第15話 駆け引きは死の目前で
ガルグイユのインビジブルが解除される。
目の前の怪物に効果が無いのならば、再発動させる意味もないだろう。
「魔人…だと?」
「ええ。はじめまして、よね。」
貌の無い怪物、魔人ハルマジライズ。
彼女からすれば、『レイ達が魔人を知らない事』を知っているらしい。
(考えろ。このやり取りのひとつひとつが重要だ。少なくとも対話の余地があるのは間違いない。求める答えが出る様に上手く誘導できるのが理想だが…。)
ハルマジライズは人間を襲っている。その理由を聞き出せれば最善だが、魔人からすると人間を知っているのは間違いないらしい。
ウィスタリアはレイに判断を委ねると言っていた。ここのやり取りは仲間達の命と共に、レイが請け負うつもりで対話をする。どういった感情を抱いているかも分からない為、まずは端的な質問を投げかける。
「魔人ハルマジライズ。今この国を襲っているのは君か?」
「まあ、そりゃあねえ。ここに居てそうじゃないと思う?」
「大侵攻と呼ばれる数十年に一度の災厄も君によるものか?」
「さあ。どうかしら?」
上手く質問を躱す様な返答ばかりだ。どこかこちらを小馬鹿にしたような態度を滲ませている。
(質問を変えるか。)
目の前に居る魔人とやらは、とてつもない力を有しているのは間違いない。機嫌を損ねてしまえばすぐに戦闘になってしまうと、レイ達に今それを抗う手段もなく総力戦になる他にない。
だが、ハルマジライズは人間を侮っている。ろくに返答をするつもりが無いのが各所から透けて見えている。このままでは何の意味も成さないのは結局はそのまま戦闘に繋がり、生き延びようとも情報はろくに得られないだろう。
「いや何。君が真魔を使役して大侵攻を仕向けている犯人というのなら―――。」
少し、踏み込まないといけない筈だ。
「なんだ。強い奴かと思っていたが…千八百年、君は人間を滅ぼし損ねているのか?」
「………っ。」
「!?」
驚いたのはハルマジライズではなく仲間達だ。
この質問の応酬が貴重なチャンスであるのは分かる。ハルマジライズがとてつもない実力者であり、人間に悪意を持つ怪物であるのも分かる。挑発するような言葉を言ってしまえば裏目に出る様にしか思えない。
(へえ…中々ウマいやん。)
だが商人であるガルグイユだけが感心していた。怒りを誘発させて情報を引き出させようとしている。取引相手が危険であればあるほどこのような動きをするのは難しい筈であるのに、よくぞ言ったというものだ。
一方で、これからの動きを間違えればただの自殺に他ならないのも事実ではある。
「だってそうだろ?魔物を使役する力があって…ダンジョンを作ったのも君なのだろう?それなら、フーニカールを陥落させない方が難しいんじゃないか?」
ハルマジライズは左手の拳を強く握りしめていたが、その拳を開いて平静を取り戻したかのように腕を組んだ。
「浅い人間の思考ね。人間如きが私達魔人が対等であると思っているの?」
「!」
ハルマジライズが平静を取り戻したのではなく、ただ装っているだけであるのが分かる。その証拠に彼女は今、言葉の端々から多くの情報を残した。
『魔人』はどうやら一人ではなく複数存在するらしい。云わば亜人の一種なのか?だが、首が無くても生きて居られる亜人など聞いた事もない。
さらに、魔人は人間を長く観測している。つまり偶然今回近付いてきた訳でもないという。
「では魔人達は、いつでも人間を滅ぼせてしまうというのかい?」
「王宮騎士など恐るるに足りないのが分からないの?」
続けて論点をずらしているが、若干キレが悪くなっているのが分かる。
即座に戦いに移るだろうか。いやしない。そうすれば、心底見下している人間に対して弁論で負けた事に他ならないからだ。
「まるで僕達に言えない事があるような口ぶりだね。」
「全てを答えてくれるなどと思っているのなら、思い上がりも甚だしいわね。」
「なんだ、僕達を殺し切る自信がないのか?確かに騎士トラスアを逃がしてしまっていたからね。その心配は無理からぬ事だ。」
トラスアを手にかけたのは間違いなく彼女だろう。その為、確認するまでもない。それ以上に揺さぶる為の材料として使った方が効果的であると考えた。
「トラスア…ああ、あの騎士ね。片方は死んだの?
