第8話 向こう見ず
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アリアは、ヘドウェッジを含めた鼠の牙の一団にも一目置かれている。フーニカール式集中強化魔法を使える子供という貴重な人材であるからだ。
だが決して同格ではない。ヘドウェッジ達に使われる立場でしかないのだ。
そんなアリアが"仕置き"中のヘドウェッジに声を掛ける。不興を買い、自分が次の標的になってもおかしくない行いだ。
「俺様に声を掛けるたァ随分偉くなったモンだなアリア。」
「そんな事より質問に答えて。お金は他の子より払ってるんだし、そのぐらいする権利あるでしょ。」
「フン………。で、なんだ?」
ヘドウェッジは足を止め、アリアに向き直る。
蹴られていた少年はボロボロだが、息はある。
「妹について聞きたいの。」
「なんだ。また回復魔法使いに見て貰うか?金を払えばきっちり紹介してやるぜ。」
「どうもそれが、効果が無いような気がしてきたのよ。」
アリアは中々に胆が据わっている。自身に注意を惹かせるため、回復魔法に訝しんでいるという立場を利用したのだ。
アリアは元々は戦貴族の子であるのだから、ひょんな事から回復魔法について詳細を知り、病に効かない事を気付く可能性がある。
その様子を伺って対応を変えねばならないヘドウェッジからすればこれは決して無視出来ない。アリアは元々はそれに疑いを抱いている様子はなかった。であればその真実を察するに至る何かがあったのだ。それを聞き出さなくてはならない。
その間にも足元をよく見ると、アリアはヘドウェッジの前に出るように動きながら子供達がならず者と僅かに距離を作れるよう歩き回りながら話している。
その様子を見たウィスタリアはいつでも飛び込める態勢を整える為、裏手へと回った。アリアが作り出した隙を逃さないよう、小回りの効くウィスタリアが素早く安全を確保するためだろう。
「回復魔法って、病気にも効くのかしら?もしかすると効かないんじゃない?」
そう言うアリアへ、ヘドウェッジは少しの逡巡の後にニヤリと口角を吊り上げた。
「だったらどうする?」
どうやらヘドウェッジは脅す方針に乗り換えたらしい。
彼女のこれまでの罪と病床に伏せる妹という二重の弱みを握っている以上アリアは彼の言いなりになるしかない。ここまでは想定通りだ。
「はっ……!?じゃあアンタ騙してたの!?」
アリアは動揺するふりをして皆の注目を惹いてくれている。
「騙してたなんて酷いなァ。ちゃーんとウェルナと一緒に生きていけるよう面倒を見ていてやっただろ?」
「このっ……!」
アリアは歯を割れそうな程に強く噛み締める。
アリアが理性を失っていないのは、自らの身体を壁にするように子供達を後ろに下げている事からも分かる。彼女のこの様子はどこまでが演技なのかは知る由も無い。だが、彼女がそれを利用すると決めたのだから、敢えてレイ達は好機を待つ。
子供達はアリアと同年代かそれよりも下が殆どだ。数人ほどアリアより上背の高い者も存在しているが、アリアが中心となっているようだった。
「強い者は弱い者を好きなようにしていい。」
ヘドウェッジが身を乗り出すようにしてアリアへと近付きながら話す。
「これが王宮騎士団で知ったこの世の理なんだよ!」
あと、アリアまで三歩の距離だ。
「弱いお前達は一生俺に貢げ!」
あと二歩。
「そしたら良い思いだってさせて―――」
その瞬間、レイの氷弾がヘドウェッジの後頭部へと飛来する。
魔力を寸前に感知したのか、ヘドウェッジは素早く帯剣を抜刀し氷弾を切り裂いた。
「君の言う事は間違ってもいない。過ちと正しさには力が無くてはならない。
だからこそ、君はここで終わりだ。」
バリガンが筋力強化をかけた上で窓枠をぶち破る。
それと同時に向かい側の窓からはウィスタリアが飛び込むと、数人の団員を容易く切り払い、子供達の前に躍り出た。
「なっ!?」
「子供達は確保した。レィナータ!」
「さて、あとは君達をやっつけてしまえばいいだけだね。」
レィナータはバリガンがこじあけた穴から悠然と足を踏み入れる。
暗い室内へ夜の僅かな月光を背に歩いて来るレイの姿は、威風を感じさせるものであった。
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「レィナータ…?それにこの氷。
貴様、噂の"烈氷の剣姫"か!」
「おや、僕を知っていたのか。」
レイの顔は知らずとも、噂は把握していたようだ。この名前は民衆に広く知れ渡っている。
「はっはっはァ!散々おだてられて調子付いたのか?向こう見ずな王女様はこれだから困る!
