第10話 戦乱の先へ進む
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砦の入り口が見える茂みに隠れたレイ達。砦を抜けねばダンジョンには迎えないが、従騎士・従卒たちは今もせわしなく動いている。彼らの邪魔をする訳にはいかない。
「ボクらは忍び込む訳やし。気配を消して全員でそっと砦を抜けよか。」
「その、気配を消すっていうの?俺にはいまいちピンと来ないんだよ。」
どうやらガルグイユのインビジブルを直接見た事がないアンテノルにはどういう術なのかも分かっていないそうだ。
それはシーニャも同じはずだが、彼女は疑問を唱えはしなかった。魔法に造詣の深い彼女であれば固有魔法のようなものが生まれる事も理解しているのも不思議でない。結界魔法による認識阻害も知っているはずだ。
「ほいさ。じゃあ見とってよ。」
茂みの前に躍り出たガルグイユは、指を鳴らすと同時にみるみる姿が消え、そこに居る事すら分からなくなる。
「おおっ。こりゃすげえ。」
アンテノルは元々ガラクタをかき集めるぐらいにはそういったこまごました物が好きなのだろう。インビジブルを興味深そうにしげしげと眺めている。
「と、こんな風にやね。魔物にも効果があるから、これ使って一気にダンジョンまで行こか。」
「そりゃいいや!調査終了まで一回も戦わずに済むかも!」
インビジブルが想像以上の代物だったからか、アンテノルははしゃいでいる。そこへシーニャが魔法の効能を尋ねた。
「この魔法はまったく他者から見えないんですか?真魔からも?」
「魔物にも有効やね。ただし、透明化している間に触られたら解除されてまうし、触られると再発動までさらに時間がかかる。
あと、最大人数の5人全員となったらあんまり長い間発動はできへん。」
「それじゃあ、ダンジョンに行くまで一気にっていうのは難しいかな。」
「距離にもよるけど、多分ね。地平線のギリギリっていうし、一回は解除したいかな。」
つまり、一回真魔から狙われる機会がある。それを如何に躱すかが重要になってくる。
「私が皆さんを城壁の上から飛ばしてしまえば速くに到着しませんか?」
「確かに速くは着くだろうが、飛んでしまえば界喰鯨に狙われるかもしれない。ここは慎重に歩いて近付こう。」
「だったら、ここは俺達の出番だな。」
ウィスタリアとレイは前線で戦う事が出来る。その時間を如何に凌ぐかは二人にかかっているだろう。
勿論真魔だけでなく、あの巨大な界喰鯨に対しても気付かれてはならない。
「ダンジョンに入る前から大変そうだ…。」
「でも、ダンジョンの中から魔物が出てきているというのなら夜に調査するなら今戦場に居る真魔全てを僕達がダンジョンの中で相手しなくてはいけない。
考えようによってはそれを今だけは王宮騎士団が引き受けてくれているとも言えるし、チャンスでもあるよ。」
「くう…。腹くくるかぁ。」
そうは言うが、アンテノルが心が折れているようには見えない。卑怯な事をした彼とは思えない程のガッツに、レイとウィスタリアは内心少し驚いていた。
「よし、行こう!」
「インビジブル!」
ガルグイユが指をパチンと一度鳴らすと、五人の姿がまとめてその場から消える。
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砦の城壁へと近付いていく。
真魔はいずれも白色系の鱗・甲殻・体毛に包まれていて非常に鈍重で、飛ぶ事は一部のそれらの機能をそぎ落とした種類のものを除いて不可能だ。
よって真魔を対策する為、砦の城壁は非常に高く厚く作られている。
「(シーニャ。頼むよ。)」
その言葉にこくりと頷くと、シーニャは風を巻き起こす。すると五人全員がそれぞれ小さな竜巻に包まれ、個別に浮き上がっていく。
こちらも初見なアンテノルは驚いている。空を飛ぶ事の出来る魔法など夢物語や伝承にしか存在しないので、信じられないといった様子だ。
「(お、落ちやしないだろうな?)」
「(私以外の人間を飛ばす事は不可能です。ですのであくまでも荷物として一時的に風魔法で持ち上げているだけに過ぎません。)」
「(…えっと、つまり?)」
「(暴れて竜巻から落ちたら助ける方法はありませんので、落下します。)」
「(ひっ。)」
シーニャの淡々としながらも圧のある言葉によりアンテノルは硬直し、それから石のようにぴくりとも動かなくなった。
「(お、おお…。)」
アンテノルはまだしも、ウィスタリアもこの高さには慣れていないようだ。額に脂汗が滲んでいるのが見える。
竜巻に身体を持ち上げられ、揃って城壁の上に到着する。
「(これは…!!)」
気付かれやしないかと心配だったが、完全に杞憂だった。
皆、界喰鯨にかかりきりになっており、城壁の上など気にしている余裕はないからだ。
界喰鯨が猿の真魔ごと地面に噛み付くと、そのまま口を持ち上げれば綺麗にぽっかりと口のあった地面に穴が開いている。
「食ってる…。」
真魔が真魔を喰っている異常な光景に、アンテノルが思わずつぶやいた。
足元には兄・ロウェオンが苦心している様子が見えた。大きな甲殻に阻まれ、ろくに攻撃が通っていない。いや、正確には一度は攻撃を通せたようで界喰鯨の右前足の白い甲殻が朱い血で染まっている。
だがその血もまるで意に返していない。それどころか真魔を喰らってさらに活発に動き始めている。
