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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
5章 光の騎士
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第10話 熾剣

 幅広の鋼の剣とレイピアがけたたましい金属音を掻き鳴らしながらぶつかり合う。

 互いに強化魔法を行使している為に、机や壁にめり込もうがものともせず次の剣戟を受け止める態勢に移る。剣技と強化魔法を総合した互いの技量はほぼ等しく、決定打のないまま鍔迫り合いが続く。

 そんな中で、互いが思っている事は一致していた。


(この姫様、強ぇな。)

(ヘドウェッジめ……!無駄に強さは騎士のままじゃないか!)


 正直な所、ヘドウェッジはレイを甘く見ていた。

 所詮は女で姫なのだから、剣の腕前は半端であって実戦では魔法を主として用いるのだと考えてもいた。彼女の青い髪が示す極光魔法の使い手である事もその推測を補強する。烈氷の剣姫という名前も所詮は大袈裟に言っているのだろうと。

 だが、彼女はそれを未だ使わずとも王宮騎士として鍛錬を重ねた自分と互角にやり合うほどの腕を持っている。性別を差し引いてもまだ1年生、十五歳という年齢であるのにこれは凄まじい。


 対しレイはその心構えに侮りはなかったが、これほどとは思っていなかった。

 彼は王宮騎士をなんらかの理由で追放された。その後犯罪組織などを率いている辺り、冤罪でもないのだろう。勿論鉄火場も多くとも真魔と戦う王宮騎士ほどではないのだから、多少なり腕が落ちていても不思議ではない。街のごろつきを相手するのにそれほど極端な腕は必要ない筈だと。

 だが、その剣に一切の錆びは見えない。実力だけならば今すぐにでも王宮騎士に再配属されてもやっていける程だろう。


「……てめえ。」


 レイがそう訝しんでいると、ヘドウェッジが剣を突き付けたまま言葉を発する。


「なんだい?」


「極光魔法を使うつもりはねえのか?だとしたら有難ぇなァ。」


「何、出し惜しんでいるだけさ。」


 確かに拮抗しているこの状況、レイが極光魔法を使う事で切り抜ける事が可能かもしれない。

 だが、レイの極光には回数制限がある。背に浮かぶ六枚の花弁が武器となるため、使い切ってしまうと鎧しか残らないのだ。故に即座に使うのではなく、ある程度相手の能力が見えてから使いたいのが本音だ。

 特に、この相手には。


「君だって、まだ隠し玉があるんだろ?僕だけ晒す訳にも行かないさ。」


「はっ。」


 レイがそう言うと、ヘドウェッジは鼻で鳴らすように笑った。

 剣をくるくると回すと、両手でその剣を構え直す。右下に下ろし、脱力するようにして構える。


「それじゃあさっさと終わらせちまおうか。」


 放出魔法の窮極であり、魔法使いの奥義とも言えるのが極光。

 その各人の心の情景を映し出したそれは人に伝授は出来ず、固有のものとなる。たった一つしか習得できず、心に影響を与える為に見た目すら変わってしまうそれは、効果もあまりにも絶大だ。


