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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
2章 虚像の英雄
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第1話 告げる


 この事は王都にも大きく伝わった。これは、レィナータによるものである。

 三人のメイドと共に村を守った領主、という風にわざと喧伝した。


 こうしてメイド三人が半月ほど怪我に苦しみ、寝込んでいる間に世間は様変わりしており、目が覚めた時には大事になっていた事に驚いた。


「レィナータ様、その、どういう事でしょう?我らがヒーロー?」


「確かに魔物を倒すのはすっごく頑張りましたけど……なんだか、こう誉められるとくすぐったいわねえ。」


「ふふん。」


 状況を理解できず困惑するメリアス、自身の噂に照れるサリー、よく分からないが誇らしげなツバキ。

 未だにベッドの上で身体を起こしている彼女達の反応は三者三様であったが、次第にそれを呑み込みはじめる。


「これは防衛……ですか?」


 最初に口火を切ったのはサリーだった。

 彼女とて貴族の御令嬢、これが単なる自慢話でないのは分かっただろう。


「うん。」


 レィナータはさらりとその答えを返す。


「こうなると、世間体がある以上カルラシード家は手出しできず、そして深刻な獣害を受けた為に支援をする他にない。」


「カルラシード家が……?」


 隣で聞いていたツバキが不思議に思い、思わず聞き返す。

 一方でメリアスとサリーは内心疑いを向けていたのか、動揺する事はない。


「おそらくこれはカルラシード家の謀略だよ。魔物を使うなんてとんでもない暗殺計画だけどね。だからこそ誰にも疑われない。」

「私の身体が弱っていたのも、関係しているんじゃないかと思っている。」


「そんな……。」


 ツバキは口を閉ざす。レィナータにかつて話した、『父はレィナータを想うが故に辺境へと送った』。ツバキはこれが事実であればよいと思っていたのだ。

 だがしかし現実はまるで真逆だ。まだ推定の範囲内ではあるが、状況を見るにかなり怪しい事は確かと言える。

 こんな北の果ての地でも、醜い争いは起きるのか。ツバキはあまりの人間の醜悪さに肩を落とす。


 だが、メリアスとサリーは違う事を考えていた。

 カルラシードがきな臭いのも今更ではある。

 それ以上に、レィナータがまるで別人のように落ち着いている方に驚いていた。


「だからこれを利用する。」


 ツバキが落胆する中、それを割るかのようにレィナータが話し始める。


「ツバキはあまり実感がないかもしれないけれど……フーニカール国内で魔物が出るのは異例の事態なんだ。」


「そうなの?」


「うん。というのも、フーニカール以北の強力な魔物に怯えて普通の魔物はフーニカールの領地にすら入ろうとしない。なんなら、フーニカールの隣国すら魔物が少ないんじゃなかったかな。」


 ツバキはその事実に驚く。大陸中央部では魔物は街のはずれからうろついているのが定石だ。

 だから町と町を行き来するには護衛を雇わないとやっていけない。そこまでしても戦闘が起きるなどしょっちゅうだった。


「それほどまでに強いのだ、真魔と呼ばれる魔物達は。」


 元王国騎士として数多の交戦経験のあるメリアスが口を開く。


「剣すら容易に通さぬ厚い装甲は魔法を完全無効化してしまう。先日の壁猪はまだ未成熟だったから火球で多少怯んだが、本来はそうではない。炎や氷に見舞われようが意にも返さない。

 振るう爪牙は大地を容易く()()取る。火を吐き、雷を落とす奴も居る。特別堅牢に建てた砦ですら損傷が絶えず、建築士は仕事に困らない。

 それでいて怪我をすれば呪いでもあるのか回復魔法が通用しない。万が一怪我をすれば自然治癒と薬に全てを委ねる事になる。僅かな傷すら致命傷になる場合もある。

 これに戦う騎士は高度な剣術と最上の武具を以てようやく倒す事が出来る。」


「うわ…………。」


「しかも倒したところで、魔物はそれぞれ特徴となる部位と魔導核を残して死体が腐ってしまうから利は非常に少ない。」


 ツバキは軽く引いたように言葉を漏らしたが、それも別の地方を知っているからだ。あまりにも、外の世界の『魔物』とは違いすぎる。ただでさえ魔物は化け物のような生物ではあるが、最早御伽噺の化け物そのものだ。

 それをよりによってメリアスが言うのがその言葉の意味合いをより重くする。伝聞によって誇張された表現でなく、間近で見続けていた者の言葉だ。


「だからこそ騎士には価値があるんだよ。王国主導で学院を開いているのもその為だ。

 メリアスみたいにとっても強い人は貴重なんだけどねえ。残念ながら人間、一枚岩とはいかないらしい。」


 レィナータが諦念を交えながら呟く。レィナータもまた、思惑によって潰されかけた側なのだから。

 

