第7話 命を賭す価値
「…という訳で。正体不明のダンジョンが出来たらしい。僕達でそこに忍び込んで調査する。」
「しょ、正気かよぉ!?」
レイ達から話の概要を聞いたアンテノルが最初にあげたのは驚きの声だ。
「第一、王宮騎士でも帰ってこれないぐらいに危険なんだろ!?いくら透明になれて忍び込めるったって危なさすぎる!」
実に真っ当な反応だ。騎士の意識が高かったり商売人として貪欲だったり戦闘狂だったり、それぞれまったく物怖じしない理由のある皆とは違う彼の反応が正しいのだろう。
「危ないからこそ価値がある。付いてくれば今のように君を馬鹿にしたりはしないだろう。」
「それは…。」
レイの言葉を聞くと、アンテノルは黙り込んでしまう。
うんうんと唸るアンテノルを横目に、シーニャがレイに聞く。
「レイさん。私は貴女の眼を信用している。だからこそ聞きますが、彼が本当に役に立つのですか?」
ウィスタリアとガルグイユも同じく疑っているようだ。
アンテノルはびくりとした。普段は品行方正なシーニャがこのような口ぶりをする事に驚いているのかもしれない。
これはシーニャが意地悪を言っているのではなく、彼の実力が大した事ないのは事実だからだ。だからこそ一蹴する事なくその質問に答えた。
「まあね。入学試験で人質を取るというのは実に馬鹿馬鹿しい作戦だったが、あれを実行するだけの胆力と根回しは無駄によく出来ていた。単純なだけに意表をついて皆の裏をかいていたから成立した。
出力は大きく間違えてしまっていたが、それさえ誤らなければ大きな力となる筈だ。」
レイの自身に対する評を聞いたアンテノルは、少しの沈黙の後にレイに聞いた。
「…なあ。今調査したら、王宮騎士団の為にもなるのか?」
「ああ。多分ね。」
そのやり取りをガルグイユがおかしそうに聞き返す。
「キミ、ヒキョーな事やっといて愛国心はあるんや?」
「え?ああ…。」
アンテノルの回答はなんとも煮え切らない。再び唾を呑むと意を決したように語り始めた。
「ヴィズル家は元々、一人息子が居た。兄は武芸に長けていた為に王宮騎士団に配属される。だからあの日も、兄は見張り番になっていたんだ。」
その語り口は奇妙だ。兄というのに、一人息子と言っている。
「あの日?」
「二十三年前の大侵攻だ。」
「……!!」
この時の反応は二つに分かれた。
はじめて聞いた、この国の貴族として教育を受けてはいないシーニャとガルグイユ。一方で噂だけはそれぞれ断片的に知っていたレイとウィスタリアだ。
「大侵攻が起きたあの日、兄が砦の見張りに立っていたが、見た事もないような数の魔物の群れに怯えて合図の鐘を鳴らすのをほんの数分躊躇った。少し居眠りをして確認が遅れた結果、最早刺激すれば即座に襲い掛かってくるような距離だったからだ。
そのせいで初動の対応が遅れて、大侵攻が更に大きな被害を招くきっかけになった、らしい。」
「らしい?不確かなんですか?」
「兄はその日の内に死んだんだよ。だから本当なのかも分からない。残された報告書にはそう書いてあったらしいけど…。」
どうやら、アンテノルはそれが改竄されているかもしれないと疑っているようだ。
確かに理由はどうあれ、本人が死んで本当かどうかは分からないのだから疑う理由にはなる。
「で、その話を聞いた父・ヴィズル伯は王都の復興の為多くの寄付をした。そうするしか無かったのか、それとも優しい心根によってなのかは俺には分からない。
ただ間違いないのは、そのせいでヴィズル領の経営は大きく傾いてしまっているという事だよ。」
(ここに繋がっていたのか……。)
ヴィズル領の凋落はレイも知る所だが、それについてわざわざ深く調べた事は無かった。惨禍を生んだ大侵攻のきっかけというのなら、憐れむ者があまり居ないというのも理解はできるし、また無惨でもある。
色々と不可解も多いし報告書が真実かは定かでないが、少なくともヴィズル家長男が見張りにあの日立っていたのは間違いないらしい。居心地も悪くなろう。
「兄言うたけど、君の生まれる前の事やん。」
「まあ、腐ってもヴィズル家は名家だ。だからどうにか俺を生ませて…、次男でありながら跡取りとして育てた。俺は兄の顔も知らない。」
そういえば、第三試合のアンテノルの名乗りでは『嫡子』としか言われていなかった。それもこの辺りの事情を考慮した上での事だろう。
実に重い身の上話だ。生まれた時から負債を抱えているようなものだろう。だがしかし――。
「君なあ…。そんな大変ならいきなり不正なんか働くなよ。」
「うっ…。」
確かに彼の行動の理屈は分かる。これほど家が大変なのに自分は人より多少なり要領が良いばかりで剣も魔法も知恵も、いずれも非才な凡人でしか無かった。だからこそどうにか人望を集めようと画策したのだろう。
だが、いやだからこそ、失敗した時の事を考えるべきだったのだ。案の定その不正がバレてこの学院に居場所がまるで無くなっている。
「と、とにかく!俺は大侵攻を未然に緩和できるかもしれないなら、付いていく!