 そしてそれは、騎士にも似たものが存在する。

 強化魔法の秘奥。真魔と戦う為に人間が磨き上げた魔物の爪牙を遥か上回るもの。

 心の情景を反映させる極光とは対極に、各人の記憶に眠る思い出を『斬る』。

 未練を断ち切るその刃を、自らの振るう剣の型として落とし込む事でその一撃は凡庸を超え絶大なる威力を生む。


 見た目は変わらない。ただ使用するその時にだけ、瞳が属性・強化魔法の色へと変化する。

 構えを変えたヘドウェッジの瞳は魔力特有の光を発しながら黄金に輝き始める。

 両手で持つ剣からは黄金のオーラが噴き出す。このまるで燃えるような剣から、この技はこう呼ばれている。


「熾剣。」


「―――極光!!」


 ヘドウェッジの"奥の手"。それに対抗するようにレイもまた極光を発動させる。

 魔力の光が氷の鎧の輪郭が描かれるように形成され、それをなぞるように凍りついていく。


 ヘドウェッジは滑り込むように、それでいて荒々しく猛然とレイに近付いていく。

 最初の一撃は、それがどういうものかも分からない。後ろへ下がりながら氷の花弁を砕き、逆手持ちのレイピアを軸にして大盾を作り出す。


毀壊大蛇(きかいおろち)!!」


 下段より遡るようにして撃ち放たれる剛撃。黄金のオーラと共に、剣に土が纏うそれは圧倒的な攻撃力を持つ事は明らかだ。

 レイは大盾にてその一撃を滑らせるように逸らす。壁に当たると共に凝固した土が砕け散り、爆ぜる様に壁を打ち砕く。土の破片は飛沫し、レイの顔を掠めて飛ぶ。


「くうっ!!」


 土埃が舞い、ほんの一瞬視界が奪われる中で恐ろしいまでの威力に震え上がる心を抑えて向き直る。

 だがしかし、熾剣はまだ終わっておらず、剣は輝きを残したままレイに襲い来る。


「なっ!?」


 その破壊力に目が眩み、単に一撃で終わると思っていたレイにとっては完全に予想を上回る技だ。最早回避は間に合わず、咄嗟に大盾を構え直してその一撃を受け止める。

 再び、土が爆ぜる。大盾はレイピアを中心に作られているが、その内命中した左側が完全に吹き飛んだ。


「とんでもない威力だ…!!」


 しかし受け止めて尚、まだ攻撃は終わらない。


(まだあるのか!?)


 三度襲い来るそれに向けて大盾に残る氷を振りかぶり、『破砕の一撃』としてぶん投げる。飛来した氷と黄金の剣がぶつかり合うと、再び土の爆発が発生し、周囲に氷の冷気と土の破片を打ち飛ばしながら互いにうち消えた。


「へぇ……。まさか完全に凌ぎ切るとは思わなかったぜ。」


(三度の破裂する斬撃!これが奴の熾剣か……!)


 想像以上の技を前に驚きを隠せないレイだが、その身にはダメージはない。完全に初見の状態で花弁一枚を使用しながらも超える事が出来た。


「中々のものだね。だが、連発は出来ないだろう。」


 騎士は魔力量が控えめである者も多い。その上で、熾剣は強力である為にその分強化魔法と比にならない程の魔力を消費する。使いどころは限られる。


「まァな。で、それはお前も同じだろ?」


 レイの背に浮かぶ花弁は、大盾に使われた分で一枚減っている。それを見てヘドウェッジはレイも回数制限があると察したようだ。


「どうだろうね。」


 これほど分かりやすい見た目であるのは、一種の制約でもある。魔力を安定させる為にはこのような形状にする他無かった。レイの極光は魔物とも戦えるように結界魔法を織り交ぜているからだ。

 だがその分、氷の質量を維持する事で様々な武装に変換させるという柔軟性を生んだ。対魔物のみならず対騎士、対魔法使いにと多種多様な状況へ対応する事が出来る。

 今もそれは同じだ。レイピアの護拳を花弁に押し当て、次なる武装を作り出す。

 レイピアが一本の長い持ち手に変わり、先端からは鎖が伸びてその先には棘の付いた錘がたたずむ。


「フレイル。」


 これは、鍛冶工房で昨日購入したものだ。まだ完全に手に馴染んでおらずイメージが完成していない分、細部の形状はやや甘い。

 だが相手の熾剣・毀壊大蛇を破る為にはこれが最善手であると判断した。


「オモチャが好きな野郎だ。小手先だけで勝つつもりか?」


「さあね……。だが、見かけ倒しじゃないのはさっきのやり取りで君も分かっただろ?」


 それに応じる代わりにヘドウェッジはニヤりと笑う。


「まったくもって惜しいな。それほどの腕があるんだ。君の事情は全てを知らないが、正しく騎士として生きる事は出来なかったのか?」


「まったく王女サマはお人よしだ。誰かを助けて生きていくのが当たり前だなんて、そんなの人の好い人間の独善だぜ?」


「……なんで王宮騎士になったんだ、君は。」


「そりゃあ俺が強いからさ。異論なんてのは実力でねじ伏せた。ま、金の使い込みがバレてクビになったのはトチったかな。」


 なんというふざけた男だ。メリアスは謂われの無い罪で追放されたのにも関わらず、ヘドウェッジはそのような心底つまらない理由から正当に罰を受け、それをまるで意にも返さない。

 王宮騎士団の活動費は王が、同胞が、国民が、国を守る為にと託しているものだ。それを汚すのは信頼を仇にするにも等しい。にも関わらず、ヘドウェッジにはまったく反省のそぶりはなく、それどころか自慢するように語っている。


 根底から、まるで思考回路が違うのだ。彼からすれば逆に、レィナータが清廉に生きているのか不思議で仕方がないのだろう。

 レイは高き身分故に清廉なる精神を持っていると言う事も出来る。これまでの扱いが決して恵まれているとは言えずとも、それでも王女という高い身分に生まれたのは確かだ。

 レイとは逆に、生きていく為に罪を犯さねばならない人間は存在する。王女という視座において尚、そういう者達を考えなくただ切り捨てる人間にはなりたくない。


「ああ、安心した。」


 だが、このヘドウェッジはそうではない。

 自分の私利私欲の為に罪を犯し、罪を重ねなければ生きていけぬ者達を我欲の為に利用している。


「感謝するよ。君を斬るのに躊躇わずに済む。」

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