アンタを拐って孕ませれば俺が次の王にでもなれちまうな!?」
どうやらさした会話も必要ないらしい。ここに何故居るのかを理解し、その上で懐柔や逃れることは出来ないと悟ったのだろう。叩き潰すと判断してくれたのは有難い。
この品性に欠ける挑発に応じてやる事にした。そのステージに合わせたような応酬をしてやろう。
「向こう見ず…?」
「なんだ、腹が立ったか?俺の事もアリアに聞いて知ってるんだろ、俺は元・王宮騎士!
入学したてのお嬢ちゃんが敵う相手じゃないのは言うまでも無いよな!?」
「いや、そうじゃなくてさ。」
レイは次の言葉を続けるその前に。フフッ、と短く口を隠して嗤って見せる。
「すまない。僕より弱い人しか居ないのに"向こう見ず"って言葉の意味が理解できなくてね。
君はもしかすると足に付いた虫を払うのにも他人にさせるのかな?随分と難儀な性格だ。」
本当に必ずしも元王国騎士のヘドウェッジがレイより弱いとは思っていない。だが挑発として、相手のペースを掻き回してやるには敢えて弱いということにしてそれを突きつけてやる。
顔が歪み、ヘドウェッジが苛立ちを募らせたのがこの距離からでも分かる。
「このクソガキ!」
だが真っ先に飛び掛かってきたのはヘドウェッジの取り巻きの男達3人だ。それぞれ2人がナイフ、1人が割れた酒瓶をその手に握っている。
先頭の男だけは筋力強化を使っているが、その光は微弱で練度の低さが窺い知れるというもの。
レイは両手に筋力強化をかけた上で剣を抜くが、この程度の相手に刃を使うまでもない。
「邪魔だ!」
1人目はレイピアの護拳で思いっきり頬を殴り付ける。歯を飛ばしながらナイフを宙に舞わせながらも床へと崩れていく。
2人目は鎧の付いた左側のガントレットで、突き立てられたナイフを先端をそのままぶん殴ってやる。ナイフは潰れ、その一撃はそのままナイフを持っていた右手を砕いて、身体ごと吹き飛んでいく。
3人目は少し工夫を織り交ぜており、2人目の身体に隠れるようにしてレイの鎧の無い右半身で割れた酒瓶を突き立てて来た。その攻撃を滑らせるようにして躱して懐へと潜り込むと、レイピアの柄頭で男の鳩尾を鉄槌のような剛撃でかち上げる。舞い上がった身体と共に手から離れた酒瓶が、手からするりと落ちて床で割れた。
「へえ。口だけじゃねえ剛腕ぶりだ。カルラシード家が騎士の血筋ってのは本当らしい。」
ヘドウェッジは倒れた部下に一瞥すらしない。彼にとっては使い潰す駒でしかない、その程度の存在であるのが分かる。
「あの女は俺がやる。いいな?」
「「へへ…」」
ヘドウェッジの言葉に男たちはにやついて各々獲物を握り始める。いずれも全てが粗末なものでなく、立て掛けられていたり腰に下げていたものの中には立派な斧や剣も混じっている。
残る団員は総勢で20人ほどか。
「バリガン。周囲の男達を頼む。君なら任せてしまっても大丈夫な筈だ。
ウィスタリアは子供達の脱出を最優先で!」
「おう!」
「了解。」
こうして戦いの火蓋は落とされた。
頭目であるヘドウェッジにも、その部下たちにも万一にも誰も負けられない戦い。この子供達の為にもだ。




