刺さったのが分かった瞬間、内心喜びを堪えきれなかった。このまま振り抜けばヒビを入れ、盾を崩壊させられる。そうすれば自分の勝利だ。この戦況も楽になる筈であると。
さらに強く押し込んでやろうとした瞬間、盾獅子は地面を蹴り上げて跳躍した。
「―――なん、だ。」
その勢いで剣はすっぽ抜け、盾獅子は壁へとぶつかる。それと同時に三角跳びの要領で元の場所へと再び跳び行く。
(何のつもりだ!それじゃあ元の場所に戻るだけで、俺に隙を曝すだけじゃないか!?)
ウィスタリアは困惑する頭でそれを振り切り、素早く敏捷強化を足に発動させ、続けて部位転換で両手に移す事で頭上を飛ぶ盾獅子の躰を切り裂こうとした。だがそれも一歩間に合わず、尻尾を両断するに留まる。
だが一方で、尻尾は斬れてしまったという事だ。何故そこまでのリスクを負ってまで不利な状態へ戻ろうとするのかウィスタリアには分からなかったが、その理由を理解する。
(馬鹿な…………!!!)
その先には、その上空には、シーニャが居た。
矛狼との戦いを経ながらもまるで余裕を崩していないが、こちらの戦いまでも気に掛ける事は出来ていないようで盾獅子の襲撃には気付いていない。
(真魔同士が連携を取るだと!?そんなの聞いた事が無い!!)
群れを成す事はあっても、あくまでも個でしかない真魔は協力するような行動を取る筈がない。いや、その筈だった。だが目の前でそれが繰り広げられている。そしてそれを許してしまったのは、自分の浅慮にある。
ほんの僅かな間に様々な後悔が駆け巡るが、真っ先に張り上げたい声は出ない。
「シーニャっ!!」
その間に、遠くから見ていたアンテノルが大声でシーニャに危機を伝える。
それにより振り向いたシーニャは、自身に盾獅子が迫っているのに気付いたようだ。
盾獅子は口を開いてその大牙をシーニャに向ける。顔を覆う外殻により隠れていた牙は外殻と相まってギロチンのようだ。そして、鮮血が舞い―――。
ウィスタリアからはシーニャの身体が盾獅子の巨体に隠れて見えなくなり、その顛末を把握するのは数秒後の事だった。




