第2話 発露
1
「シーニャ?レイに用があったのか。」
「はい。私も、レイさんとサリーさんに会いたくて此処に来たんです。」
「…………!」
ウィスタリアは聡い男だ。シーニャが『レイ』と呼んでいる事に気付いたのだろう。普段二人はほとんど接点がなく、あくまでも同級生の一人でしかない。だが、その優秀さは互いに知れ渡る所である。互いの素性はさして知らずとも、互いの知恵には信頼ができる。
メリアスが席の準備をする間、シーニャはあっけらかんとしたままで、ウィスタリアはシーニャを注意深く観察する。
席が整えられ、皆が椅子に腰かけると開口一番にウィスタリアが問いを投げかける。
「…………聞かせてくれないか。お前は何があったんだ。」
「ええ、良いですよ。」
レイの臣下であるというのなら、ウィスタリアもシーニャの本性についてを知っておいた方が後々に有利に働く。隠し通して有事の際に急に分かってしまえば混乱を招くだろうと踏んだ。
シーニャは、自らの境遇と鎌鼬事件を語った。シーニャのどうしようもない衝動とサガは清廉たる騎士であれと生きて来たウィスタリアにとってはまるで真逆のもので、ときどき顔が僅かに引き攣っているのが見えた。だが、それでもなるべくそのまま受け入れたいという想いも見て取れる。
「つまり、お前が鎌鼬で。授業で見せる才すらも一縷でしかなく、本当の自分を偽っているのか。」
「まあ、結果的にはそうなってしまいますね。」
「シーニャが正体を隠しているのは彼女の本性を隠す為でもあるが、『遠隔操作』の技術開拓はそれだけで歴史に名を残すほどのものだ。
もしもこれが明るみになってしまえばこんな魔法使いを前線になど出したがらない。」
シーニャがレイに仕える目的は、最終的には自分が大侵攻において最前線で配備される為のものだ。それまでに下手に知られてしまえばその反発も大きくなる。
最終的には『遠隔操作』は非常に有益なものであるし、彼女が武勇において間違いのない功績をあげてから発覚する事が望ましい。
そうすれば、『技術開発をした偉大な魔法使いが前線に出てしまう』ではなく、『武勇を持つ大魔法使いが技術開発も行った』と周知させられるからだ。同じ事象でも、それが世に出る順番が違うだけで意味は変わってくる。
「理由は……分かった。しかし、そこまで桁違いに強いのか?」
どうにもウィスタリアはシーニャを話半分で聞いているようだ。
王宮騎士団という人類最高峰の部隊を抱えるこの国の騎士は、非常に水準が高い。国を守る自負と共にプライドもある。極光魔法を相手しても、王宮騎士ならば容易く切り裂いて突破してしまうだろう。
「へえ?」
その言葉を聞いて、シーニャはにやりと笑う。
別に、不快に感じた訳ではない。ただ面白いと思っただけなのだ。
シーニャは退屈だった。それはもう、とても退屈だった。
レイを相手に組み手をするにも彼女は領主としての仕事が忙しいし、それは代行官のサリーも同じ。サリーと共に魔法を学ぶ事はあるが、戦う訳ではない。
レイとメリアスは学院騎士団にも顔を出すのだから時間は意外と無い。
ツバキはまったく戦えない。せいぜいが後衛を務めるのがやっとだ。
総じて疼く渇きをぶつける相手はいないし、レイとの約束の手前ふらりと出かける訳にも行かない。精々、手慰み代わりにふらりと闇夜に紛れて空を飛び、極光を使っては瞳と髪を染め直す毎日だった。
そこに入学前から熾剣持ちという有望な騎士であるウィスタリアが現れた。
しかも同じ臣下であるという。
「少し手合わせ、しませんか?」
「望むところだ。」
(………………しかし、どっちが強いんだ?)
二人の実力は間違いないものだ。
それでいて二人とも強さを磨く事に余念がない。こうしてすぐさま戦いになるのは、ある意味必然だったかもしれない。
シーニャもウィスタリアも、レイが勝ったとはいえどちらも辛勝だ。どちらの実力が上かというのは測り兼ねるところである。
2
「…………勝負あり!」
「はあ、はあ、はあ、はあっ!」
「な、治します!」
勝負は、一瞬だった。
一本目はシーニャの起こした風はウィスタリアの動きを封じてしまい、その上から叩きつけるような黒い刃によって剣が弾き飛ばされる。
二本目は二刀奉焔の急加速で突風を振り切ってシーニャに剣を振りかぶったものの、黒い風を鎧のように厚く展開されてしまう。炎を刃に転換する事で確かに刃は風を切り裂いたが、恐ろしいのは攻撃が一段ではない事だった。切り裂いた傍から次の黒い風が襲い掛かり、ウィスタリアの手首ごと斬り落としてしまう。今急いでサリーが救護に取り掛かったところだ。
ウィスタリアの強さは昨日の一戦で実感した通りだ。技の冴えはまったく衰えていない。それを一方的な試合運びをしてしまう程、シーニャが加速度的に成長していっている。これでまだ魔法を新しく学ぼうというのだから恐ろしい。
彼女の全才能の全てが対人に特化しすぎているのも理由だろう。
「……レイさん。貴女もどうですか?」
これまでシーニャには我慢させていた。多少なり、付き合ってやるのも良いと考えた。
「お手柔らかに頼むよ?」
結局、その日は夕暮れまでシーニャ・ウィスタリアと共に幾度と試合をした。いくらなんでも熾剣と極光魔法を使う為、魔法を一切使えないメリアスは混ぜられず、極光も使えるサリーは治療役を担当する為に入れないので、三人で入れ替わり立ち代わりにだ。
レイとシーニャは4:6、シーニャとウィスタリアは8:2ほどの勝ち負けで幕を閉じる。レイとウィスタリアはほぼ五分であったので、相性の差を如実に実感する。
レイは氷の鎧で防御できる分シーニャにも有利に戦えるもののそれでも負け越してしまっていた。
ウィスタリアは圧倒的に不利な中で活路を見出し、刺突など極力黒い風に邪魔されない攻撃手段を編み出していた。一方で実戦に近いこの形式はシーニャにとっても学ぶ事が多かったようで、更なる進化に期待できるだろう。
これから政治的に戦っていく中で荒事も増えていく。シーニャとウィスタリアの実力を発揮する機会も、当然増えていく。
二人の実力は頼りになる事この上ない。今後の活躍に期待しよう。




