第1話 臣下と臣下の邂逅
ウィスタリアが臣下となるが、表向きにはあくまでもただの同級生だ。恭しい態度はしないように頼んだ。
これから仕えると決めた相手にため口を利くのはどうにも躊躇っていた様子であったが、ならばとレィナータを『レイ』と呼ぶように言った。自らの名前を廃して尚、王となると決めた証明である。
翌朝にはウィスタリア、バリガンと共に、王都に滞在していた聴取を終えた子供たちを見送りに出た。
子供達の被害について、後見人でもあるレイはいくらか情報を貰っている。『鼠の牙』は複数の悪辣な事業を展開しており、その内の一つとして児童買春にも手を出していたとも自白したらしい。
(あの時殺しておけば良かったか?いや。)
それをしてどうする、と思いとどまる。
殺すのに誰も止めない程には奴の行いが非道であるのには違いないが、それ以上に元王宮騎士かつ王女に手を借りなければ手出しできない悪党だった。王宮騎士団も王都自警団も、威信を賭けてヘドウェッジをはじめ連中から可能な限り情報を絞り出して残党共を掃討し、その末路は極刑の他に無いだろう。王女に捕縛させておいてもしも生きて逃がせば、その醜聞ははかり知れないものとなる。
であれば無闇に殺すのはただレイ自身が溜飲を下げたいだけだ。生きたまま捕らえた方がずっと利がある。
彼ら彼女らに対する被害もあくまで後見人でもあるレイには伝えられたが、具体的に子供達の内誰がそれをされていたのかなど、そのような事は一切触れるつもりもない。皆この王都で暮らしていたのとはまったく違う、新しい暮らしが待っているのだ。悪い事など忘れてしまえばいい。
「レィナータ!」
そんな事を考えていると、最後にアリアが飛び出して駆け寄って来た。
「あの、その、ありがとう!ずっと、ずっとちゃんと言いたくて!」
「あはは。ありがとう。」
「こらお姉ちゃん。レィナータさま、でしょ。」
「うう。」
アリアを諫めるのは妹のウェルナだ。か細い身体だが、どうにか立って歩く事の出来るぐらいには回復した。
妹のウェルナはツバキの調合した薬や買い付けた薬をこれからも継続して摂る事で快復を計るそうだ。ツバキ曰く衰弱した身体を戻していくのに年単位での療養こそ必要だが、完治も可能であるそうだ。
「じゃーねー!」
「元気でなあ!…………ぐす。」
「こらこら、泣くな泣くな。」
「今度ウズの村にバリガンも遊びに来るといいよ。子供たちも喜ぶ。」
涙目のバリガンを引きつれながら学院へと戻っていく。
授業があるのに無理を言って抜けたのだが、レイ達3人が子供たちを助けた事もその後も奔走していた事も教員生徒いずれもが知るところであったので、皆協力的であった。
そして子供たちをウズの村行きの馬車で送り出してから授業に戻り、その放課後。レイの私室へシーニャがやってきた。
「どうもー。」
「やあシーニャ。サリーに用だろ?」
「はい。今日約束していたので。」
「あらあら。それじゃあ、少し部屋の隅をお借りしましょうか。」
シーニャは新たな魔法を学びたいというので、魔法に精通したサリーに師事を受けている。彼女の才能をおおっぴらにすると騒動になるし、かといって教科書に書いてあるような事は1ヶ月でとっくに頭に入れてしまったらしい。
魔法が実践を必要とする以上、実際に習得するには教練が必要だ。そこで、事情を知っていて四種魔法を修めたサリーにちょくちょく魔法を学びに来ている。
王族に割り当てられた部屋は非常に広い。部屋というよりは、最早ひとつの物件を借りているのにも近い。部屋の中にさらに使用人部屋は三つあるし、蛇口・火元・風呂・物置も何もかも完備されている。執務室などの別室もあり、ここで暮らせと言われてもまったく不自由しないどころかかなりの贅沢と言っていい。空き部屋で軽く剣を振ったり魔法の練習もできるほどだ。
