第5話 誇りは汚れへ
少女の名はアリアと言った。
手を軽く縄で縛ったまま、息を整える為に飲み物を飲ませてやる。
「…………ぷは。えと……ありがとうございます。」
「ありがとうも何も、財布を盗ったのはお前だろう。」
「まあまあ。このちびっこの話を聞いてやろうじゃねえか。」
財布を盗られたバリガン以上にウィスタリアの方が憤っている。彼をなだめると、レイはアリアに話を聞いた。
「それで、ウェルナっていうのは誰の事なんだい?」
「私の妹なんです。私達二人は孤児で、王都の外れに住んでる。」
まだ十一か十二ほどだろうに、彼女はしっかりと受け答えが出来ている。
「ウェルナは一年ぐらい前に病気になり、もうまともに動く事も出来ないんです。一年前から寝たきりで……。どうしようかと思ってると、路地裏で入れ墨の入った兄ちゃんが教えてくれた。」
『妹の病気は間違いなく回復魔法で治る!金が無いだって?じゃあ物盗りをすりゃいい!貴族様や商人だけならいいだろ?』
「私は強化魔法っていうのが、使えたようなのです。だから誰から盗めばいいかをいつも教えて貰って、その命令通りに盗みをしてたの。
お金を渡せば、回復魔法使いさんが来てウェルナを少しずつ治してくれて……。魔法使いさんが来てから数日は、ウェルナも起き上れるぐらいには元気になってくれるの。」
「おいおい……。」
色々と疑いたくなるような話だが、この少女・アリアは本当にそれを信じ切っているようだ。
無理もない。彼女の話が本当ならば、アリアは心の底から妹の為にこのような事をしているのだから。妹が一時的に元気になる様子を見ていると余計に信じたくなるだろう。ひとまず、彼女に事実を確認する。
「アリア。君の妹は病気なんだよね。」
「うん。間違いなく。」
「………………それは、ありえない。」
「え?」
レイは苦虫を噛み潰したような顔でアリアの言葉を否定した。
言いにくそうなレイの為か、バリガンがそれに続けて話し出す。
「回復魔法ってのはよお。ケガを治すだけのもんなんだ。病気はケガじゃねえ。回復魔法で治せねえんだよ。」
「え……?」
「……っ。ああ。だから、病気を少しずつ治すだなんてありえない。」
「そんな……。じゃあ、ウェルナはどうして……。」
彼女の背を追ったウィスタリアにはとうに予想がついていた。
強化魔法を自由に操るウィスタリアを相手にしても逃走が半ば成功する程の足。さらに敏捷強化は未熟ながらも難度の高いフーニカール式強化魔法を使えている。
「…………恐らく。お前を手中に収めたいからだろう。」
「わた、しを?」
「その怪しい集団が、強化魔法を使える人材を欲しているんだ。」
アリアが強化魔法を使えるとは知らなかったレイとバリガンは驚き、レイが確認するようにアリアに聞く。
「ちょっと待ってくれ。アリア、君は強化魔法が使えるのかい?」
「う、うん。」
「そうか…………。」
レイも、どういった関係なのかについてはおおよそ察しがついたようだ。
恐らくは、その集団の目的とはアリアだ。
ウェルナという彼女の妹を病気と嘘吹き、それをあたかも治すと見せかけて言いなりにしているのだろう。
市井の人間に、いや貴族も含めても訓練もなくフーニカール式の強化魔法を使える人間はほぼいないが、稀に強化魔法に向いた才覚を有する人間が居る。
本来であればシーニャのように適正を計られて学院へ特待生として招かれる筈だが、そうでない者がいたとしてもおかしくはない。
「うおお……。お前、大変だったんだなあ。」
「いえ…………。」
「しかし。これを素養調査の時にでも話していれば学院行きの候補生として、助成金が出ていたんじゃないか。勿体ない事をしたな。」
……いや。待てよ。
魔法に適性がある、というのは理解できる。だが天性の才能から放出魔法などでなく、フーニカール式強化魔法を習得しているのはどういった経緯なのだろうか。
かつて講義の中で触れられていた通り、この強化魔法は本来の様式から外れており、部位ごとをさらに強靭に強化させるように進化した。その為に習得は難しく、貴族の子は習得する為に指南役を家に呼びよせてその扱いを学ぶ。どうやって発展させていけばいいかと直接聞くべきであるのもそうだが、高度な放出魔法と同じく扱いを誤ればその身が危険に冒されるからだ。レイ自身もメリアスの指導の上で鍛えられた。
つまり、どんな天才であってもまず下地が無くてはフーニカール式強化魔法を習得する事など不可能だ。あのシーニャですらも、フーニカール式強化魔法は習得しておらず外界のものと同じ一般的な強化魔法に留まっている。
今ウィスタリアが言った事は正しい。素養調査を受けられなかった、いや、受ける必要が無かったのだとしたら?
