第5話 退屈
突如現れたダンジョンの調査。
まったく未知の存在に対し、それ以前の質問をレイは問う。
「調査って、僕達が近付ける訳ないんじゃないか。それに、そちらは王宮騎士団が出るだろう。」
「元々、まばらに何匹か真魔が出て来てたその洞穴に、三日前、王宮騎士団の中でも調査隊が組まれて派遣されたらしいんよ。しかも新人でもなく、めっちゃ強い騎士の五人やったそうで。」
ウィスタリアはダンジョンと言われてもピンと来なかったのが、その説明でようやくイメージをつかめたようだ。真魔の恐怖はこの国の人間はこれでもかと知っている。青ざめた様子で、その続きを催促した。
「そ、それでどうなったんだ?」
「なーんも。帰っても来うへん。それどころかその後から、真魔がわらわらと出てきて無事かどうか確認する事も出来へんくなってもうたんやって。」
「…そうか。」
この国において最高戦力とも言える王宮騎士団が派遣しても問題ないと判断するほどの人材であっても行方の知れなくなるほど危険な場所。そんな場所に、彼は潜入しようと言うのか。
「僕とウィスタリアは、まだいい。しかし君は見たところ戦える訳でもないだろう。そんなんじゃいくらなんでも庇い切れるか怪しい所だ。」
「それに、今も王宮騎士達が居るんだろ。俺達が出て行っても追い返されるのが関の山だぜ。そもそも王宮騎士が近付けもしないのに俺達だけがそこに入れるかも怪しい。」
「もっともな話やね。でも、ボクにはこんなもんがある。」
ガルグイユはパチン、と指を鳴らす。
その瞬間に、ガルグイユの姿がその場から消えた。ただ見えなくなっただけでなく、僅かな音や空気の動きなど、そういった気配までもがまったく感じ取れない。
「えっ!?」
「何!?」
ウィスタリアはきょろきょろと周囲を見渡し、レイはガルグイユが先程まで居た場所を凝視する。まったくといっていいほど、ただの空間にしか見えない。
睨み付けていると、何もないところから右腕が急に現れる。
「ひゃ!?」
「あははは。そこまで驚いてくれるなら嬉しいわあ。」
「…………こ、こほん。凄いね、これは。」
すっとんきょうならしくない声をあげた事を誤魔化すように、レイはガルグイユの魔法を褒める。
この国にも似たものはある。結界魔法の一種である認識阻害の術だ。だが、それはあくまでも姿を見えにくくするものでしかないし、近くで見たらバレバレだ。気配なども誤魔化せず、音でいくらでもバレてしまう。
このガルグイユの魔法はそれを遥かに超えた性能を持っている。
「固有魔法って言うてね。人それぞれが自分に向いた魔法を作る技術があるんよ。ボクの使った『インビジブル』もそれ。」
「熾剣や極光みたいなものか?」
「そないな難しいもんやあらへん。効果も流石にそこまでちゃうし。でも、作ったものは改良し続けられて自分の血統の人間なら使える利便性だけはそれを上回るかな。」
「そんなものが…。」
国外にはまた違った魔法の発展を遂げているというのは、フーニカールの特殊な強化魔法からも分かる。ツバキにも同じように聞いた事がある。レイがウズの村を発展させるのに用いた、土壌の魔力操作も国外の技術である。
だが、実際の物を見るのはこれがはじめてだった。
「ボクからすれば、この国は魔法に対してお堅すぎるんよね。そのお陰で四種魔法はとんでもない精度やし多分どつき合うたら百度やっても全勝するやろうけど、もっと魔法って自由なもので良いと思うんよ。」
それは一理あるかもしれない。このような形に発展した、いや真魔に対抗すべく発展せねばならなかったが、魔法本来の柔軟性を欠いてしまっている所もまた存在している。
「ともかく、これがあれば近付けるかもしれないね。」
「やろ?戦乱の中を潜り抜けてダンジョンまで調査に行ける。それにダンジョンの中でも、インビジブルで真魔をなるべく避けて調べてみよよ。」