城のような巨体にも関わらず、その苛烈な攻撃からは確実に足元に居る騎士達に意識を向けているのが分かる。
城壁の上に構える従騎士達はより多くの矢を打ち込む事で界喰鯨以外の真魔の気を少しでも惹くように苦心している。
界喰鯨に城壁が狙われてしまえば不味いが、それ以外の真魔が王宮騎士団に集中的に攻撃を加えれば挟み撃ちの形になり戦闘どころではない。
その分断を可能にしているのは、従騎士達の必死の健闘によるものである。熾剣が無い弓兵すらこれほどの判断と練度を求められるのだから、ロウェオンが調練不足を理由に一年生を外したのも理解できる。
「よし、行こか!一回休むから皆頼むで。」
その間にもガルグイユはどうにか息を整えられたようで、インビジブルを再発動する。
城壁を飛び降り、シーニャの風で着地の衝撃を殺して戦場の地に立つ。
「ガアアアアアア!!!」
「熾剣!」
すぐそこにも真魔と王宮騎士が戦い続けている。加勢したくなる気持ちを堪えながら、戦乱の間を潜り抜けていく。
戦える三人は当然として、ガルグイユとアンテノルも身のこなしは中々のものだ。少なくとも自分に意識を向けられていない真魔にうっかり当たってしまうようなミスを犯すような動きはしていない。
順調に進んでどうにか危なげなく迂回し、王宮騎士達の交戦する戦乱から少し離れた距離を維持した所でレイが聞く。
「(ガルグイユ、まだ行けるかな?)」
「(まだもうちょい行けるけど、今休んどいたらあのクジラさんの横一気に駆け抜けれると思う。)」
「(分かった。休もう。)」
「(皆、一呼吸の間頼むで。)」
この瞬間がダンジョン到着までに最も危険だろう。だが真魔と騎士達が戦っている場所からは距離があり、それがそのまま時間的余裕にも繋がる。せいぜい襲ってきたとして一度攻撃を防げばいい。
レイとシーニャは極光を、ウィスタリアは熾剣を発動させる。
「(解除!)」
インビジブルが解除され、その姿が露わになる。真魔はどうやら気付いていないようだ。
「(よし、これなら…)」
「きしゃああああああああ!!?」
「なっ!?」
その叫び声は、なんと戦乱とは真反対のさらに向こう側からだった。
当然レイ達が真魔が居ないかどうかをを確認していなかった訳もない。だが、この真魔は特殊である。
超硬度の白色の鎧を持たない、例外の内の一体だ。名を、変幻蛙。
これは自身の皮膚を質感までも完全に変化させる事で景色に溶け込んでしまう厄介な習性があるのだ。柔らかな代わりに体内には腐食液を蓄えており、一口で騎士が捕食されてしまうと即死は免れない。
蛙は一番近場に居たガルグイユに大口を開けてかぶりつこうとする。勿論、ガルグイユに防御の手段などない。
「ひっ。」
「噴迅!」
ウィスタリアが熾剣の急加速により最速で変幻蛙を切り裂こうとする。レイの氷もシーニャの風も、この瞬間のウィスタリアには速度で劣る。
「(間に合わな…!)」
「そらあっ!」
声の主はアンテノルだった。リュックの小ポケットから取り出した魔法石が変幻蛙の足元で爆発する。それに怯んだのか、蛙はほんの少しだけ出遅れた。
「でかした!」
ウィスタリアの剣が変幻蛙を捉え、頭を削ぎ取るように切り裂いた。
蛙は攻撃力と保護色としての能力に特化している為に防御力は非常に低く、一撃で仕留める事に成功する。
「はあ、はあ、はあ、たす、かったわあ。」
「やるじゃないかアンテノル!」
「ハハハ!だろ!すげえだろ!」
咄嗟の機転でガルグイユを助けたアンテノルは得意気だ。とはいえそれに見合った活躍をしたのだから、それぐらいは許されるだろう。
「よし、再発動行くで!」
再び指を鳴らすと、皆の身体が消える。ここからはダンジョンまで再発動の必要はない。
界喰鯨と戦っているのを上手く迂回する必要はあるが、それでもこれほどの巨体にうっかり当たってしまうなど有り得ない。
「(ここからは安心かな?)」
戦闘を横目にダンジョンへと足早に急ぐ。
戦っているのは五部隊で、その内ロウェオンと騎士団長が指揮を執る物が含まれていた。ロウェオン達部隊長や団長は絶えず指揮を飛ばす反面、騎士達の動きは疲労からか鈍っているのが分かる。
「(そりゃ、こんなものと戦い続ければ無理もないか。これがもし複数出て来たりしたら…。)」
界喰鯨が現れた際、一度に二個体が現れたという記録はない。
だがダンジョンというそれ以上のイレギュラーが発生しているのだ。それが絶対にないとも言い切れない。
「(無事でいてくれよ兄上。)」
界喰鯨の身体の半分を過ぎ、もう少しという所で。界喰鯨が全身を震わせ始める。
「(なんだ?)」
その瞬間――頭上にある噴出孔から大量の砂が噴き上がる。
「うわ?!」
界喰鯨は自分で食った砂をこうして噴き出す特性を持つ。
これにより舞い上がる砂埃はその物量から界喰鯨自身を視認できなくなる程であり、戦闘において非常に危険な状態だ。戦闘をしている者はより注意を深める必要がある。
が、レイ達にとっては別の脅威があった。
「あ、あれ?なあ、ウィスタリアお前、身体透けてないぞ。」
「アンテノルもだぞ…。おい、まさか。」
それは、レイが自身の氷の鎧に強化魔法を適用できるのと同じ理屈なのだろう。
どうやら体内に取り込んでいたこの砂は、魔法の概念においては界喰鯨の一部と見なされるらしい。




