第16話 銀と黒の衝突
襲い掛かってくる魔人ハルマジライズの傍には矛狼、盾獅子が構えている。
レイも矛狼と盾獅子の生態も危険性は重々承知だ。どちらも王宮騎士数人がかりで戦うような真魔だが、今はそのような事を言っている場合ではない。可能な限り最善の編成で相手する必要がある。
「シーニャは矛狼を、ウィスタリアは盾獅子を!僕はハルマジライズとやる!」
「分かった!」「了解です!!」
それぞれに散っていき、レイはハルマジライズと視線を組み交わす。
一度の打ち合いで負けては意味が無い為、出し惜しみはしない。いきなり氷の花弁を使用し、レイピアを氷の剣に変えて強化する。
「はっ!」
「フン。」
大鎌の持ち手と氷のレイピアが鍔迫り合う。レイは身体全身に強化魔法が有効となる関係で、身体能力は飛び抜けて優秀だ。だが、それでも押されてしまう。
「な…!!」
「やっ!!」
ハルマジライズが声をかけると共に背に浮かぶ黒い渦から魔力の光があふれ出し、逆流した光がハルマジライズの大鎌へと収束していく。
(不味い!!)
このままでは一撃をそのまま受けてしまうと見越したレイは、破砕の一撃と共に氷の刃を撃ち出し、組み付きを外して距離を取る。
結果、大鎌の軌道は逸れて地面を切り裂くに留まった。
「大口を叩くだけあって人間にしてはやるじゃない。」
「はあ、はあ、はあ…!!」
たった一度の組み合いで氷の花弁を一枚消費しなくてはいけなかった。
この武装は花弁の枚数、つまり六枚しか使えない。こんな容易く使っていてはいくら数があっても足りやしない。
だが使わずに戦える相手である訳がない。続けて戦闘態勢を整える。
「氷装……氷の槍。」
次に武器に選んだのは槍だ。今回はあちらも様子見のつもりだったのかどうにか近付けたが、あの大鎌にリーチで負けているのは非常に不味い。
さらに渦から任意に魔力を引き出せるようだ。その為に彼女自身に動作は必要ない。いつどの瞬間からも先程と同じ一裂きが来る事を絶えず警戒していなくてはならない。
「フフ…いいわあ貴女。ああ、とても良いわ!!」
ハルマジライズはレイのその所作が気に召したようで、大鎌を構え直すと上機嫌でレイを見据える。
(人間を見下している癖に喜ぶなんて妙な奴め。)
それに対しレイは怒りを現す訳でもなく、ただ警戒を強める。レイからすればハルマジライズが侮ってくれる方が望ましい展開だったが、興味を惹いてしまうのは不味い。相手の油断を誘って一撃を叩き込めれば良いと考えていたがそうはいかなさそうだ。
(これは長期戦を覚悟しなければならないか。僕の氷がそれまで持てばいいが。)
「さあ、行くわよ!」
ハルマジライズが大鎌を構えて突撃してくる。
レイは槍を右手に持ったまま空いた片手でいつでも氷の花弁を使える姿勢を取る。
「やっ!!」
ハルマジライズの大鎌が振るわれるが、氷の槍で鎌の刃の付け根を的確にとらえて逸らす。
「よし!」
界喰鯨と同じだ。単純な力では遥かに及ばないが、剣術や槍術を扱えるのならば技量の面で届く部分が確かにある。
そのまま弾かれた大鎌に再度渦から逆流した魔力が集中していく。
(来た!この攻撃を、破砕の一撃抜きでどうにか凌ぐ必要がある!)
