第13話 既知なる構え
決闘の舞台は学院の裏山の、100年ほど前に打ち捨てられた旧闘技場。
山をくり貫くように作られたそれは十分な広さがあるものの、現在の学院横に備えられた巨大な闘技場が作られてからは一度も使われた事がないらしい。学院が管理とは言うもののせいぜい年一度様子を見に来る程度で、ほぼ手つかずの状態だ。
そのような場所を指名する辺り、ウィスタリアは余程人目には付きたくないと見える。
さらに驚いたのは、練習用の木剣ではなく実戦に使われる剣を用いるという事だ。
つまり入学試験とはまるで前提からして違う。命を獲るつもりもないだろうが、全力を尽くすのだろう。彼の覚悟の重さが垣間見える。
メリアス、サリー、ツバキの三人を伴って、ウィスタリアに指定された旧闘技場まで向かう。その道中、ツバキは不思議そうに問いかけた。
「ねえ。なんでわざわざ決闘なんてするの?試合とか話し合いじゃ駄目なの?」
尤もな質問だ。決闘よりもずっと回りくどくない。それにメリアスが答える。
「騎士とは難儀な生き物だ。誇りや家柄、立場が邪魔をして自らの口では語れない事が多すぎる。だが、剣を交えればそういったものを無視して語り合える。」
「社交界で直接は言えないから、暗喩じみた所作をするようなものかしら?」
「まあ、そんなところだ。」
(しがらみや損益の為に素直で言えないという意味合いでは、騎士も政治も同じ事か。)
いや、と心の中で前置いてレイが言う。
「勿論それもあるだろうけれど。彼は口下手なんだよ、どこかの誰かさんみたいにね。」
「うっ。」
分かりやすくメリアスが狼狽える。彼女もまた、自分の言葉で自分の意思を語るのが極度に苦手だ。
「だから、友達として彼には答えてやりたい。それがどういうものか分からなくてもね。」
旧闘技場へとたどり着く。
ウィスタリアは舞台の中央で既に待っていた。
「来たな、レィナータ。」
鉄のガントレットとグリーブ、そして胸当てを着用している。完全に実戦と同じようにやり合うつもりの武装に違いなかった。
「いちいち話す必要もないだろう。始めようか。」
レイがそう言いながら舞台へと上がる。
レイはいつも通り半身の鎧に腰に下げたレイピアを自らの武装としている。
(あの日。)
鼠の牙へと殴り込んだ際の彼の立ち回りを思い返す。
(ウィスタリアは上階に登り、元王宮騎士団の従騎士・従卒12人を単身で制圧した……それは只事ではない。)
従卒はまだしも、従騎士は騎士に最も近い候補生だ。騎士とほとんど変わらない実力の持ち主も多い。そんな彼らが何故騎士になれないかと言えば、
(熾剣。)
王宮騎士として認められるには各人1つ以上の熾剣を有している事が絶対条件である。これは単に差別だという訳ではなく、真魔を相手にして熾剣があるかないかで大いに変わるからだ。爪牙を超え得る熾剣を手に入れて初めて、世界一恐ろしい魔物の群れと対等に渡り合える。
(間違いない。ウィスタリアは熾剣を持っている。)
言葉もなくにらみ合う両者の間に、立合人としてメリアスが入る。
「今回使用する武器は実剣。ただし命を奪ってはならない。
有効な攻撃が入れば一本、武器を落としても一本、武器が壊れてしまえば問答無用で決着。基本のルールは同じです。」
「はい。」
「分かった。」
メリアスへはい、と丁寧に返事をしたのは意外にもウィスタリアの方だった。 そういえば以前も、メリアスが決闘従士として出ている時にも彼女を知っているような反応だった。
レイがそう考えている間にウィスタリアは開始位置へと移動する。彼の武器は片手剣の二本持ちだ。やや細身ながら片刃であり、短いレイピアを二本持つような形式に近い。
(熾剣を使うなら、二本持ちの剣じゃどう攻めてくるか読めない。開幕してすぐさま極光を使用する。)
彼が二刀流で戦っている姿をレイはほとんど見ておらず、動きの予想が付きづらい。一方で彼の速さの前では手をこまねいている内に完封されてしまう事もありうる。故に、とにかく柔軟に戦えるように心がけて置く。
レイピアを抜いて構える中、ウィスタリアは左足を軸にして右足を軽く力を抜いて前に出す。両手に持つ剣をだらんと下に提げる独特な構え。
(あれは……!!)
