第11話 唸る大蛇
レイに対して嘘を吐き、同情を誘うような言葉を言わなかったのは、自分の腕に自信があるからだろう。
それは事実だ。練り上げられた腕前は確かなもので、熾剣もまた真魔を相手にしても退かぬ程の洗練された至高の剣と言って差し支えない。
だが、その性根が腐り切っている。ひたむきに剣と向かい続けても熾剣を習得できず正騎士になれず一生従騎士・従卒止まりの者も多いというのに、才能というのは不平等だ。
そんな彼はレイのフレイルを警戒してか、壊れた壁を蹴り砕いて外に出る。
ここに来るまでに迂回してきた、枯れた噴水のある広場だ。それを追うようにしてレイも続いて外へと出た。
ヘドウェッジがレイの持つフレイルを注視しているのが分かる。
極光にて状況に応じた武装を選択できるのなら、より状況を打破する為に有用な武装を選ぶのは必然と言える。つまり武装を明確にガラリと変えた今は、ヘドウェッジの熾剣をこれならば突破口を見出せると踏んでいるのだろう。彼女の強さは最早疑うべくもない。最大限の警戒を怠るべきではない。
一方でレイも、先程はどうにか凌ぐ事が出来たが、上手く同じように引き分けに終わればまた氷の花弁を1枚消費してしまう。
それが六度繰り返せばこちらの氷が尽きる。熾剣が何度使えるかは各人の魔力量と熾剣の魔力消費に依存している為に不明ではあるが二、三回程度しか使えないなら真魔相手には長期戦になる為に心許なく、様子見のように容易に使ったりはしないだろう。
最悪のケースを考慮の上で、最低でも六度以上は使えるのだと踏まえて置く。
枯れた噴水を背にしたヘドウェッジ。
そのヘドウェッジの前までフレイルを持ったまま迫るレイ。
両者が双眸を交わした後、仕掛けたのはヘドウェッジだった。
「熾剣―――!」
ヘドウェッジは再び熾剣を発動させる。彼の瞳と剣が黄金に光り輝き、周囲を眩く照らしながら再びレィナータへと襲い掛かる。
「毀壊大蛇!!」
まず黄金の剣は上段から横薙ぎにレイの頭を狙った。それをレイはフレイルの、氷の柄で防ぎ切る。熾剣であってもまったく体重の載っていない初撃であった為に、筋力強化を増幅させたレイであれば受け止めるのは容易い。
(問題は次!!)
毀壊大蛇は、三連撃の性質を持つ熾剣だ。その上でおそらく、連撃を重ねる度に威力を増す。次の一撃はさらに圧倒してくる事を読む。
柄で攻撃を受け止めた後、フレイルの金属球にあたる氷の塊を鎖を操り、完全に背後から攻撃を仕掛ける。
「何……!!?」
フレイルはレイの作り出した氷により作られた武器だ。よって、握って魔力が伝達する間は自由に動かす事も可能である。
この手法はシーニャが遠隔で魔法を自由自在に操るのを見て思いつき、そこからフレイルを購入して初の実戦に投入した。
その効果は覿面で、完全に不意を打つ事に成功した。
このまま鍔競り合ったまま二撃目に移るか。いや、その場合『破砕の一撃』を使われると攻撃に失敗する。
このまま何の防御もなく受けても大丈夫なのか。いや、そうではない。レィナータは今さっき筋力強化で攻撃を受け止めており、この氷塊にも筋力強化は継続して付与されている。その勢いはぶん回すのに比べれば乗っていないが、破壊力は未知数であるという他ない。
ヘドウェッジは思案の末、飛んでくる氷塊へと二撃目を繰り出した。
黄金の剣による一撃は氷塊を半壊させて弾き飛ばすが、その間にも眼前の距離に居たレイが自由になってしまっている。
「しまっ―――」
背中の氷の花弁をさらに一枚使用し、巨大な氷柱を作り出す。
「行っ……けえええええ!!!」
氷柱へと連撃を加えようとするも間に合わず、ヘドウェッジの身体に命中してそのまま宙に浮き、ヘドウェッジは枯れた噴水に突っ込んでいった。
氷柱は砕けて塵となる。先程の一撃が『破砕の一撃』であったようだ。