「…………アリア。君は、孤児なんかじゃない。」
「え?」
「は?」
「!!」
「元、貴族だね?」
「な……なんで……。」
やはり、正解だったようだ。
「君は元々貴族か、騎士の子。フーニカール式強化魔法は教えられて習得していたものだ。だからこそ回復魔法の効能の高さは知っているが、まだその詳細までは知らなかった。
そしてなんらかの理由で身を崩したため、表舞台には出られない。だから怪しいと分かりながらも表の医者には話を聞く事など出来ず、回復魔法使いだという怪しい男に金を払うしかなかった……。違うかな。」
「…………すごい。なんでそこまで、わかっちゃうかな。」
どうやらほとんどが正解であったようで、アリアが訂正する事は無かった。
これだけの情報で全てを言い当てられてしまった事に茫然としている。
(下手に優しい言葉をかけるよりも、淡々と話すべきだ。)
レイは目の前の少女を、アリアを芯のある少女と判断した。かつての自分がそうであったように、守るべきものの為に不自由な中を生き抜いている。持ちうる全てを行使したその瞳に宿る力は何よりも強い。
だからこそ、慮った柔らかな言葉でなくぴしゃりと言い切ってしまう厳しい言葉こそが相応しい。
「アリア。僕達には君を援ける義理はないし、逆に自警団に突き出す理由はある。
君が誰でどうしたのか、素直に話して欲しい。これからの扱いはそれから決める。」
「…………わかった。」
バリガンとウィスタリアも、こくりと頷いた。
周囲には人気はない。このまま話してしまって構わないだろう。
「私は……元々戦貴族の子。ウェルナもそう。貴族とはいうけれど功を建てたのはずっとずっと昔の御先祖様で、半ば騎士くずれと変わらない。
王都からずっと離れた村で、警備を務めていた家のひとつだった。」
土地を持たない戦貴族はこのように、どこかの村や街の警備隊として雇われる事も多い。バリガンのシグジル家もそのひとつだ。
「だけど……2年前、大寒波が村を襲って。私達の村も大きな被害を受けて、様々な事業を縮小しないと、村が成立しなくなって。
その結果、私達は村と契約を打ち切られてしまった。」
2年前の大寒波はあらゆる場所に爪痕を残している。
ウズの村はあらかじめ備えがあったため、偶然とはいえ村を発展させた。
バリガンはかつてウズの村の農作物により助かったと言っていた。
シーニャも、冷害による作物の減少と共に獣害が増えたと言っていた。それによりシーニャが襲われ、彼女は生と死の実感を得る為その才能を行使するようになったのだ。
アリアも、その内のひとつだ。
領主も長く務めた家を切るのは苦渋の決断であっただろう。だが、そうせねば領民が飢えて死ぬともなれば行うしかない。
「それから私達は少しの財産を持って王都に引っ越す筈だったけれど…。その途中で桟橋が崩落して、お父さんとお母さんと、全ての荷物が谷底へ落ちていって。
咄嗟にお父さんが、私とウェルナを馬車の外に放り投げてくれた。」
多少の手荷物で、彼女達の身分すらも証明するものも残っていない。
だとすれば、仄暗い行いをしなくては子供の足では王都まで辿り着く事も難しかっただろう。それでも辿り着き、そして今も妹の為に彼女は物盗りに落ちた。
誇り高い父より教えられたであろう強化魔法という教えを盗みに使わねばならない屈辱は如何程のものか。
「私は……どうなっても構わないから。ウェルナだけは助けたいの。」
そう言ってアリアはただ、頭を下げた。
これには自分の身の嘆願でなく、妹の助命を願ってのことだった。