逃げても構わないわよ。あれにはとっくに黒呪魔法がかかっているもの。」
(黒呪魔法?)
トラスアに見えた小さな火花も、逃げるのを阻止する為に天井を崩落させた黒い稲妻も規模は違えど同一のものであるように見えた。
「ああ、人間共には見えないんだったわね。」
そう言ってハルマジライズは見下すようにくすくすと嘲笑している。
その態度から、レイは気付く。
(まさか。トラスアに掛けられていた魔法も、先程の黒い雷も全て本来人間に見える筈が無いものだと言うのか?)
先程の雷ももしや周りの者には見えていなかったのだろうか。ひとりでに突如天井が崩落したように見えたはずだ。
何故レイに見えたのか、それは今はどうでもいい。だがこの差異はもしかするとレイ達にとってとてつもないアドバンテージを生むかもしれない。
熟慮を巡らせるその姿を挑発してきたレイが黙って戸惑っているように見えたようで、ハルマジライズは先程のペースを戻して満足気に右手で仮面に手を添わせている。
「じゃあ無知な人間に教えてくれないかな?その黒呪魔法とやらを。」
「残念だけれどそうはいかないわねぇ。そろそろ次の真魔を送り出してやらないといけないもの。アナタ達を始末して道を開けなくっちゃ。」
ハルマジライズの仮面の裏にあるモヤが一際大きくなったかと思えば、黒く光り煌めき始める。
「次元天象。」
ハルマジライズが呟くと同時に、彼女の背に空間が渦巻いてその中心が黒と紫に発光し始める。その光は色こそ違うが魔力の輝きそのものだ。
「な、なんだあれは…!?黒い渦!?」
ウィスタリアが驚く。どうやら彼らにもこの、次元天象とやらは見えているらしい。とてつもない魔力と共に肌が撫ぜられ、不気味な感触が全身を襲い来る。
ハルマジライズが何もない空気中に孔が開いたかと思えばそこに手を入れ、その中から巨大な大鎌を取り出した。
続いて彼女の周囲に人一人分よりも大きな孔が二つ。そこからは真魔が這い出てくる。
「グウウウウウウ……」
片方は矛狼。
全身の白い体毛は硬質化し、頭上に向かって逆立っている狼だ。その体毛は全身を矛のように変えてしまい、その突進は騎士の鎧を容易く貫く程の比類なき一撃を持ち、防御が成立しない為絶対に回避する事を推奨されている。
矛のようになった体毛は防御壁としても機能し、本来甲殻を持たない真魔は一回り防御力が劣るものと認識されているが矛狼は例外の一つで、折り重なった体毛は剣を弾いてしまうほどだ。
「シャアアアアア!!」
もう片方は盾獅子。
白いたてがみから顔面の全てが甲殻のように硬質化しており、顔面から首回りに至るまでがまったくの継ぎ目が無く一枚の巨大な盾のようになっている恐るべき防御力を持つ真魔だ。目はガラスのようになっており、弱点となり得ない。身体側に回り込んだ所で尚体毛は隙と成らず、容易く刃は通らない。
元より硬い真魔からさらに並外れた防御力を持ち、攻撃の際にはそれを転用してシールドバッシュのように顔面を叩きつけるようにして圧し潰す。
「さっきの騎士達は退屈しのぎにもならなかったわ。貴女達は少しぐらいは楽しませてくれるわよね?」
「来るぞ!!極光、氷装華フルード!!」
「熾剣・二刀奉焔!!」
「極光…!!」
五人の王宮騎士すらも歯牙にもかけない規格外の脅威が眼前へと迫る。
戦いの火蓋が切って落とされた。




