第16話 千金たる一秒
この熾剣がメリアスのものであるのならば、真っ向から戦えばいい。
「氷装。」
そう決めたレイは氷の花弁をレイピアに纏わせると、片刃の大振りの片手剣を作り出し、それを柄の部分で折ると双つの剣とした。
「同じく剣が二本あれば俺に勝てると?」
数多の武器を使いこなすレイが、わざわざウィスタリアの本分である両刀を自ら指定した上で握る。
それはつまり、同じ領域にあれば自分が勝てるのだと宣言しているに等しい行いだ。
「どうだろうね…。ただ、これならやり合える。」
単純に、手数の問題もある。レイは多くの斬撃に対し常に守勢に回らざるを得なかった。ただでさえ速度で負けているのにも関わらず手数で負ければ必然だろう。
だからこそ敢えて同じ武器を扱うと決めた。花弁をまだ一枚残しておくためにはひとつの花弁で両手に持つ剣が望ましく、それであれば二本の片手剣が最善であるのは間違いない。以前シーニャとの決闘でも使用したように、レイの手に馴染んだ形状の氷装だ。
「じゃあ試してみるか?」
ウィスタリアの握る剣の切っ先が後ろを向いた瞬間、レイはごくりと唾を呑む。
これより起こる剣戟は、レイの側が圧倒的に不利だ。だがその中で、確実に勝利への道筋を導き出さなくてはならない。
勝負は一瞬。高速の剣を振り抜く彼との決着は、どうあれその瞬きを争うような熾烈なものとなるだろう。
(――――来る!!)
「噴迅!!」
ウィスタリアの掛け声と共に、焔が噴き出す。
レイは高速で直線的に移動してくるウィスタリアへと剣を構える。一方、飛び掛かるウィスタリアは左手の剣へ魔力を高める。
(この魔力、あの赤熱する剣が来る!)
ただの騎士ではない魔法使いとしても一流であるレイにしかない優位性。それは、魔法への知識と理解、そして魔力の順動するその感覚だ。目で見るよりも早く魔力の流れを一瞬早く察知する事が出来る。それはまばたきにも満たない間であれど、ほんの僅かな差が勝敗を分ける戦において非常に重要だ。
ウィスタリアの持つ赤熱した刃、『刃焔』。鎧すらも断つ斬撃である、あれだけはまともに受けてはいけない。
単にそれに対して守りに回るのではなく、移動する為の噴射口が減った事に対してほんの少し動きが鈍る事を突く。狙いは赤熱するであろう左手の剣でなく、上空に留まるウィスタリア本人だ。彼に向けて氷の小剣を突き刺し、動きを止める。
(ここ―――)
「反……転!」
(な!?)
燃える熾剣は刃と同一化せず、逆方向へと噴射する。瞬間、ウィスタリアは空中で高速回転し、そのまま放たれる斬撃は絶大な威力を見せる。紅色の炎と共に回転するその様はまるで円形にすら見える。
その速さは攻撃となり、同じくして防御ともなる。それを完全に有効と見たその瞬間にまでとっておき、それを最大限に行使した。その在り様はまさしく、メリアスの剣にすら等しい。
「ぐっ!」
突き立てた氷の小剣は弾かれ、ガードが破られる。完全に隙を曝してしまう。
どうやら、この状態でもウィスタリアは周囲を認識出来ているようだ。そのまま次の回転でレイの方に抉り込むように近付いていく。
ほんの一瞬だけ早く判断を出来たのが、却って命取りとなっている。
(不味い……!)
さらに次の回転でその剣はレイを捉えるだろう。新たに花弁から氷装や氷を生成して切り返す時間すらも無い。この二刀の剣で受け止めようにも、強化魔法を行使してもこの回転斬りを受け止めるまでに至るかどうか。
(それに賭けるか!?)
最早悩んでいる暇はない。耐久強化を行使して次の一撃を受け止めるしかない。
青い光がレイを包み、右手に握る氷の剣を構える。それに対して炎を纏う熾剣は真っ直ぐと襲い掛かる。
どうなるかも分からない。
祈るように受け止めようとしたその時、かつて訊いた言葉が瞬間脳裏をよぎる。
『戦いにて最重要なものは、"起こり"です。』
それは、学院騎士団で決闘従士として戦った時のメリアスの言葉だ。彼女の力と眼はまさに規格外と言う外になく、強化魔法・熾剣のあるものですらそれを再現できていない。ウィスタリアもそうだ。彼女を模倣するにあたり、一縷の隙もないとは言えない。
(この回転斬りの、その起こり!)
