第4話 調査
レイとウィスタリアは、学院騎士団の上級生たちの出発を見送った後、中庭にある屋根付きのテーブル席で降りしきる雨をぼんやりと見つめていた。本来ならばティーパーティーなどの為に設けられた席だ。
まだ授業開始前であるが、そもそも授業など出来るかも定かでない。
「……どうする?」
ウィスタリアが零すようにして呟いた。その言葉の意味は、レイにも分かる。
「どうするって言ってもね…。」
兄・ロウェオンの言う事はまったくもって正しい。
まだ兵士としては未熟なレイ達が戦場に出るべきではないというのは、感情論ではなく全体を俯瞰した上での戦術である。レイもそれが正しいと同意する。全体の和を乱さないという事は重要だ。
だがその一方で、この国は有史以来真魔と戦い続けてきた。二十三年前の時のように、国が手痛い被害を受けたのは一度や二度ではない。
二十三年前の大侵攻では初動の遅れが致命的になってしまったという。ならば今、少しでもやれる事があるなら最善を尽くしたいとも思うのだ。
もしも砦を抜けられてしまえば、メリアス、サリー、ツバキのように人々は魔物に襲われてしまう。あの日の光景は今も目に焼き付いて離れない。
(…………熾剣、か。)
レイは、熾剣を習得できていない。
熾剣とは『悔恨を断つ刃』。自らの心的外傷を乗り越えた際に初めて熾剣として技になる。レイはあの時の後悔をまだ振り切れておらず、そしてそれ以上の後悔などある筈もないから他の思い出を軸に熾剣を作る事も出来ない。
だからこそ、自分を奮い立たせるように弱い自分に武器を持たせるというイメージを発展させて氷の武装を生む極光を作り出した。逆にこちらは、時間こそかかれど驚くほどスムーズに習得できた。それほどにレイがあの日あの時、力が欲しかったという証左だろう。
「今行かないと、悔恨が増えてしまいそうだね。きっと雨を見る度に思い出す。」
もう魔物に襲われて苦しむ人を見たくない。この国にいる以上はそれは理想論であり、難しい事とは承知の上で、そうあろうとする姿勢を崩したくないのだ。
「俺もだ。」
ウィスタリアはレイに続くようにそう答えた。
彼もまた、かつて悪漢により大切な幼馴染を亡くしたと言っていた。レイの想いはその経験と共に理解が出来るのだろう。
「よし、こんな所で腐っている場合じゃないね。」
「だな。」
席からがたりと音を立てて立ち上がると、渡り廊下へと歩いていく。
「しかしどういう風に手を入れる?俺達が出られないのは変わらないぞ。」
「そうだね……。それならなるべく砦側や王宮騎士団には干渉しない形で動きたい。物資の供給などで補佐する、あとはヴェルデマーレ魔物研究所に何か情報があるかもしれない。そっちを当たろう。」
「授業はどうする?」
「そもそもあるかも分かんないよ。」
これからの行動について話しながら、滑りそうな床を踏みしめて歩いている二人の前に一人の男が現れる。
「や。ちょっと良いかなおふたりさん。」
軽薄な物言いだが、その男に二人は見覚えがあった。
「君は…確か、同じ学年のガルグイユ、だったかな?」
「おお、ボクの事覚えてくれとったんやね。有難い有難い。
改めてガルグイユ=マフロン。商人をやっとる者や。母方の実家がフーニカールの貴族なもんで、これ幸いとこの学院に転がりこんだんよ。」
「はあ…そりゃ、変わっているな。その口調もか?」
ウィスタリアのぶっきらぼうな物言いにもたじろがず、微笑むような細目と共にニッコリと微笑んで見せた。
「そうやね。ボクは西のハイシオーグ地方の生まれで、この国の言語とはちょっと違うかもしれんわ。文法とかは同じなんでそんな苦労はせんかったんやけど――」
「すまないガルグイユ。その話には興味があるが、今は一刻を争うんでね。また後日にして貰いたい。」
レイは足早にその場を去ろうとするも、ガルグイユがそれを慌てて止めた。
「わわっ、いやいやちょう待ってって。悪いなあ、つい話し込んでしまうのはボクの悪い癖やわ。
キミらには世間話とかでなく、本当に話したい事があってね。」
「なんだ?」
「砦に真魔が迫って来てるんやろ?それはボクも聞いた。で、それ以上の話は知っとる?」
「それ以上、だと?」
ウィスタリアがぴくりと反応する。現状については真魔が襲ってきていて、対処している以上の話を知らない。それはレイも同じで、彼はツバキが掴んだ以上の情報を持っているようだ。
「もう徹夜で酒場回って色々漁って、大変やったんよ?
商人のツテで色々探れたはいいけど袖の下でまあまあトンでもうたわ。もう王都にある店先の在庫も雀の涙や。」
どうやら、彼は店も持っているようだ。同じ学生の身で…とは思ったが、考えてみるとわざわざ生徒として学院に入学するぐらいのバイタリティの持ち主であるならば、それほどの商いの手腕があっても何も驚くこともない。
「…で、それを僕達に伝えるのはなんのつもりかな。情報を売る為に見返りを寄越せと言うのかい?まあ、それでも構わないが。」
今、レイにとってはとにかく情報が欲しい。いちいち探る時間すら惜しいのだ。それをふっかけて来たって別に構わない。相応の価値があるものに価格を付けているだけである。
「ああ、違う違う!これを伝える為になんか払えって言う訳じゃないんよ。ただ、この情報をキミらと共有したら協力できるかなと思っただけで。
ほら、2週間前にケチな盗賊団潰してくれたんキミやろ?それなら頼りになるからさ。」
どうやら、レイに目を付けたのは『鼠の牙』を潰した事によるもののようだ。
王都に店を持つというのなら、鼠の牙の被害を何かしらの形で受けていたとしてもおかしくなく、それでいてこれほどの情報を得られる情報網を有しているのなら盗賊団が居るという噂ぐらいは知っているのも頷ける。
「それで、キミの情報っていうのはなんなんだい。」
「そうそう。それが本題。今回の魔物の襲来はなんかおかしいらしいんよ。」
「おかしい?」
数十年に一度繰り返されている大侵攻ではないのか。それとも、単に真魔が群れを作っているだけという事か?
「なんでも規模は大侵攻並。百に近い真魔の群れと今も戦闘中って言うわ。
やけど、いつもと違って魔物が北からやってくるんでもないらしいねん。なんでも、砦から目の見えるような範囲にダンジョンが出来てて、そこから魔物が這い出て来とるとか。」
「ダンジョン?」
聞いた事のない言葉だ。真魔にそういう生態があるとは、レイの知る限り存在しない。
「二人は知っとるかわからんけど、ダンジョンがあるなんて国外の魔物みたいやろ?でも出てくるのは真魔やって言うし…。」
どうやらレイの知らない魔物にある性質のようだが、そこに居る魔物の性質はフーニカールに出没する真魔であるという。
意味の分からないチグハグな状況だが、危険極まりないのは間違いない。学院騎士団まで駆り出すのも頷ける。
レイとウィスタリアが困惑する中、矢継ぎ早にガルグイユは要件を伝える。
「やからさ、お二人さん。ボクと一緒に未知のダンジョンの調査に行かへん?」




