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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
5章 光の騎士
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第4話 噴水広場

 1


 鍛冶屋で買い物を済ませ街に出たレイ達は、その足で昼食を摂る。

 噴水広場に出ると多くの屋台が出店していたので、そちらで済ませる事にする。


「いろいろと目についてしまうね。」


「よおし、片っ端から買ってこうぜ!」


「きちんと喰える分だけにしておけよ。…レィナータ。本当に広場で食事をして良いのか?」


「うん?別に僕は嫌いな食べ物はないよ。」


 ウィスタリアは、どうにも口こそ悪いが面倒見が良い。

 はじめはそのぶっきらぼうさからロウェオンのように多少なり自分勝手な男なのかと内心思っていたレイだったが、今ではその評価を改めている。

 彼にとってのこの口調は言うなれば鎧だ。彼の顔立ちは端正ながら騎士としてはやや小柄な体格も相まって、幼く見られることもあるだろう。それを繕う為にもこのようにやや無造作に話している。それはレイも同じなのだから、気持ちは分かる。


「すいません、豚串3本貰えますか。」


「はあいよ。タレはたっぷりいるかい?」


「そりゃもうベッタベタに頼むぜおばちゃん!」


「なははは!ベッタベタね!」


 そう無邪気に言うバリガンに屋台の店主が笑って答えた。

 貴族の子がこのような場所に来るのは珍しいのだろう。多少なり警戒もしていただろうが、バリガンの表情にすっかり毒気を抜かれてしまった。彼のこのような明るさは天性のものに違いない。

 手渡された豚肉の串焼きをレイも共に頬張る。周囲の人間がレイに僅かに注目を向けているが、レイは気付いていない。


 脂がしっかりと落とされている豚肉は歯ごたえがしゃくりと心地よく、甘辛いタレが食欲をさらに惹きたてる。


「うん、美味しい。うちの領地も負けてられないね。」


 レイは元々ウズの村で民衆と共に食事を摂る事も少なくなく、こういった食事も慣れている。

 その見た目からはまるで高貴な印象を与えるレイが手や口周りを汚れる事もまったく気にせずかぶりつく。それでいて不慣れで下手に汚してしまうでなく、手慣れた様子だ。

 レイは自分が注目を受けているのも所詮貴族が平民街にやってくるのも珍しいからだと思っていた。彼女にとっては平民と食事を共にするなど当たり前でしかなかったし、はしたないと考える事すら無かったからだ。だが周囲の民衆にとってはそうではない。ウィスタリアがレイに、ここで食べても良いのかと聞いたのもそれだ。


 かの『烈氷の剣姫』と噂していたのは彼女が規格外の氷を繰る英雄である、その畏れと尊敬から来る名称であり、このように庶民と食事をするような人物であると思っていなかったからだ。

 そんな彼女が手慣れた手つきで食事を楽しむ様は思わぬ親しみを与えるのに十分なものであった。レイには珍しく、その行動に一切の打算も憂慮もなく、ただあるがままに食事をしただけだった。だが、それこそが平民として第六王女を見る者たちの心を動かした。自分達の料理を心から美味そうに食べてくれる様に、心を打たれないものなど居ない。


「……レィナータ様、ですよね!宜しければ、こっちもどうですか!」


「うん?オルム貝のスープか。いただこうかな。」


 王都で一番近い水産物が取れるのは南のミルダルス大河で、ウズの村はその大河に面した村であるのでよく食べられている。レイにとっては馴染みのある味だ。

 レイが嬉しそうに食すのを見て、広場の人々がこれもあれもと次々と自身の屋台の料理を奨めてくる。


(…凄い奴だな、コイツは。)


 いつの間にかレイの周りにできている人だかりを見て、ウィスタリアは言葉に出すこともなく感嘆を向けた。

 狙って取っていない行動で他者の心を動かしてしまうのもまた、才の一部なのだろう。



 2


「いやー、うんまかったなー!」


 広場での食事を終え、3人は路地を散策していた。


「屋台ってのは悪くねえな!安くてうまくて、腹いっぱい食えるなんて最高だ!」


 そう言ってバリガンは財布をパンパンと叩いた。

 余裕が無い訳ではないだろうが、レイのように領主である程ではない。なるべく節約はしたいのだろう。


「ふふ。そうだね。店の人達も良い人ばかりだった。次はどこに行こうか?」


「そうだな…。雑貨屋で物を見たいが――。」


 そうウィスタリアが切り出すと共に、深く帽子を被った小柄な少年がレイとバリガンの間をすり抜ける。


「…………あ?ああーーーーー!!さ、財布泥棒ーー!!」


 次の瞬間、バリガンの手からは財布が消えていた。

 バリガンが待てと指さすと同時に少年は駆け、路地裏へと消えていく。


「随分と手慣れているね。常習犯かな。」


「よし、俺が追う。財布まで無くしたらふんだりけったりもいいとこだろ?」


「うん、分かった。ゆっくり追うよ。」

「お、おう!頼んだぞおウィスタリア!」


 ウィスタリアはそう言うと、腰にさげていたカバンと剣をバリガンに渡し、両足に敏捷強化を用いると少年の背を追う。こと早さに関してはレイやバリガンよりずっと上だ。


 少年は路地裏の隙間を上手く網を縫うようにすり抜けていく。水路を飛び越え、石造りの家と家の間を超えて進む。ウィスタリアは敏捷強化を行使している為に少年よりも走るのはずっと早い。だが、土地勘がどうやら少年の方に分があるようでどこまでも追いつけない。

 どうにかその背に手が触れた瞬間、少年の身体が緑に輝く。


(敏捷強化だと!?ただの平民がか!?)


 あと少しという所で少年は急加速すると、ウィスタリアの手から逃れて再び距離を取る。少年もまたウィスタリアが追いかけているのは分かっているようだった。ウィスタリアが通れないような道を選択して進む。


「逃がすか!!」


 敏捷強化で、床から飛び上がると壁を素早く蹴りつけ、少年へと飛び掛かった。


「わ、わわっ!」


 ウィスタリアが背中から飛び掛かると、耐えきれずにそのまま床へと激突した。

 その拍子に帽子が外れる。顔が露わになると、思わずウィスタリアは驚いた。


「………………女?」


「はっ、はなせよ!」


 その姿は髪が長く、華奢な少女だった。だがウィスタリアは勿論離す事はなく、不貞腐れた少女を捕まえている間にレイとバリガンが後を追ってきた。


「おお、捕まえているね。お見事お見事。」


「ありゃ、女の子だったのかあ?人ん物とっちゃ駄目だぞちびっこ。」


「誰がちびっこだ!」


 バリガンは自分の財布を取られたというのに、怒っているというよりは少女の為を思って叱っている様子だった。

 そんな少女を見て、腕を掴んだままのウィスタリアが言う。


「財布を取り上げたら自警団に突き出す。まだ子供だし、そこまで酷い量刑は受けない筈だ。」


「だ、駄目!待って!」


「駄目も何も、お前がやった事だろう。始末を付けろ。」


「駄目なの!私が捕まったら、ウェルナが死んじゃう!」


 唐突に出て来た死ぬという言葉。ウェルナが誰かも分からないから前後関係が見えないが、その怯えと必死さは尋常ではない。

 それを見てレイは、少しばかり目の前の少女の事が気にかかる。


「…………どうせこの子を自警団に突き出すぐらいならいつでもできるさ。話を、聞かせてはくれないかい?」

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