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第17話 悔恨、羨望、嫉妬

 熾剣は、未練を断つ剣だ。だから、それほど強く悔恨となる思い出が無くては成立しない。


 俺…ウィスタリア=フォン=ベルヴェルクは商業都市メルクリウスの領主、ベルヴェルク伯の三男にあたる。

 七年前、八歳の時。俺は仲の良い二つ上の幼馴染の少女がいた。

 少しばかり目つきは悪いが美しく可憐で、華奢な身体つきの娘だった。

 メルクリウスの商人の娘で、ベルヴェルク邸、つまり俺の家にも足繁く通っていた。


 多少同年代よりも上手い程度で、まだ人並みにすら剣を振れない俺の剣を、すごいすごいと褒めてくれた。強化魔法など敏捷強化しかまだ使えない未熟者なのに、俺も良い気になって彼女の為に剣を振るう。

 そんな俺達は共通の趣味として読書が好きで、暇さえあれば本を読んでは感想を言い合っていた。


 本の趣味が真反対な俺達が、唯一二人とも大好きになったのはある戯曲を本に起こした物語。

 題して、『光の騎士と蜥蜴姫』。主人公である光の騎士は「国と民と同じぐらいに君を守る」なんて歯が浮くようなセリフすら似合ってしまう、まさしくヒーローだ。

 お互いに言ったりはしなかったが、俺達はたぶん、この騎士と姫に自分達を少なからず投影して見ていたのだと思う。

 緑の光を発する敏捷強化を持つ為に光の騎士に憧れて、目つきの悪さから幼馴染の彼女を蜥蜴姫に見立てたのだろう。


 ある日、その商人の遠征に俺が無理を言ってついて行った事がある。

 それはメルクリウスから数日の距離にある村・街で完結する程度のものだし、それならばと父も許可を下した。


 しかしながら、今でこそ落ち着いたがメルクリウス近郊は王都のインフラ整備に伴って、フーニカールに行きたい人間が集う玄関口でもあり、治安が崩れている時期だったんだ。

 本当に、ただただ運が悪かった。

 盗人がこの国に入り、メルクリウスの周辺で盗品を売りさばいていたらしい。城塞のように堅牢なメルクリウスには足を踏み入れられないが、その周囲で闇市を密に興していた。

 その悪品を商人は咎めると、盗人が懐から取り出したナイフでまず商人が殺された。

 さらに幼馴染の彼女も、俺を庇って殺された。付け焼き刃の敏捷強化なんて、大人を相手にすれば無力でしか無かったんだ。

 俺は、何も出来なかった。ただ庇われ、夜の中逃げ出し、泣きながらメルクリウスへと駆け込んで兄たちに助けて貰う、それだけしかできなかった。

 その事件から父は規制を大幅に見直し、都市の治安維持に注力するようになった。


 俺は三日三晩泣いた。もっと他に出来る事が無かったのか。

 悔しくて悔しくて仕方なかった。

 そんな時に長兄が王宮騎士団に加入する事になった。加入試験は、家族であれば閲覧を可能としてくれている。

 俺は兄上の晴れ姿を見る為に父に連れられ、王都へと向かったんだ。


 その時に見たのが、メリアスさんだった。彼女は女の身で、しかも学院へ通わず十五歳で王宮騎士団に応募したんだ。

 確かに、王宮直属であるのだから学院に通わなくてもよいだろう。しかしながら周りは皆学院を卒業した18歳の青年で、その年は特に騎士団長の息子殿も居た。彼も次代の騎士団長になると期待される将来有望な騎士の卵だった。

 メリアスさんは、その騎士団長の息子と当てられた。

 誰もが『出る杭を打つ』程度の認識だったんだ。俺もそうだった。だが、違った。

 メリアスさんはその剣一本で、騎士団長の息子に勝利した。

 熾剣を繰りだして来る相手に、メリアスさんは強化魔法を一瞬使うだけで圧倒した上でただの一撃で完勝した。断っておくが、別に相手が弱い訳じゃない。これは名誉の為だとかじゃなく事実だ。本当に強いし、なんなら今の俺よりもずっと強い。

 全三回戦だったから他にも戦いはあったが、それも当然圧勝に終わる。


 俺はそれから王都に滞在している間も、そしてメルクリウスに帰ってからも、ずっとあの剣の美しさに虜になってしまっていた。

 そして、彼女のように強ければ幼馴染も死ななかったのだと思うと、居ても立っても居られなかった。

 一日必ず最低六時間以上は剣を振り続けた。少しでも、少しでもあの時目に焼き付いた剣に届きたかったんだ。



 そんな時、メリアスさんが国家反逆罪で追放された事を知った。


 それは嘘だ、と少し聞いただけで分かった。

 メリアスさんにそんな事をする必要がどこにあるのか。

 あれほどの武を持つ人間が、そのような事をする訳がない。正面突破してしまえばいい。

 彼女が本気で殺意を持った時に勝てる人間などはこの国に存在し得ないだろう。


 だが、俺は何も出来なかった。強く焼き付いた情景を持つ相手に、何かしてやれるほどの力が無かったのだ。

 だから俺は強く在ろうと決心した。それだけの力を手に入れて、彼女が再び立場を取り戻せるだけのものを用意してやろうと。それは有力貴族との結婚であったり、その為の手段は色々とある。

