第6話 最後の一人
教室から少し離れた渡り廊下に面したベンチにて、シーニャにこれまでの経緯とこれからの計画を話す。学院全体が騒然としており、皆レイ達を気にする余裕などないようだ。
「それはまあ……なんとも面白……いえ勇敢な事で……。」
言葉を濁してはいるものの、わくわくする気持ちを抑えきれていない。彼女にとっては降って湧いた好機であるのだし、それも無理からぬ事だ。
「ガルグイユさん。その魔法というのは、五人まで使えるのですか?」
「うん。まあね。別に四人でもええけども、何起きるのかも分からへんし出来る限り揃えていった方がいいんちゃうかな。」
発起人のガルグイユに、鼠の牙事件から目を付けたというレイとウィスタリア。そして彼女らが選んだシーニャ。これで合計四人だ。
「となるとあとあと一人か。レイのメイド達から一人連れて行くか?」
「メリアス達か……。」
メリアスは対人であれば無敵だ。だが、彼女の首につけられた罪人の首輪により魔法を使えず、真魔を相手するのは不可能と言っていい。そもそも攻撃が通らないのだから、戦う以前の問題だろう。それに加えて練習用と言い張れる木剣以上のものを持つ事を許されていない。剣を持ってはならない罪人という立場であるからだ。
サリーは四種魔法に加えて極光魔法を使う事が出来る。だが、彼女の極光はあまりにも破壊が大規模すぎる。ダンジョンの中で使えば全員逃げ場もなく丸焼きだ。連れて行くならば、四種魔法の持ち主としてのみ割り切っておくべきだろう。
ツバキは基本的には戦えない。薬学や魔物の知識に加えて後衛で矢で援護をする程度は可能だろうが、あくまで斥候でしかない。
サリーとツバキのどちらかを連れて行く事は可能であると思う。
彼女達もあの日よりもずっと強くなった。何の準備もなく立ち向かい、守る対象が居て万が一にも負けられないあの日とは違う。ただの調査なのだから、無理なら逃げてしまえば良いんだ。
(そこまで、理屈では理解しているのにな。)
そう頭では分かっているのに、どうしても不安がこみ上げてくる。
「レイさんのメイド達は戦う事に特化した人達ではありません。戦う事も出来る、というだけ。メリアスさんも今は魔法を使えない。前線に出る事になるレイさんを見て、不安に思うかもしれません。
無理に連れて行く訳にもいかないでしょう。」
意外にも、レイの様子に気付いて助け船を出したのはシーニャだった。
彼女はどうしても戦闘狂な部分ばかりが注視されるが、普段は周囲を絶えず気に掛けている。それが周囲と合わせる為という理由があれど、彼女が周りを見ているのは変わらない。
「まあ無理せんでもええよ?四人でもええ訳やし。」
「そうだ、バリガンさんはどうですか?レイさんやウィスタリアさんと一緒に居る事の多い方ですよね。」
「バリガンはなあ……。やめてやろう。」
バリガンは、シーニャに告白して恋が破れたばかりだ。そこでシーニャの本性が露わになるというのも気が引ける。
ただ彼が気の毒という訳でもなく、いざという時にそれを気にして連携がほんの少しでも遅れてしまえば死に直結する。彼や仲間達の命を守る上でも今は適切でない。
「意外と都合のいい人物が居ないな……。」
今出ていない上級生の中にも実力者は居るのだろうが、実際に目で見てその人格や実力を知っている人物でなければ連携にも不安が残る。
「国外のものと同じやとしたら、ダンジョンの中はそう広くはないと思う。相手の行動も制限されてる訳やし、戦闘能力よりも咄嗟に機転の利くような人間なら頼りになるなぁ。」
「機転の利く人物か……。」
戦う事を重視せず、すかさずピンチをチャンスに変えられるような者。
「あ。」
「どうしたレイ?」
「ガルグイユの言った条件にピッタリなのが、一人思い浮かんだ。」
奴がもしも了承したなら、これまで候補とした人物の誰よりもこの調査には向いているかもしれない。
「誰です?私達に面識のある御方ですか?」
「まあ……顔と名前ぐらいは知ってるんじゃないかな?」
話し終えて教室に戻ると、先程よりもさらに多くの人が登校してきていたが件の人物はどうやらいないらしい。
「まだ寮の方に居るのかな。行ってみよう。」
「もしかしてラミュマさんですか?確かに極光次第では真魔を相手にしても戦えるかもしれませんが…。」
ラミュマは極光魔法の使い手であるが、まだその詳細をレイ達は知らない。この事態であればそれを聞く事も出来るかもしれないが、極光について聞くならばレイ達がこれからダンジョンに向かうという事も言わなければならない筈だ。無論、それだけではない。
「王族こそは模範となるべきと主張するラミュマなら、無理にでも行くと言ってしまうだろう。だが彼女の身分を考えるともし何かがあっては困る。
政治的に手出しできないように牽制しただけで親子関係が劣悪で半ば廃嫡されているような僕とは違って兄弟仲も良好で父とも仲は悪くないようだし。この国の王様が悲しんでしまうよ。」
「……なんか、自分で言ってて悲しくなってきたな。」
仮にも血筋は王女なのだが、はっきり言ってそんな気がまったくしないのも父のせいだろう。ウィスタリアとガルグイユは勿論として、シーニャすら気まずそうな顔をしている。
「そ、それよりもだ。その人物がラミュマでもバリガンでもないなら、一体誰なんだ?」
話題を変える為なのだろう、ウィスタリアが再び尋ねて来た。それもちょうどいいタイミングで。
「ああ、そうだね。今出くわした所だよ。」
徐々に寮から登校してくる生徒達の中に紛れた、一人の男子生徒に目を付ける。
逆に学院側から歩いてきて、そしてよく目を惹くレイを筆頭とした四人組は周囲から明らかに注目を集めていた。だが、それを意にも返さない。
「おはよう。アンテノル=フォン=ヴィズル。
こうして面と向かって話すのは随分と久しぶりだね。」
「な、なんだよ、レィナータ……。」
「こ、こいつが、か?」
アンテノル=フォン=ヴィズル。彼は入学試験の騎士部門にて、卑怯な手段で勝ち上がっていた男だ。
レイと戦い、メイド達を人質に取るもメイド達に合図を送った事でそれが瓦解。圧倒された後に舞台ごと凍らされ、その怒りを見せる様から民衆より『烈氷の剣姫』という渾名される事になった。
「アンテノル。学院生活はどうだい?」
「こんな時になんだよ。
…………まあ、最悪の一言だ。どこに行っても卑怯者となじられるから、身を潜めて暮らしてる。俺のせいだけどな。」
「そうだね。君のせいだね。」
気の毒ではあるが、はっきり言って全て自業自得なので同情の余地はまったく無い。
「だが、それをまとめて払拭する機会があるとすればどうする?」
「本当か!?」
余程冷遇されていたのだろう。その条件に喜んで飛びついて来る。
「ただし、命を懸けて貰うけどね。」
レイの気迫に、生唾をごくりと呑む。この大侵攻のような状況が迫っている中で、冗談でないと分かったのだろう。
だがそれでも彼は退く事もない。ろくな力もないのにそう決意するのはアンテノルの意思の強さが垣間見える。彼女の申し出に対し、まずは話を聞く事に決めた。