その瞬間、レイは身体をのけぞらせるとレイピアの周りに纏う氷を『破砕の一撃』として爆破させ、その噴出した冷気で同じく回転斬りを行う。レイピアは冷気と破砕した氷を纏い、次の一撃の威力を高める。
床と並行に、二つの回転斬りがぶつかりあう。熾剣と極光でなくては有り得ない奇妙な光景だ。
それに対しウィスタリアは驚くも、ここまで勢いが乗っている以上自分の方が有利であると判断し、そのまま回転を維持して回転する氷の剣と衝突する。
焔の力で推む剣と氷の爆破にて加速する剣がぶつかり合い、周囲へ火の粉と冷気を散らす。
激しい衝撃によりウィスタリアの身体は大きく後ろへと逸れ、レイはしゃがむような姿勢に移る。それと同時にレイの剣に纏っていた氷は崩れ、中に軸としていた彼女のレイピアが完全に露わとなる。
(勝った!)
ウィスタリアが勝利を確信したその瞬間、異変に気付く。
なんだ?これは。冷たい。
「!!」
見るとレイとぶつかり合った右手の剣に、薄い氷の膜が張っている。極光で出来た氷に阻害され、熾剣が中断されてしまっているのだ。両手の剣を互いに逆噴射させる事でコマのように回転するこの斬撃において、『起こり』となるのは両手に握る剣であり、それを今ほんの数秒だけ封じられた。
再び熾剣を発動させればそれを溶かす事も出来ようが、この眼前に迫るレイを相手に再点火する余裕など存りはしない。
この圧倒的な破壊力は両手の炎を互いに逆噴射させて起きる回転だ。その片方が崩れた時、制御が利かなくなる。
きっと次の瞬間に距離を取れば態勢を崩し、その隙を突かれて負ける。
ならば、ウィスタリアの行動は一つしかなかった。
「刃……焔!!!」
ふらつく足取りを、『行動しながら発動できる強化魔法』によりとにかく前進させ、熾剣・二刀奉焔により残る片手の剣を赤熱化させ、その一太刀をレイへと向ける。
これは自棄になって考えなしに行った攻撃ではない。このまま距離を取って態勢を崩すと負けしかありえないと分かっているから、彼は勝つ為にこそこの瞬間に賭けたのだ。
それに対し、レイもまたそれを承知でこの一撃をどうにか受け止めなくてはならない。刃焔は、これまでに受けきる事の出来なかった斬撃だ。その発生の速さから対応が間に合わず、氷の鎧も武器も切り裂かれてしまう。
だが、今のレイは耐久強化がかかっている。それは彼女が狙って行ったものではない。メリアスの言葉を思い返す前だから耐久強化で受け止めるしかないと判断した結果、発動してしまったものだ。それが計らずして、今になって逆に活きる。
「破砕の一撃!!」
片手に残った小さな剣。これを破砕の一撃として砕き、同時に氷の礫へと変えてしまう。本来であればこのような礫など赤熱した剣で容易く切り裂けば良いが、耐久強化は極光にまで付与されており、この氷にもまたかかっている。
それでも数秒かかれば切り裂けてしまうだろう。だがその数秒は、この瞬間において致命的だ。
「っ…………。」
氷の礫を切り裂くウィスタリアの顔は、悔しく、泣きそうで、それでいて全てを理解した顔だ。
この礫を切り裂く事が出来ても、それを切り裂いている時間そのものが自らの敗北を証明する。
その間にレイは最後の氷の花弁を叩き、氷の槍を作り出す。まだ生成途中の柄をまるで棍のようにして薙ぎ、ウィスタリアの肩を打つと彼の態勢を崩した。
焦げた地面へと倒れ伏すウィスタリアに、形成の終えた氷の槍の穂先を突き付ける。
「一本!レィナータ!」
古びた闘技場に勝利を告げるメリアスの声がこだまする。
ウィスタリアは、倒れたまま動かない。
レイはレイピアを仕舞い、極光を解除すると倒れるウィスタリアへと何も言わず手を差し伸べた。
「……………………なあ。」
ウィスタリアはレイのその手を取らない。
「聞いてくれないか。俺がお前に決闘なんて挑んだ訳を。」
だが、剣で語り合った後に彼はその過去を明かすと決めたのだ。
レイは一言「わかった」と答えると、彼の剣が如何にして生まれたのかを聞く事と決めた。