彼女にとってはこの魔力を溜めて振りかぶる一撃は大技ですらないらしい。そんなものに対して毎回破砕の一撃を使用していればキリがなく、あっという間に尽きる。まずやり合う土台に立つ為には確実にこの一撃を防がなければならない。
レイは素早く氷の花弁を叩き割ると、割れた氷が両足に移る。
「ハッ!!」
大鎌から放たれる横薙ぎの一撃。
それに対しレイのブーツはスケート靴のようにブレードが形成されていた。身体の全身に緑の光を纏わせ、敏捷強化を発動している。
薙ぎ払われたその攻撃に対し、地面を凍てつかせながらしゃがんで地面を滑り込み躱していく。
「なっ!?」
驚いたのはハルマジライズの方だった。その動きはまるで騎士という形にまったく当てはまらないからだ。これまで多くの騎士を屠って来た彼女は交戦経験も多かったが、レイのような型破りな動きは初めてだった。
大鎌の一撃を躱した隙を突き、氷の槍を上へと振り上げてハルマジライズに斬撃を叩き込む。鉄の鎧を裂いて彼女の身体にまで届き、鮮血が噴き上がる。
「へえ。君も血は赤いらしい。」
「そうよ。知れて良かったわね。」
鎧までも裂かれたというのに、ハルマジライズにはまったく動じる様子が無い。
(彼女にとっては、あの鎧すらも単純に『オシャレ』でしかないのか。防御の為に身に付けている訳ではないのだな。)
レイのその推測を後押しするように、渦から逆流してきた光が傷口に沿って凝固していく。すると傷はきれいさっぱり消えてしまった。
「やっぱり回復魔法に近いものは持っていたか。」
確信があった訳ではない。だが、黒呪魔法の高性能ぶりであれば似た効果があるものを有していたとしても不思議ではないと思っただけだ。
傷をすっかり治したハルマジライズは、顔色こそ伺えないが声色は歓喜に近い浮ついたものになっている。
「此処までやるとは思ってなかったわね。退屈はしなさそうじゃない。」
彼女はシーニャのような戦闘狂なのだろうか。
いや、そうではない。どちらかと言えば圧倒的な力で羽虫を潰すのを愉しんでいるという方が近いように見える。
「それは実に光栄だね。」
だがそんなものは知った事ではない。レイにとっては相手が何を思っていても関係ない。ただ戦い、打ち克つ事が出来ればそれでいいのだから愉悦すらも勝利の糧としよう。
「じゃあ、次はこういうのはどうかしら?」
ハルマジライズはレイの立つ地点を指さす。その瞬間、黒い雷が飛び出した。
「おっと!」
黒い雷が着弾する直前にスケートブーツで素早く移動して躱す。
この黒い雷はレイには見えていない…筈であるらしい。何故かレイには見えていて、それにより躱す事自体はそれほど難しくない。
「あの天井を崩落させた一撃だろう?危ないなあ。」
「よく避けたわね。まだまだ行くわよ。」
今度は掌を拡げると、五の指の全てから雷が直接飛んでくる。全てがのたうちながら地面へと向かっていく。
(さて、この雷をどう躱すか…。)
レイにとって必要なのは単純に回避する事でなく、雷が見えていると悟られずに躱し切る事だ。もしくは悟られても良いから決定的な一撃を叩き込みたい。
うねる雷はまず二本が飛んできた。一つはレイに向かったものと、もう一つはその先に避けた先を潰す様に飛んできたもの。
これは敢えて迂回するように回り込んで移動すればそれほど難しい事ではない。先程の動きを見せているから単純な回避をしない事にはそれなりの説得力がある筈だ。
(よし、次は…。)
ただし隙があったとしたら躱す過程で一瞬ハルマジライズから視線を外さなければならなかった事だ。スケートのように滑走して移動する関係で、どうしても小回りは効きにくい。
(っ!!)
驚きの声をあげそうになるのをすんでの所で抑え込む。
残る黒い雷の全てがレイの方へ向けて飛んでくる。これには身体を逸らしても回り込んでも回避をするには間に合わない。
(だっ……たら!!)
ブーツに作り上げたブレードを黒い雷に突き立て、氷で黒雷のすぐ上を凍らせるようにして空中を走る。
何もない場所を凍らせて維持させるのは難しいが、この黒呪魔法とやらも魔力の塊だ。それに沿わせるようにして氷を作り出すのは然程難しくはない。
「!!」
ハルマジライズはまさか黒い雷が見えているとは露にも思っていなかったのかその制御が間に合わない。雷を歪めるよりも迎え撃つ事を優先したのか渦から魔力を引き出して右手の大鎌を振りかぶった。
氷の槍の先と黒い鎌の刃がぶつかり合う。氷の崩れる音が響き渡りながら、周囲には紫の魔力と冷気が歪むようにして凍てつかせていく。
「破砕の、一撃!!」
氷の槍の穂先は物理的な刃ではなく、レイの極光で出来ている。
砕けた氷は鎌の刃を避けるようにして真っ直ぐにハルマジライズの方へと駆けていくと、そのままハルマジライズの左肩を切り裂いて凍らせた。すり抜けた黒い鎌がレイの頬を掠めて後ろ髪を僅かに切り裂くと、白銀の髪が宙を舞う。
「貴女…まさか……。黒呪魔法が、見えているの?」
「さあ。どうだろうね?」
ハルマジライズがここに来てようやく初めて、怒りでも愉悦でもない困惑に近い声をあげた。