「うっ……ぐ……。」
「拘束するよ。」
花弁はまだ三枚ある。一方でヘドウェッジは強化魔法すら使う間もなく瞬間の隙を突かれて破砕の一撃をモロに食らい、骨も砕けてしまっているだろう。ヘドウェッジの使っていた黒い剣も衝撃で手を放してしまったらしい。最早継戦能力の差は歴然であり、ヘドウェッジはもう戦う事すら難しい。
レイが花弁を使い、ヘドウェッジの手足を拘束しようとする時、彼が話し始める。
「………………アァ。まさか、こんなすぐにやられっちまうと思って無くてよォ。」
「なんだい。」
「俺が外に出たのは、何故だと思う?」
ヘドウェッジは仰向けの姿勢でぽつりと呟いた。
瞬間、レイはその言葉を察する。
「しまっ……」
花弁を叩き割り、地面から衝立のようにして氷の盾を作り、上空からの攻撃に備える。
「さあやれ野郎ども!!このまましょっぴがれるぐらいなら死ぬ方がマシだ!!俺ごと撃っちまいな!!」
この広場は講堂の二階の窓からよく見える位置にある。それはつまり、狙撃をし放題であるとも言える。
この国において、従騎士や従卒が扱えるように弓の技術の他、魔導器のボウガンや大砲も発展した。剣は熾剣の破壊力に耐えきれない為に魔導器として作れなかったが、遠距離武器は例外である。真魔にすら対抗できるように進化を繰り返してきた。
この男は元・王宮騎士である以上、そのような品物をなんらかのツテで手に入れていないとは限らない。
王宮騎士団に所属していた人員が部下に居ればその狙撃の腕から逃げられるかも怪しかった。レイはベンが王宮騎士団・元従騎士であると知らないが、その憂慮は正しい。
わざわざレイに防御するように言ったのだ。大砲はまだしも、ボウガンは複数あると思った方が良いだろう。正直耐久強化を使ったとして、何台もの集中攻撃を受ければ耐えきれるかは怪しかった。
「はーっはっはっはっは!!」
暗闇にヘドウェッジの笑い声がこだまする。レイはその憎たらしい声を背後にしながらも、視線を一縷の隙も無い程に警戒する。
…………ヘドウェッジの呼びかけから、十数秒が過ぎる。
「はっはっは…………は?」
恐らくは忠実な部下を置いていたのだろう。声をかければすぐに従うような者達が。であるのにも関わらず、二階からボウガンを持った人間が顔を出す様子はない。
「どう、なってやがる?」
そうヘドウェッジが言い零した時には、もう三十秒はとうに超えていた。
逃げる隙もないと思っていたレイにとっても想定外だった。
二階の窓が開くが、顔を出したのはヘドウェッジの求めていた人物では無かった。
彼は窓枠に足をかけ、血濡れの矢の装填されていないボウガンを広場へ投げ捨てた。
「そりゃ無理な相談だ。そいつらはとっくに、ボウガンを握れるような腕をしてないからな。」
ウィスタリア=フォン=ベルヴェルク。肩で息をしながらも、負傷している様子はまるでない。
倒れていたヘドウェッジはウィスタリアへとボロボロの上体を起こし、二階へと叫ぶように問う。
「なっ……テメエ、なんでそこに!」
「つまらない横槍を入れさせない為さ。」
「そこに居たのは、ベンと同じ元従騎士や元従卒共だ!」
「十二人も居やがって。お陰で手間がかかった。」
人数をぴたりと言い当て、ウィスタリアの言葉が真実だと分かったのだろう。ヘドウェッジは力が抜け、だらりと背から倒れた。
レイは氷の衝立を掻き消すと、レイピアを鞘へと納める。
「ふう……終わった。」
(深夜にも関わらず随分と暴れてしまったな。近隣の住民達が迷惑していないと良いが。ツバキとアリアは子供達を無事に連れ出せたかな?)
レイはそんな事を呑気に考えながら、ボロボロになったヘドウェッジの手足を凍らせて締め上げる。その姿をウィスタリアは言葉もなく、ただ二階からみつめていた。




