第6話 八つ当たり
「大変だよなあ……。よおし決めた!俺はお前を通報しないぞ!」
財布を盗られたのはバリガンだ。彼が良いというのなら、アリアの窃盗はこの場で裁かれる事はないだろう。
「え、それは……えと。」
「おいバリガン。短絡的じゃないか?」
「つってもよお。アリアの言う事が本当なら助けてやりてえだろ。」
「まあ……それはな。」
「でも、俺の出来る事がなんなのかもわかんねえ。ただ、許すしかできねえ。」
ウィスタリアもバリガンと気持ちは同じだ。アリアを助けてやりたい。だが、その為に何をしてやれば良いのかがわからない。
短絡的に彼女だけを助ければ良いのか。いや、彼女は罪人であり被害を被った人が居る。
であれば彼女の妹、ウェルナだけを助けてやれば良いのか。いや、病気だと言うのなら薬代が要る。それを誰が払う。そしてそれを負担したとして、アリアはこれからどうする。
考えれば考える程に堂々巡りだ。だから、バリガンはとにかく自分に起きたことだけは許してやると決めたのだ。
レイはその間、何も話す事はなかった。
一段落したところで、ひとつだけ問う。
「今この場で、その怪しい男の言うことはデタラメだって理解してしまった。君は、これからどうやって生きていく?」
「それ、は…」
ただ盲目的に付き従っていたこれまでとは違い、自分を騙していると知ってしまった。
レイ達は単なるきっかけに過ぎない。いつかは回復魔法で病気を治せない事を知っていただろう。いずれにせよその時、見てみぬふりをするしか生きる術は無くなっている。
レイの言葉は止まることなくさらにアリアへと投げ掛けられる。
「これまで手先として行ってきた悪徳を元締めである男は知っているのだから、脅迫材料はとうに揃っているだろうね。きっと、その男はアリアを手放さない。ウェルナもね。」
「お、おい、言いすぎじゃないのか。」
「じゃあ、どうしろっていうの…!」
アリアのそれは、絞り出すような声だった。いつもは刺々しい物言いの多いウィスタリアすら止めに入るような詰め方だ。
追い込まれた結果とはいえ、身から出た錆でしかない。自ら穴に嵌まっていったのを気付いた頃にはどうしようもない。
「私とは関係ないから!虐めて嗤ってるの!?」
単なる八つ当たりだ。レイ達に当たっても仕方ないのは分かっているが、これから歩むしかない仄暗い道のりを思えばそうするしかない。自分が間抜けだと分かっていても、感情のやり場がなかった。
ウィスタリアも、バリガンも、その言葉を聞いて黙っている。掛ける言葉が見つからない、とでも言った方が良いか。
だが、レイはその慟哭へ割って入る。
「なら、助けを求めれば良いよ。」
「誰に!」
「当然、僕に決まってるだろう?
僕の名は第六王女、レィナータ=フォン=カルラシード。将来は王になる者として、王都の民が苦しんでおくのを捨ておく訳にはいかないからね。」
「だい、ろく、おうじょ?」
「なんだ、知らなかったのかい?まあ君は世俗を知る余裕すら無かったんだろうが。」
目の前に居るのがまさか王族だと思っていなかったアリアは、この一瞬ばかりは自らの置かれた立場も忘れて驚きを隠せなかった。
そのせいで一度落ち着きを取り戻したようで、それを見計らってレイは状況を整理する。
「第一、簡単な話なんだよ。王都に来るまでに犯した罪は、申し出れば情状酌量の余地が生まれる。」
「そ、そうなの、かな?」
「間違いないね。しかも、寒波がきっかけで身一つで投げ出されてしまったんだろう?その状況に行き着くまで、君にも、そして君の両親や元々雇っていた領主に至るまで一切誰も非がない。
身元を証明するものすら無かったのだから、その行動には緊急性がある。」
レイの説明を聞いていたウィスタリアは、はっとしたように気付く。
「そうか!そもそもそんな状況になってしまうまでに誰かしらが罪を犯していれば別だが、元を辿れば天災に起因したものでしかない。しかも王都へ辿り着くまでの短い間だけ、かつ幼い妹まで庇いながらだ!」
「ううん、確かになあ。俺達だって今聞いて、なんて気の毒な話だって思ったぐれえだもんな。
財布盗られてるのに同情しちまうんだから、誰が聞いたってアンタが悪い事にならねえよ!なっ!」
「ぐす…。」
財布を盗まれても同情が勝っているのはバリガンの気性故だろうが、言っている事は正しい。
「王都に来てからの犯罪は元締めの命令なのだから、その犯罪グループごと潰してしまえば解決さ。」
「あ、でも…それは…元締めの男は、元王宮騎士なんだって。」
「なんだと!?」
この国を守るべき王宮騎士が犯罪組織を自ら率いている。それのなんと愚かしい事か。ウィスタリアが憤るのも当然だ。
レイは一人、ふむ、と呟くと顎に手を当て考え始める。
「その男は年老いているのかな。それとも、外傷により戦うことも出来ないのか。」
「ううん、そうは見えない。元気満々で、あんまり言いたくないけどお父様よりも強い…と、思う。」
「うおお…まじなのか…俺達だけで行けっかなあ…。」
この国における最高機関である王宮騎士を相手取るとなれば自警団では手が出せない、もしくは後手に回るのも無理はない。
だからこそ助けなんて乞うても無駄だと、アリアが考えるのも無理はない。だがそれもまた、レイは悲観的には捉えない。
「いや、むしろ好都合だ。」
「好都合だと?相手が五体不満足であればともかく、いくらお前でも厳しくないか。」
「五体不満足な方がよっぽど怖かったさ。こうは考えられないかい?
身体になんの問題もなく除隊されたんだ。現在は犯罪組織の元締めなのだし、メリアスのように冤罪ですらないだろう。
となると、彼は腕っぷしだけでのしあがったのは間違いないと見る。」
「だろうな。回復魔法使いらしき奴も側においているんだ、戦える人材は多いんじゃないか。」
「そこなんだよ。実力だけで自分が頭目を出来ているというのに、自分に匹敵する実力の人物を置けると思うかい?」
「なるほど…逆に元騎士であるのは一人だけ、ないしは自分に並ぶほどの人材は居ないとみても良いのか。」
王宮騎士という誉れある職を退いたとして指南役や教官としてはひっきりなしに申し出がくるのが常だ。だがそんなものはなく、罪を重ねなければ生きていけない状態というのは器が知れるというもの。
もし力もないのにも関わらずその地位に就いていれば、なまじ実力のみでトップに立っている訳ではないために全体の戦力がどれほどであるかを推定することは出来なかっただろう。むしろ好都合だと言ったのはそれだ。
「アリア。君が窃盗をさせられている辺り、盗んだ金を上納させる為に定期的に呼びつけられているはずだ。次はいつだ?」
「えと…ちょうど明日、かな。世間も休みの間は酒場だのなんだので集まることが多いからって、それに紛れて…」
「よし分かった。じゃあそれに合わせて襲撃をかけて潰そう。明日までには情報を精査し、支度を済ませようか。」
レイはそうやって、まるでなんでもない事のように言う。
その言い切るような口ぶりに本当に心配など要らないのかと、アリアは心のどこかで少なからず安堵の念を滲ませていた。