これならば戦闘を最小限に抑えられるし、王宮騎士団の面々に見られる事もないかもしれない。
「しかし、こんな凄い魔法があるなら王宮騎士団に申し出れば良いんじゃないか?」
「駄目駄目。キミらも追い出されたみたいに部外者を急に採用したりせえへんよ。
それに…。」
「それに?」
「ボクが行くんは別に崇高な愛国心なんかやあらへん。
調査の中で手に入るもんを手に入れれば元手から収支が増えるどころやない!真魔の素材も手に入れれたらいくらでも高く売れるし、何より商売人としても箔がつく!」
彼は商売人であるのだから、決してそれが悪いとは思わない。
学院に入学したのも母方の繋がり、とは言うが彼の名字や固有魔法からして国外で生まれ育ったのだろう。なのに国の為に尽くさねばならないなど、彼からしたら馬鹿げていて当然だ。
「ま、まあ、それでいいんじゃないか?」
ウィスタリアはその気迫にやや気圧されながらも同意した。それを卑怯などとは言わないし、むしろ平等に命を懸けるのだから真摯ですらある。
「やからね。キミらが倒した魔物の素材も、その内半分は譲ってくれへんかな。」
この国の人間にとって、倒した魔物の権利を倒した者が手に入れるというのは絶対的な不文律である。それには恐るべき真魔と戦ってきた祖霊たちへの敬意も含まれるルールであり、どんなに悪辣な者ですらそれを害する事は決して出来ない。レイを疎ましく思うカルラシード伯ですらもそれを無碍に出来なかった程だ。
だからこそ、その手に入れた権利の一部を有するという契約は事前に両者が行っていれば可能だ。ガルグイユがこのように情報を順に話していったのも、この申し出が通りやすいようにする為だろう。だが、レイ達にとっても非常に理の大きい。
「ああ、構わないよ。」
「まあそれだけの価値はあるからな…。お前、ここまで分かっていて俺達に声をかけたのか?」
「ボクにとっての商売の基本は、交渉と相互利益やから。
まあそう悪い話でもないやろ?」
そう、悪い話などでは決してない。これからどう探るか決めかねていた所にガルグイユが示してくれた方針はありがたい事この上ない。
ガルグイユにとっても、学院騎士団の上級生でなく信頼が出来て腕前の確かなレイとウィスタリアは最も合致した人物だったのだろう。
「よし、商談成立やね。」
「ガルグイユ、君のその魔法は何人まで使えるんだ?」
「ボク含めて最大五人までやね。大人数になると長時間は使われへんから、必要な時に一瞬だけ使う感じになるけど。
残り二人もキミらが連れていけるぐらいの実力とボクの言った『全員半分の分け前がボクのもの』に納得してくれるなら誰でもええよ。」
「あと二人か……。」
ならば、一人は決まっている。
ウィスタリアとガルグイユを連れて教室に行くと、ぽつりぽつりと既に出ている生徒達が居り、彼らもまたこの騒動を知っているようで教室全体が物々しい雰囲気に包まれている。
そんな中にあって、シーニャはひとり窓の外を見つめていた。
「シーニャ。」
「ん………。」
退屈そうな顔でレイの呼びかけに応じて横顔を向ける。
まだシーニャが出る事が難しい事は彼女自身がよく理解していた。尤もレイやウィスタリアと違って国を守る為でなく自ら戦いたいという渇望であるが、それが今はなんとも頼もしくもある。
教室の喧騒がこの片隅に向けられていない事を確認してから、シーニャに静かに話しかけた。
「シーニャ。大きい声では言えないがね。僕と一緒に、魔物の巣へと飛び込んでくれないか?」
それを聞いた瞬間に、シーニャはゆっくりと眼を開かせて爛々と輝かせ始める。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだった。