「……で、回復魔法は単純に傷が癒えると思っちゃだめ。少し気持ちが悪いかもしれないけれど、肉と肉を繋ぐ事を意識して。」
「なるほど。不思議な力で治る技術でなく、人の手で壊すように、人の手で治すという事を忘れないのが肝要であると。」
やはりシーニャは飲み込みが早いらしく、回復魔法の習得に挑戦している。
非常に難度の高いもので、独学で覚えるのは流石に無理があるのだ。習得にも数年、長ければ十年以上かかるなどザラなこの魔法も、シーニャであれば早期に覚えてしまえるだろうとサリーは言っていた。
「やはり人体への理解が習得に大きく関わりますね。あの時野盗を切り裂いたのは良い経験でした。」
「ちょ、ちょっと物騒かなー…?」
そんな事を話しながら習得を進めているようで、順調なのは間違いないらしい。
にしても、恐ろしい事を話しながら随分とイキイキとした顔をしているものだ。微笑みながらその様子を眺めていると、メリアスが紅茶を淹れてきてくれた。
「ツバキが王都で見つけた他国の茶葉だそうですよ。」
「そうか。それは楽しみだね。」
紅茶とは名ばかりで、その色は透き通った薄黄色をしている。
香りはほぼ無臭だが、その味は柔らかな甘みと仄かな苦みを感じる。
「中々悪くない。二人にも後で淹れてやってくれるかい。」
「畏まりました。」
ここのところ、ずっと働き詰めだったからこうした落ち着いた時間も悪くはない。
窓の外を見ると小雨が降り始めている。これから6月に差し掛かると、この国には雨季がやってくる。東よりやってきた雨雲が西に連なる山脈にぶつかり、停滞した雨雲がこの国に継続して雨を降らせる。多少の鬱陶しさはあれど、農作物に恵みをもたらしてくる雨は歓迎すべきものだ。
レイが村に常駐していた今までとは違い、村が発展してからは初のレイの居ない雨季だ。河川の整備も進めていたから予想外の降水量とならない限りは問題ないだろうが、やはり心配する気持ちは少しばかりある。
一方で雨季の間は農作業もかなり限られてくる。雨季に本格的に突入するにはまだ時間はあるだろうし、それまでに到着した子供たちもウズの村に馴染む余裕があるだろう。この時期なのはむしろ都合が良かったか。
そう考えながら窓の外を見ていると、呼び鈴が鳴る。外の扉の隣には紐が垂れており、それを軽く引っ張ると連動して部屋の中の呼び鈴が慣らされるという仕組みだ。
メリアスが応対しようとのぞき窓から相手を確認すると、ツバキだった。鍵でも忘れたのかと開けてやる。
「いつも何も言わずに帰ってくるのに珍しいな。」
「いや、ちょっとね……。用があるみたいで。」
「先日は俺の我儘に付き合って貰ったから、レイに焼き菓子の差し入れでもと。メリアスさんやツバキさんも皆で食べてほしい。」
ツバキの後ろには小さな紙袋を提げたウィスタリアが居た。
彼の言う我儘とは、おそらく昨日の決闘の事だろう。律儀な男だ。
「せっかくだから上がって行けばって思ったんだけど、確か今さあ。」
「…………ああ。」
ウィスタリアを部屋に招くかツバキが躊躇ったのは、シーニャが居るからだろう。
同じ臣下であるとはいえ、彼女の才については秘匿しているものであるので、勝手に呼び込む事も良くはない。その一方で、彼の好意を無碍にするようにもなってしまうので、どうしたものかとここまで連れて来たのだ。
部屋の中のレイは、シーニャに軽くアイコンタクトを取る。
「良いかい?」
「ええ。驚きましたが、おそらくはそういう事でしょう?」
シーニャはウィスタリアの声を聞き、彼もまたレイに仕える事にしたと勘付いたのだろう。だから敢えて詳しく聞く事もなく、シーニャはレイの申し出を受ける。
「ウィスタリアを招いてやってくれるかい。この茶と一緒に焼き菓子をいただこう。」