俺なんかの力で何が出来るのかも分からないけど、怖いけど。今の状況が変わるかもしれないし。」
「それは何よりだ。」
ウィスタリアは激動の過去を聞いたからか、すっかりアンテノルを受け入れているようだ。ぶっきらぼうな奴だが、意外にも単純な所もある。
「顔も知らない兄貴が怯えた真魔に一杯食わせてやれるんだ。それと違って国の為になるんなら、命を賭す価値だってきっとある。」
「兄の未練も君の汚名も。この一件で濯いでやろうじゃないか。」
元気よく返事をしたアンテノルに問題が無いと見て、その後には一度分かれて準備に向かい、1時間後にレイの部屋に集合する事にした。ダンジョンがどれほど深いのか分からないので、入念に準備を済ませる。
結局その日の授業は無くなったようだが、皆不安なのかあわただしく噂話に励んでいる。決して野次馬根性でなく、少しでも情報を知ろうと必死なのだろう。貴族の子ばかりなのだから、実家との連絡に勤しむ者も多い。
そういった中である為、レイ達が部屋に戻ってもまったく不審に思う者は居なかった。
レイの場合、荷物は携帯食料に飲料と傷薬など最小限にウエストポーチに収まる程度になったが、それよりもメイド達を説得する方が大変だった。
どうにか半時間をかけて彼女達を説得するが、意外にもいつもは従順で聞き分けの良いメリアスが食い下がって来たのも驚いた。
「まあまあ。危なくなればすぐに帰ってくるから。」
と、どうにか彼女達を説得できた。先にあらかじめ決めていなかったら拒絶されてしまっていただろう。
そうこうしている内に皆が集まる。
シーニャはノースリーブの白いワンピースに加え、どうせ破れるからとマントを羽織ってきており、さらに替えの服をガルグイユに預けているらしい。
ウィスタリアは胸と左肩を鉄の鎧を着け、手足にも革に金具の付いた具足を着用して守備力を底上げする。勿論、腰には二本の剣を提げている。
ガルグイユは荷物を鞄ひとつに最小限に留めながらも動きやすい長袖の服装にバンドを上から巻き、袖がたぼつかないようにしている。旅慣れた彼ならではの格好だろう。
そしてアンテノルは数分遅れて到着した。
「いやー待たせたかな。色々悩んじゃって…。」
「それはいいけどちょっと待て。」
ウィスタリアが指さすのはアンテノルの荷物だ。
背中に背負ったリュックはパンパンに膨れ上がり、決して小さくないは王族の部屋の扉にすら引っかかりながら入って来た。
「邪魔です。」
「あのさ、流石に大きすぎじゃないかな?」
「そ、そんな、これでも厳選したんだぞ!?」
「中身、見てみよか。」
そうしてアンテノルの持ち込んだ荷物を皆で軽く選別する。
「なあ、これなんなん?」
「最近読んでる本…。休憩の時に読めるかと思って。」
「これはなんですか?」
「人数分の小ビン…。ほら、中に希少な水が流れてたりしたら汲み取れるかなって。」
「これはなんだ?」
「カード…。皆で暇な時に遊べるかなって。」
驚く程に大量のガラクタを持って来ていたアンテノルに対し、レイがきっぱりと告げた。
「うん、この辺りは全部要らないね。」
「そんなあ!?」
そうしてゴミをいくらか部屋に置いていき、アンテノルの荷物がどうにか萎ませると出発する事にした。




