第18話 光の騎士
レイは、ウィスタリアの慟哭にも似た告解を黙って聞き届けた。
正直、驚いた。
レイ自身はウィスタリアの事を入学して入学試験で相対するまで知る由も無かったが、どうやらあちらはそうではなかったらしい。
メリアスについてもだ。彼の構えはメリアスを見倣って作られたものなのだろう。それが有象無象の観客の一人でしかないというならば、メリアスがウィスタリアをまったく知らないのにも納得がいく。たった一度しか見る機会の無かった剣を熾剣になるまで振り続けたのだ。
それと同時に、レイに対しての妬みや嫉みの気持ちもだ。
素直に羨ましいなど云うのは、どれほど彼にとって辛い事かなど想像に難くない。
自らの醜悪な部分を自覚しながらも素直に伝えるのは、彼が如何に誠実であるかの顕れでもある。
それに、彼の言う事は一理ある。
レイが助かったのはメイド達のお陰だ。彼女達が居なくてはレイはあえなく真魔の幼体に殺されていた。表向きには悲劇の王女として、その実父の思惑通りにその一生を終えていただろう。
レイがベルヴェルク伯とまともに政治的に渡り合っていたというのも5年前の初の会談の事だろう。あれ以来、ベルヴェルク伯とは商談を持ち掛け合っている。しかしながら5年前に初めて会った頃にはどうにか背すじを張ってやり過ごしていただけで、レイ自身が図った事ではないのだ。受勲式の前に捕まってしまうことすら想定外だった程に。
実力にもさして差は無いのはレイは打ち合いで理解している。それでも、彼にとってはメリアスから信条と共に師事を受けた剣であるのが大きいのだろう。
「僕は、君が思う程に清廉潔白な人間でもないよ。」
彼へ最初に投げ掛けた言葉はそれだった。
誠実さには誠実さで返してやりたい。
「慰めのつもりか、お前は。」
「本当にそうなんだ。僕は何故ここまで剣を上達させたかというとメリアス、サリー、ツバキの三人と結婚するためだからね。」
「は?」
まるで想定外の言葉に、ウィスタリアは混乱しつつも目を丸くした。
そんな彼に、レイもまたさらりと語って見せた。
「僕は彼女達に救われた。彼女達の取り返しのつかない傷の代償にね。
だが彼女達がそのせいで不幸になるなど許しがたい事だ。ならば、僕は彼女達をこの国で最も幸福にしてやりたい。そう思ったんだ。」
レイの言葉に、いつも外では無表情なメリアスが僅かに頬を赤らめている。それに気付いたウィスタリアは驚きながらも、その言葉が真実だと理解した。
「……いや待て待て。幸福にする、のは分かる。だが結婚は無理だろう。同性じゃないか。それに三人を同時にか!?」
「ああ。その為に僕はこの国の王になる。
彼女達を幸福にする。その為に卑劣な手段など取らず王道を進み、この国の民を守る為に。」
あまりにも堂々と言うものだから、ウィスタリアは呆気に取られる。
そんなもの不可能だろ、と言ってやりたい所だったが驚きにより声が出ていないらしい。
しかしそれと同時に、納得のいく部分もあった。
清廉でありながら不純な彼女はそれを絶対の叶えるつもりでここに居るし、それを成せるだけの力と覚悟を持って今ここに立っている。
その証拠が近接戦闘という舞台においても熾剣を打ち破る程に練り上げた極光であり、アリアを救う為になんら躊躇いを見せなかった勇壮なる意思だ。
それだけでなく、自ら取り組んだ事業により領地の再開発を進めて領主としても花開いている。
いずれも生半可な事では決してなく、同じ十五歳でどれか一つでも持っていれば王の器とも言えるそれを全て持ち合わせている。
その答えが「メイド達と結婚するため」。ばかばかしくも聞こえるが、その愛は紛れもなく本物で民草への思いもまた真である。
「レィナータ。」
ウィスタリアは立ち上がり、真っ直ぐとレイの方へ向き直って話す。
「俺はお前を、王にしたい。」
「……!」
レイからすれば、同じく自分も友に受け入れて貰えればそれで十分だった。
だがウィスタリアはレイを理解した上で、第六王女であるレイを王にしたいと言ったのだ。
地位が低い分簡単ではなく、だからこそ彼は力になりたいと考えたのだろう。
シーニャは彼女自身にとってのメリットを突きつけた上で臣下になった。だが、ウィスタリアはまるでそうでなく、困難を承知でレイという人間を王にしたいと思ったのだ。
その思いがけない申し出に、レイの身体中が逆立つようにぞわぞわと喜びが駆け巡る。
彼には、それに報いたい。
レイは黙って腰のレイピアを抜く。
「「!!」」
驚いたのは二人だ。
一人はサリーで、彼女は騎士の慣習には詳しくない。ウィスタリアに刃に向けるのかと一瞬青ざめたが、ツバキがちょんちょんと肩をつついて取り持った。
もう一人は他ならぬウィスタリアだ。彼は、この行いの意味を理解していた。
騎士の誓い。
かつて、幼いレイがメリアスに施してやった誓いの儀。
この国内において、剣を捧げる主が臣下に行うものであり、成立した瞬間よりその誓いは絶対のものとなる。
「汝、天上におわす戦が神ハールバルズへと宣誓するか。騎士として、我が身元へ誓いを立てる事を。」
主は十五の王女。なれど、既に領主だ。
剣は愛剣であるレイピア。
場所は打ち捨てられた闘技場。
騎士は未だ学院の一生徒。
だが、決してままごとなどではない。
この誓いはウィスタリアの決意を示している。
「――誓います、我が主よ。
私は、国に奉仕し、臣民を守り、友を援け、悪の暴虐を挫き、そして主に我が身命を賭すことを。」
レイピアで肩を叩く。
左手をウィスタリアの眼前に差し出すと、その左手の甲に口づけをする姿を取る。
「神の御元において汝が罪は濯がれ――」
「新たなる光の騎士として、遍くを守護せん。」
「!!」
それはかつて、憧れた戯曲の騎士だ。
どこか回りくどい言い回しながらも腕は確かで、姫を守り抜いた英雄。この国の騎士ならば皆が知っている。
その昔ウィスタリアは少女を守れなかった。それどころか守られた。だが、今の彼にはそれを出来るだけの力がある。慢心に心を歪めなければ一流の騎士になる事は間違いない程の剣を持っている。
「………ありがとう、レィナータ。」
彼の行いは、憧れは決して間違いでないと肯定する。その言葉にはそういった意味が込められていた。
かくしてレイに二人目の騎士が、そして同級生の中でもシーニャに続く二人目の臣下が誕生した。
【5章 光の騎士・完】