レイには、何百と向かい合ったのだから分かる。
(その剣を、僕は知っている!)
間違いない。彼の構え方はメリアスのものだ。
メリアスは5年前にレイの元にやってきて以来、彼女がレイの傍を離れた事はほとんどないと言っていい。それどころか今の彼女は剣を持つ事は許されていないので、必然的にレイよりも前にメリアスを知っていた事になる。
メリアスはウィスタリアと知己の仲ではないと言っていたが、彼女は人の顔を覚えるのが苦手だ。人は名前で、騎士であれば剣技で覚えているという。
(どういう事だ……いや!)
戸惑いかけていた思考を切り替え、瞳を紺碧に輝かせる。
極光・氷装華フルード。魔力で描いた輪郭に沿って氷の鎧を形成し、冷気が凝縮されて氷の花弁に変わる。
言葉で分からずとも剣を交わせば分かる事もあると言ったのは自分ではないか。惑う気持ちを糧として、闘いに挑む。
「それがお前の極光か。」
「ああ。君の熾剣も見せて欲しいところだけれどね。」
レイと違い、ウィスタリアはレイの極光を見る機会が存在した。
ヘドウェッジと戦ったあの日、2階からレイを見る事が出来た。勿論彼もあの場を制圧せねばならなかった以上、剣戟を見る事が出来たのはほんの少しかもしれないが、矢の雨を防ごうと展開した氷の衝立は確実に見られている。
情報戦において一方的に不利な状態と言える。
「行くぞ……レィナータ!」
ウィスタリアが駆ける。強化魔法はまだ行使していない。
(どう来る!?)
相手の出方が分からない以上、まずは様子見に花弁を一枚使う。
「まずは剣!」
この氷装は単純な片手持ちの剣だ。レイピアを氷で補強する事で作り出す。
レイピアと同じ感覚で使える上、極光から作られている為術者にとっては非常に軽く、強化魔法も乗る。使いやすく様々な状況に柔軟に対応できる。
ウィスタリアは筋力強化を両手に行使して上段から連撃を加える。
二刀に対しレイの側は一本ではあるが、敏捷強化を使っている。容易にさばき切る事が出来ており、それどころか極光により剣にまで効果が行き渡る為にその一撃は比べ物にならない程に重く鋭い。
攻め込んだはずのウィスタリアはいつの間にか守勢へと転じ、レイの斬撃をどうにか受け止めた頃、レイの氷の剣が二刀をはたき落としてガードが下がった瞬間、間髪入れずにその場から飛び退いた。
(上手いな。)
メリアスが思わずそう感じる程の絶妙な判断だ。
純粋なスペックでは極光を使用したレイを相手に、今のウィスタリアでは勝ち目が一切ない。
だからこそいつでも下がれるよう意識しながら立ち回っていたのだろう。メリアスの立ち回りと同じように、無駄な力が入っていないからこその芸と言える。
「…………さて。ここからが本番だ。」
二刀を眼前に突き出すと同時に、周囲の魔力が歪んでいく。
ウィスタリアの瞳が朱く染まる。それと同時に空気を切り裂くようにして振り抜いた。
「熾剣・二刀奉焔。」
両手に握る剣には燃え上がるような、それでいて自然にはありえない紅色の炎が噴き上がる。
彼の紺色の髪とは真逆の艶やかな色は、彼の中に眠る情熱を映しているようにも見えた。