「だからこそ力が要る。圧力に屈しない力が。」


 レィナータは拳を握りしめながらそう続ける。


「メリアスも、サリーも。あまり気にしていないけどツバキも。君達は不当な言い分で罪を被った時反論すら出来なかったのはそれに対応する力が無かったから…だからこそ相手は軽んじていた。

 父による思惑だと推定できた以上、私の死は過ぎ去ったと考えていいだろう。わざわざ思惑通りに死んでやる謂れもない。

 この騒動を逆に利用してやる。力を付け、手出しなんてさせないようにするさ。大きな傷跡を受けた君達に了承もなくはじめてしまって申し訳ないけれど…。」


 レィナータは三人を気にする。彼女は主なのだから従者へ気を遣う必要などない。

 だが三人もそういった気風の少女であるのはよくよく理解している。


 代表するように、サリーが答える。


「勿論かまいません。むしろ、泣き寝入りせずに済んで願ったり叶ったりです。」


 答えを聞かずに工作を始めたのは噂の広まり始めたのを逃す訳にはいかなかったからだろう。

 人の風説というのは生物(なまもの)だ。かつてその醜聞を知る者は居なかったメリアスの国家転覆罪も、今となってはどれほどの人間が覚えているだろうか。


 レィナータはそれを理解し、機を逃さぬよう確実に手を加えた。各所に手紙を送り、時には金を流して酒場の話題にした。

 時流を逃さない目、そして的確かつ確実に盛り立てる手腕。いずれにしてもその判断力は十歳のものとは思えない。

 そんな彼女が三人を想って孤立無援の中で必死に手を尽くしたのだ。意を唱える事などあろうものか。


「少し申し訳なく思うのは、私が中心に立ってたっていう風になってる事かな。

 サリーに庇って貰って、ツバキに草陰に隠して貰ってただけだった。」


 レィナータの負い目は当事者としては正しいだろう。あの場においては、戦いが終わった後医者を呼んだぐらいしかしていないのだから。

 だがそれに反論をしたのは意外にもツバキであった。


「んー…。まあ実際さ。メリアスが居ないとあの晩のアレは無理だったよ。

 それでメリアスがわたしたちと息を合わせてくれるようになったのはレィナータ様のお陰。直接ではないけれど、中心に立ってたのは同じだよ。

 はじめの、トゲトゲわんちゃんメリアスのままだったら一人で片付けようと突っ走って殺されてた。」


 ツバキなりの気遣いなのだろう。レィナータが自分が何もしていない事が負い目だと分かっている。

 あの夜、木剣と火球と毒瓶という魔物と戦うには少なすぎる手札でどうにか勝利出来たのは間違いなく連携のお陰だ。そしてその連携を取れたのは、レィナータがあってこそ。

 どうやらメリアスにもその自覚はあるようで、何か言いたげな顔をしているが黙っている。

 レィナータを大事に思う今となっては、舐めた言動をするウズの村到着初日のメリアスをぶん殴ってやりたいと思っているのもメリアス自身だ。あんなやさぐれ状態で連携など到底出来る訳がない。


「はは。そっか。ありがとう。」


 そんなツバキの不器用な気遣いにメリアスには悪いと思いながらも、少し笑いを含ませながら感謝を述べる。


「あと、少しいいかな。」


「「「?」」」


 話を切り替えるようなレィナータの口ぶり。この噂と並ぶぐらいに大変な事態などあるだろうかと揃って不思議に思ったメイド達は、メリアスはレィナータも怪我をしてしまっていたのかだとか、サリーはカルラシードから通達が来たのかなどそれぞれ別の事柄に思考を逡巡させる。



「私は―――君達3人に怪我をさせてしまった。魔物による、生涯残る怪我だ。」


「いえそんな……」


 サリーが否定する。相手は魔物なのだから、怪我をしなかったのがおかしいぐらいだ。

 主を守る為に我が身を盾にしてでも守り抜いたのは従者として誇らしいぐらいに思っている程だ。


「だから、決めた。」


 緊張しているのか、小さく一呼吸置く。そして覚悟を決めたかのように、言葉を紡ぎ始める。


「君達3人全員と、私は結婚したい。」


「!?」

「は、はい?」

「へ?」


 それぞれ反応に差はあれど、驚嘆の声を漏らすのは変わらない。

 そんな3人に構わず話はまだ続いていた。次は緊張していないようで、さらりと言う。


「あと、この国の王になるよ。」


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