第13話 嗚咽
「烈氷の剣姫」が過去に連載していた話とタイトル修正のお知らせ
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3054357/blogkey/3676227/
「君達は…王宮騎士団、でもないな。」
騎士の言う事も無理はない。レイ達はどう見てもただの子供だ。レイとウィスタリアは上等な鎧を着込んでいるから相応の身分である事は分かるだろうが、だからこそシーニャ達の身分が分からないだろう。
「僕は『烈氷の剣姫』、レィナータ=フォン=カルラシード。臣下と共にこのダンジョンの調査に来ました。」
「『烈氷の剣姫』…!キミが、いえ、貴女が!
私は、トラスア=バキナ。このダンジョンに遣わされていた騎士の一人です。」
ヘドウェッジの事件は王宮騎士団の内部にも知れ渡っているのだろう。これだけで十分に伝わると踏んだが、それ以上だったようだ。
「騎士トラスア殿。何があったのか教えてくれますか?」
「はい、勿論です。それは…」
「おーっと待った!」
話を始めようとする所をアンテノルが割り込んで来る。
「その前にトラスア殿、顔色が最悪ですよ。温かい薬湯を煎れますから、それを呑みながらでも良いんじゃないですか。」
「ああ…。ありがとう。」
やはりアンテノルは細やかな所で気が回る。
彼はまともに話す事すら難しそうな体調の悪さであるのは違いないし、折角見つけたのに衰弱死になってなってしまえば困る。
「レィナータ達にも紅茶淹れるよ。えと、お連れの方は…。」
アンテノルがちらりと横たわる騎士を見た。彼がどういう状態であるかは想像が出来るが、もし息があるのなら治療の手立てがあるかもしれない。
「…いや。こいつは、もう死んでいる。」
「……。」
ここに来るまでの道にあった血痕はこの騎士のものなのだろう。
どうしようもない怪我を負い、出血多量による衰弱死。それを彼はすぐ近くで見届けなければならなかったのか。
「…じゃあ、せめて。」
レイが横たわる騎士に氷魔法を使い、身体を氷の壁に包み込む。
「これで、腐ったりはしないと思います。」
「ありがとう。貴女は優しいですね。」
トラスアはアンテノルから薬湯を受け取り、皆には紅茶を配る。
外は雨が降っていた為に打たれている間に知らず知らずのうちに身体が冷えている。身体を温めてこれから待ち受けているだろう戦いに備えるのは必要だ。
「トラスア殿。ガルグイユの話によると、ここが国外のダンジョンと同じ仕組みなら最奥部には魔力の結晶があるらしいのです。」
魔力の結晶があるのなら、それを破壊すればこのダンジョンを終わらせられる。
もしも『大侵攻』というのが砦には観測されない領域でダンジョンが発生する現象であるのなら、このダンジョンのそれを破壊する事で人類は有史以来はじめて大侵攻に勝利したと言えるはずだ。
「貴方達が見たもの、戦ったものを教えてはくれませんか。貴方達の見知った情報があれば、ガルグイユの真魔に見つからない魔法によって密かに最奥まで行けるかもしれないのです。」
「……!!」
これから先、五人の王宮騎士が一人を残して壊滅する程の被害を受けた脅威が待っている。それは即ち団長・副団長クラスでなければ対応は難しいし、ダンジョンの中での孤立無援な戦いにおいては彼らでも勝てるとは限らない。
だがガルグイユの固有魔法・インビジブルさえあれば話は変わる。戦闘を極力回避して魔力の結晶を破壊し、全力で逃走すれば可能かもしれない。
彼らが真魔に囲まれる地獄を見たならば、この魔法が如何に強力かが理解できる筈だ。
「お願いします。思い出すのもお辛いかもしれませんが、僕達にこの先の事を教えてはくれませんか。」
これから先、調査だけしてトラスアを助け出して帰るにも彼の情報は値千金だ。聞き出さない手は無い。
「――、――――!!」
「え、なんです?」
聞き返したのはウィスタリアだ。
トラスアは何かを話している。だが、それが何かが分からない。まるで嗚咽のように声が出ていない。
「―――、―――!!――――――!!」
「……トラスアさん?」
必死に大口を開けて何かを伝えようとしている。だが、声が出ていない。
「………?」
「あれかな。よっぽど怖い目に遭ったから声も出えへんとか。」
それは無理からぬ事だ。真魔に囲まれ、鍛え上げて来ただろう自らの実力と同等の騎士達が成す術なく殺されていく様は精神を崩壊してしまっても仕方がない。
だが、これまでただ一人であってもトラスアが生きる事を諦めたようには見えなかった。レイ達と顔を合わせても平常心を保っていた。
「どうか、したのですか?」
「――――――。――――。」
何を言っているのか分からない。トラスアは大口を開けているが声が出ておらず、声が届いていない。
五人が意味が分からず混乱する中で、レイはある事に気付く。
「ん?」
トラスアが声をあげようとしたその瞬間、彼の口元にほんの僅かな黒い稲妻のようなものが迸るのが見えた。
「ちょ、ちょっとこれ!皆見てくれ!トラスアさん、もう一度同じ事を言ってみてほしい!」
レイが指し示す頃にはとうに消えていたが、トラスアがもう一度叫ぶような動作をするとその黒い稲妻は再び迸る。
「見えたかい皆!?こんな現象は今まで見たことが無い!」
しかし声を荒げるレイとは裏腹に周囲には困惑の表情が見て取れた。
「いや…何を言ってるんだ?トラスア殿が変わらず声を出そうとしているのは分かるが。」
「ウィスタリア、もう一度見てくれ。彼の口元に、黒い稲妻のようなものが出ているのが見えるはずだ。もう一回お願いします。」
トラスアが声をあげると共に三度その黒い火花は迸る。偶然だとか、目の錯覚でそう見えたとかでない確実な現象そのものだ。
「ほら!見えただろう!?」
「いえ…。私にも見えませんでした。」
「シーニャまで!?」
確実に何かがあるのはレイの眼には映っている。
であるのに、他の誰にも見えていない。同じ極光持ちのシーニャも、同じく騎士であるウィスタリアにもその稲妻は見えていなかったという。ガルグイユ、アンテノルも共に首を横に振った。
「た、確かに見えているんだ!本当だ!」
「お前がこういう時にウソを吐く奴だとは思わないが…。」
誰もレイの他にこの稲妻は見えていないが、レイを疑うような者も居ない。
ガルグイユとアンテノルはレイをまだ深くは知らないが、ここで虚言を言うような人物でないという事は信頼を置いている。
「黒い稲妻で話が出来なくなる、どう見ても毒だとかでなく魔法だ。
真魔には変幻蛙のように体表に白い鱗・甲殻を持たない代わりに魔法を扱える種類も存在する。彼らと戦ったという真魔は完全な新種であるのかもしれない。」
偶然レイが黒い稲妻が見えたから良かったものの、これを知らずにもしトラスアが地上に戻れば情報が不足して更なる危険を呼び込んでいたかもしれない。
結局、トラスア=バキナは深奥部について話す事は終ぞ叶わなかったが、彼が真魔により影響を受けている事を知れたのが何よりの大きな情報の糧となった。