 言葉を交わした事もない相手を、俺は助けたかった。あの日あの時、打ち砕かれた俺の心は彼女の剣に救われたのだ。


 しかしながら、メリアスさんは他の侍女と共に魔力を制限されたその身で三匹もの魔物に立ち向かい、脚を喪った。

 それはその時に仕えていた主君を守る為であるという。


 主君の名はレィナータ=フォン=カルラシード。

 王侯貴族筆頭カルラシード家令嬢にして、この国の第六王女である。


 許せない、と思った。

 彼女がメリアスさんを使い潰したから、あのメリアスさんが足を喪う羽目になったんだ。

 父と会談するレィナータの姿を密かに覗き見た事がある。これは身内贔屓でなく、父は頭抜けて優秀な賢人だ。貴族の中でも特に食わせ物として一目置かれている。だが、父を相手にしても余裕を切らさないその態度は、自分と同じ歳とは思えない。

 アイツのせいで、メリアスさんは手玉に取られているんじゃないのか。


 憎かった。あれほど素晴らしい剣技を持つメリアスさんの、その足を奪う原因となったのはあの王女のせいだ。

 羨ましかった。レィナータはメリアスさんに助けられて、俺達には誰も居なかった。


 いずれも騎士らしくない、歪んだ感情だ。それらを振り切るように、ただ剣を振る。あの剣にただ憧れて、剣以外の武器など邪道として見向きもしなかった。

 いつしかその剣は未練を断ち、炎のように強化魔法を纏う。

 そうして熾剣・二刀奉焔は完成した。学院入学前の僅か十五の身で熾剣を手に入れるなどそうある事ではない。内心、俺は有頂天になっていた。


 だが、レィナータと実技試験で一戦目に出会ってしまう。

 極光を持っているのに敢えて騎士部門を選ぶ。まるでパフォーマンスのつもりか。そのような思いから、やや刺々しい態度を取る。

 木剣であるから熾剣は使えない。そのような言い訳をしても、強化魔法を使わない彼女に敗北した。

 それだけではない。彼女を憎み、羨んでいたのに、彼女と剣を交わして彼女が芯から剣と向き合い続けた人間であると知ってしまった。

 しかも続く第三試合では、メリアスさんと連携を取って裏工作をしていたアンテノルを打破してしまう。


 熾剣を手に入れるまで鍛え上げた自分をさらに上回るレィナータ。

 彼女自身が好人物であるのも相まって、どうしても自らの臓腑に意地汚いものが混じるのが分かる。


 政の腕が確かであるのに、実力ですら劣ってしまうのか。いいやそんな事はない。そんな事はない筈だ。俺の5年が、意味の無いはずが()()()()()()()()


 しかし『鎌鼬事件』においても、彼女は単身で解決してしまう。

 戦った現場であるという山頂を訪れたが、その地に残されていた周囲一帯を凍らせてしまう程の余波は恐ろしくもあり、彼女の底知れぬ実力を証明している。

 それどころか、鎌鼬事件の折にてメリアスさんが剣を振るう姿を見られた。だが、彼女は剣に誇りなどを持っておらず、剣はただ敵を打ち倒す手段でしかないらしい。失望ではなく、恐れ慄いた。彼女ほどの人物になれば、最早武器の種類など問わないのかと。剣に誇りを持っていた自分はなんだったのか。


 共に向かった王都でも、広場で周囲の人間からあっという間に人気を得たかと思えば盗人の少女を救う策を編み出し、元王宮騎士を相手に助け出すと言った。瞬間呆気にとられるも、勿論俺だって王宮騎士を辞めて泥を塗るような男に負けるつもりなんてさらさらない。

 だが、本当は違うんじゃないか。本当は俺も同じ事をこの少女・アリアに言えた筈なのに、心のどこかで怯えていたからその答えに蓋をしていたんじゃないか?


 燻る気持ちを振り払いレィナータ、バリガンと共に奴等のアジトへと突入し、交戦に入る。

 レィナータにヘドウェッジを任せているのだからせめて、人質を取らせたり横槍を入れさせたり、そういった邪魔をさせてはならない。熾剣を用いて上階の従騎士・従卒くずれ達を制圧すると、窓の外では広場に踊り出たレィナータとヘドウェッジが戦っていた。


(あれが、メリアスさんに教わったという動きか。)


 今、彼女が手に持つ武器は剣ではなくフレイルだ。

 きっとメリアスさんの教えなのだろう。あらゆる状況に応じて戦う為に、武器が何であるのかなんて必要ない。それは打ち克つ為の戦いだ。

 ここぞという時に結局ヘドウェッジは部下に横槍を入れさせようとした。そこに、お前の部下はもう居ないと大声で宣告してやる。だがヘドウェッジに対して、最早怒りすら向けられていない。


(俺は、何をしているんだろうな。)


 血生臭い、倒れ伏せた従騎士達を脇目に視ながらそう思った。

 誇りとして抱えた剣は意味を成さず、またいつかの日のように自分でも出せた筈の答えから逃げている。結果王宮騎士を相手する事に、妬んだ相手に任せてしまった。


 燻る気持ちは募るばかりで、事後処理で忙殺して忘れようにもそうはいかない。

 最早、この渦巻く黒い気持ちをただ抱えるには俺の手に余る。何より、騎士として王女として、民を救ったレィナータに失礼ではないのか。


 悔恨も、羨望も、嫉妬もある。

 だからこそ、熾剣と共に想いと過去を全てレィナータに打ち明けよう。それが彼女に対する最も真摯な行いだ。


 俺はあいつと、友で在りたいから。





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