第9話 世界を貪り食う獣
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降り続く雨にも構わず、真魔を一体一体確実に屠っていく。昼前には既に屠った真魔は30を超えていた。
数人は怪我をしたものの、それでも真魔の数を考えれば王宮騎士団全体のダメージは非常に少ない。であるのに、騎士達の表情は暗い。
「…減っていない?」
騎士の誰か一人が呟いた。
殺し損ねている訳ではない。それは真魔の骸が地面に横たわっている事から間違いない。起き上がっている訳ではなく、確実に殺した上で尚数が減っていないのだ。
これまでの大侵攻では朝の間に魔物が詰め寄せ、それから増える事はない。昼行性である事が確認されており、夜と共に北へと去っていく。一部夜行性のものも居るがそれは例外として数種が存在するだけだ。
だが、今回は違う。続々と真魔がやってきている。
「あの、洞穴か。」
団長・アウフヴィロが地平線に見えるダンジョンの入り口を睨み付ける。
王宮騎士団は真魔との戦闘が増えていると同時に、あの洞穴を発見。一部隊を調査に送るも、彼らが帰還する前に洞穴から続々と真魔が出現し初め、今に至る。
調査に向かった者達が無事なのかと心配する気持ちを抑え、王国騎士団長として彼らによる調査が裏目になってしまい、真魔を何らかの理由から刺激してしまった可能性を探らねばならない。
「団長殿!」
アウフヴィロに駆け寄ってくるのは学院騎士団から応援に駆け付けたロウェオンだ。彼は騎士顔負けの活躍をしており、真魔を既に三匹も討伐している。王宮騎士団に助けられる様子もなく、それどころか騎士を援けていた。
他の隊員たちはロウェオン程の実力こそ無いがロウェオンの足を引っ張らず、それどころか彼の意のままに動く事でロウェオンの力となっている。
故に王族だから従うでなく、そして生徒だからと一蹴するのではなく、実力者として彼の意見を聞くに値する。
「このままではキリがない。俺もこれまでの経緯は聞いている。あの洞窟の調査を今すぐにでも再開しなくては。」
これまで、洞窟が出来るなど記録に一度も残されていない。
これは有史以来に初の事が起きているのか、それとも同様の事が発見されても激しい戦闘により失伝しているのか。いずれにせよこの上なく危険であるのには変わりない。
「当然だ、今すぐにでも調査に向かうべきだ。だが…!」
だが、今調査に向かうのには危険が伴う。
魔物の群れを掻き分けていかなければならないし、内部にはさらに魔物がごった返している筈だ。昼行性である魔物達を相手にして飛び込むなど自殺行為に他ならず、戦力をいたずらに減らす事になる。
「む……。」
その葛藤はロウェオンも理解が出来る。
しかしこのままでは状況は次第に悪化していき、陽が落ちるまで前線が持つのか分からない。
「…………とにかく!今日を乗り切りましょう。」
「当然だ!」
目が届く範囲にあるだけに、もどかしい。だが調査をするにも今日を乗り越えなければならない。
再び剣を構えて戦場へと向き直る。ちょうど、新たな真魔がまた洞穴から出てきているところであった。
「ググ、ギギ、グググググ……!!」
身体があまりに大きく、入口が軽く崩落している。
その真魔は有史以来確認されている中でも最大種の一つとされる。
それはクジラだ。海に棲みながらも魚でない不思議な生き物らしい。だが、それは真魔である以上は地を這い、魔法を無効化する甲殻に覆われている。
ゾウとワニを足して割ったような足が四本付いており、その巨体を支えるに足る大きさだ。全身が白い甲殻に覆われており、それは最早城郭そのものが蠢いているように見える。
しかし最大の特徴はその大口。クジラにも備えられているものであるようだが、牙が備えられ、地面ごと掬い取るようにして捕食する。
怪物しかいない真魔の中でも異様なその体躯。故に、それがただの一言だけで伝わるように命名規則に則らない特殊な名称で呼ばれている。
その様子はまるで、世界を貪り食う獣。
「界喰鯨だっ!!総員構え!!」
「ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
その身体の大きさに伴って肺活量も規格外だ。その巨大な轟音はただの音のみで大地を揺らし、遥か空の上にある雲が響めき、空が割れた。
だがそれを相手にしても騎士の心は折れる事は無い。彼らとてまた、この国を守護するという使命を抱いているのだ。
2
界喰鯨の咆哮は南方の王都や学院にまで届く。音を掻き消してしまう雨など
人々はその声からどのような怪物が出たと想像するのだろう。その想像をさらに数百倍にも恐ろしくしたのがその声の主である。
王都や学院に混乱が広がっていく中、五人組が学院を出て砦を目指していた。
「なんだ、このけたたましい鳴き声は……?」
彼女はレィナータ=フォン=カルラシード。そしてシーニャ、ウィスタリア、アンテノル、発起人であるガルグイユの5人である。
王都から砦までは長い平原が続く。彼女らの視界にも、界喰鯨がちらりと見えた。
「あんな化け物が出てくるんや!?あれと戦い続けるなんて大変な国やねぇ。」
あくまでも他国からやってきているだけのガルグイユはどこか口調が軽い。だが、あれを見てもまったく怯えを見せていない商売人魂はすさまじいと言う他にない。
「まさか…あの化物、界喰鯨か!?」
驚きの声をあげたのはウィスタリアだ。
王国騎士志望である彼は真魔の性質についても勉強を重ねている最中であり、その中でも特筆すべき恐るべき真魔として名を知る怪物が目の前に現れたのだ。生涯出会うかも分からない化け物が目の前に現れたという実感が、彼にはある。
「ほ、本当にあんなのの前に行くのか?」
アンテノルは兄の事もあって真魔を相手にしても怯えない心構えをしていたようだったが、流石にあの巨体を目にしてはそうはいかないようだった。
それも無理はなく、常人の心を砕くには十分すぎる威圧を放つ。
「おお…!あれが真魔!素晴らしいですね!」
そう言うシーニャの顔にはまったく怯えや躊躇いなど微塵もない。彼女からするとわくわくしてたまらないのだろう。
「……な、なあ。シーニャさんなんか様子おかしくない?」
アンテノルはシーニャの本性を知らない。何か言動が普段とは違うのは分かっているだろうが、あれを見て尚興奮が勝るのは異常なのは分かるだろう。
「まあ、気にしなくていいよ。間違いなく頼りにはなるから。」
「だといいけどさあ…。」
界喰鯨を前にして心が折れないどころか喜んでいるのは確かに異常だ。だが、そんな彼女を見ていると不思議とあの巨体を見ても恐れ、怯える気にはならない。
「思ったよりも状況は不味いようだ。僕達も急ごう。」
「はい。」「ああ!」
砦へとその足を早めていく。次第に、雨の中でも構わず聞こえてくる程に剣戟と魔物の唸り声が響いている。
戦場が目前にある事が伝わり、それぞれに緊張と興奮が迸る。




