第2話 王都の街並み
1
「レィナータ、この休日は空いているか?」
週末の騎士団の鍛錬終わり、レイはウィスタリアに声をかけられる。
「何かあったのかい?」
「何か…という訳ではないんだが。ほら、バリガンの奴を励ます為にこの休日は王都に気晴らしにでも行こうと思ってな。どうだ?」
「ああ、ちょうどいいね。鎧の受け取りにも行きたいし。」
レイはいつも着用している鎧のガントレットがシーニャとの戦闘で破壊されて以来修理に出しており、それから2週間の間代替品を着用していた。
特注品である銀鎧は特殊な材質で作られたものだが、代替として用意しているのは鉄製で、普段のものとは少し色味も異なっている。
「そうか。鎌鼬事件で鎧が破損したんだったな……魔鉱・スヴァジルファリで出来た鎧なのによくもまあ壊されたもんだ。」
「あはは……。鎧を作ってて良かったよ。」
あの一戦においてシーニャの最後の蹴りを受け止めるという判断が出来たのは極光による強化に加えて、特注品の鎧の頑強さのお陰だ。恐らく、氷の鎧のみであった右腕で受けて居たなら氷を砕いてそのまま絶命へと至っていただろう。
鎧や盾には効果が乗らない普通の強化魔法と違い、氷装華フルードで鎧にも薄い氷を張る事で耐久強化を上乗せする事が出来る。が、それであっても鎧を破損して骨を折る程のダメージを与えるのはまさに恐るべき威力と言える。
「まあともかく、僕のこの休日の用事も王都に鎧を受け取りに行くぐらいだったからさ。ついでに寄らせて貰うけれど一緒に行くのは問題ないよ。」
「勿論だ。武器屋なら俺もバリガンも喜んでいきたいぐらいだしな。」
「おっ、レィナータも来てくれるのかあ?」
武具の手入れをしていたバリガンが片付け終わると共にこちらへとやってくる。
彼を励ます、という名目なのだからウィスタリアが建てた計画なのだろう。彼はぶっきらぼうな口ぶりの割には心優しい。
「…………なんだ。」
そんなレイの考えが態度に出ていたようで、ウィスタリアは生暖かい視線を向けていたレイに対して訝しんだ表情で彼女に応じた。
「いやあ楽しみだなあ!俺、王都にはほとんど行った事ねえからよお!朝から行こうぜ!」
そんな二人を余所にバリガンは呑気に楽しみにしている。
この数日の彼はシーニャへの失恋でどんよりした表情を浮かべていたが、今は王都への期待に胸が膨らんでいるようだ。
先走って玉砕したのは自業自得ではあるが、それはそれとして彼女の本性からしてほとんど叶わぬ恋であったと言ってもよいものだ。レイはせめて、気晴らしにぐらいは付き合ってやりたかった。
2
王都。
このフーニカールの首都であり、王城、貴族街、平民街の三層からなる。段々になった構造になっており、山の上を切り拓くように作られた都だ。その為、遠くからでもよく目立ち、郊外の学院は勿論、相応の距離がある北の砦からも王都が臨める。
今回レイ達が遊びにやってきたのは平民街だ。レイも殆どこちらに降りて来た事はないのだが、メリアスのツテで知った腕のいい鍛冶屋がこちらに住んでおり、店もまた平民街に構えていた。その為こちらに寄る必要があり、それならと今回は平民街を散策しようと決まった。
「すまないね。僕の要件が無ければ上の方でも良かったのだけれど。」
「良い。俺達もメリアスさん御用達の鍛冶工房には興味があったからな。」
「それによお、こっちの食い物の方が腹いっぱい食えるぞ!」
貴族街の食事は格式ばったレストランやバーばかりで、大衆食堂や町酒場、出店などはこの平民街にしか存在しない。
贅を凝らした料理は見事なものであるが、口いっぱいに頬張るように大量に食べられるものでもない。バリガンはそういったものが苦手であるらしい。
街を歩いているとじろじろと様子を見られているのが分かる。
ウィスタリアとバリガンの二人は制服ではないラフな私服、レイは男装のような詰襟のシャツにスカートを合わせ、そのまま鎧を着けた装いだ。これから鎧を受け取りに行くため、ガントレット部分はまるごと外したままで、肩当てとグリーブのみを着用している。
「やはりレィナータは目立つな。仕方ないが。」
「いやいや。二人も大概だと思うよ。」
立ち振る舞いや小奇麗な服から、平民でないのは誰でも分かる。バリガンは普段そこまで身なりに気を遣わないが、折角の外出という事でこれまで腐らせていた新品の服を選んだそうだ。着飾るように豪奢ではないが、材質は絹で出来た良質なものだ。平民であれば、多少気合を入れる程度で絹の新品など下ろさない。さらに、腰には剣を下げているのだ。平民も剣を持ってはいけない事は無いが、平民だと私服には不釣り合いなものでもある。
レイが注目を浴びているのは事実ではあるが、彼らだけでも貴族の子がやってきている事に気付かれてはいただろう。
そんな視線を背に感じながらも、街を脇目に目的の鍛冶工房を目指す。
石畳の街は側溝に小川が引かれ、平民の暮らす地区ですらも美しい。公共の魔導器により平民でも水に困る事は無く、その為に人が集い、そしてそこから仕事が多く溢れている為に職にも困る事はないと、好循環を繰り返して高い経済効果が発生している。
この街を作り上げたのはレイの父・オルトゥヌス=フォン=カルラシードの功績だ。王族でありながらも建築学に精通した父のお陰で荒廃した王都はみるみる発展していった。彼は貴族としてはともかく、建築を手にかける職人としては超一流であり、現場の者達からも信を得ている。
(すぐ目の前には真魔と戦う人類の最前線があるというのに、それでも人が集まるほどに魅力溢れる首都というのは中々に凄い事だな。)
平民にとって明日死ぬか分からずとも、今日死ぬよりはいい。それほどまでに生活水準の整った国は魅力的に見えるのだ。
フーニカールは大国だ。移民が流れ込むようにやってきてもそれを受け入れるだけの器があった。結果、かつての惨禍は見る影もない程に国力が回復した。その土台作りの一環として父の事業は大きな意味を持っていたと思えば、彼が名だけでなく有力な権力を握っている事に頷ける。反面、その地位は民衆からの人気に寄与したものでもある為、5年前のレイとの取引に応じざるを得なかったのだろうとも頷ける。
レイが街を眺めている中、ウィスタリアとバリガンとまるで話していなかった事に気付く。そもそも3人で遊びに来たのだ。流石にあんまりにもな態度ではないか。
「すまない二人と……」
そう謝ろうと振り向くと、ウィスタリアとバリガンも歩きながら周囲の様子に魅入っていた。
美しい街の光景だけでなく、なんて事のない人々の営みまでその全てが彼らにとってもこの景色は夢中にさせるものであったようだ。
考えてみると、不思議な事でもない。この国を守る為に騎士となるのだから、有事の際には彼らを守る為に剣を執る。だからこそ、守る人達の顔を見る事は重要だ。
バリガンはともかく、王侯貴族であるウィスタリアは貴族街に行く事はあっても平民街を自らの足で歩く事などまず無いだろう。
この日、見たこの景色はいつか真魔と対峙した時にかけがえのない心の支えとなるだろう。レイ達は鍛冶屋に着くまで言葉すら無く、街の景色をくまなく目に焼き付けるように見渡していた。




