第1話 告げたい
鎌鼬騒動が解決して、さらに二週間が経過した。
レイは鎌鼬を討伐したとしてその功績を讃えられた。
マルアードはその真実を知っているが、それ以外の人物は鎌鼬をレイが倒したと思っている。
魔法を使った後に残る「魔力痕」により判別できるのではと思ったが、極光同士のぶつかり合いのせいでかなり状態が悪く、さらにはシーニャが空中で発動した魔法は魔力痕が一切残らないようで、結局レイの言葉以上の証拠は何一つ出なかった。
あとひとつ変わったのは、
「あ、レイさん。今から騎士団の仕事ですか?」
「ああ。今日は鍛錬だけだけどね。」
シーニャが『レイ』と呼ぶようになった事だ。
これは彼女が王を志すと決めた時に自ら自称するようになった名だ。新たに臣下となったシーニャにその事を伝えると、彼女もまた『レイ』と呼ぶようになった。
ただし現在はまだ同級生である為か、メイド達とは違い様付けはしていない。
そうして騒動も落ち着きを見せ、次第に学院生活、学院騎士団共に慣れて来た週末のある日。
「惚れたぜ。」
授業の終わり、バリガンが唐突にそんな事を言い出した。
隣で講義を受けていたレイとウィスタリアは、あまりに急に言い始めた為に一体なんの話なのかも分からなかった。
「惚れた?何がだい?ここ最近で素晴らしい剣技の持ち主でも居たかな。」
「どうせ食堂の定食とかだろ…。」
バリガンが恋多き男であるようには見えない二人は口々に剣とメシの事を言い合った。だが、バリガンはそれをしっかりと否定する。
「何言ってんだ二人共!そりゃあ、惚れるって言ったら女の子に決まってるだろうがよ!」
「…………女ぁ?」
バリガンらしくない言動に、ウィスタリアは怪訝に思う。
(いや。バリガンは単純な男だから案外ぽっくりと惚れてしまうのはおかしな事ではないのか?)
色恋沙汰とは無縁のバリガンがそんな事を言い始めたのを、ウィスタリアはどうやら不思議に思っているようだ。だがレイは少し違う。
(少々早い気はするけれど…。バリガンは良い奴だ。恋をしたというのなら、その恋路は応援してあげたい。)
レイ自身、メイド達への慕情を秘めているからか色恋にも理解があった。もしもそうだというのなら、援けになってやろうとも。
「バリガン。君が惚れたという相手は誰なんだい?」
「そりゃあ決まってるだろ!シーニャさんだよ!」
「ん"ん"っ"」
思わず変な声が出た。あのシーニャだと?つい先日大暴れを見せたあのシーニャが?
いや、そうだ。皆にはまったく何の変哲もない少女であるように擬態している。
それどころか、彼女は平民でありながら悠々と筆記試験でも魔法でも高得点を叩き出し、貴族の子息達にすら一目置かれている。さらに一歩引いたような態度と細やかな気配りを欠かさない。その装いはまったく高価でないのにどこか品を感じさせ、あどけない表情の奥にはどこか妖しさを感じさせる。
確かになるほど、人気にならない要素が無い。
とはいえ全てを知るレイから見ると、好成績は当たり前どころか今ですら手加減している。一歩引いたような態度は単純に様々な事に興味を持てていないから。細やかな気配りは、それでいて周囲を尊重して迷惑をかけないようにしているから。
決して悪い人物であるとは思わないのだが、魅力の全てにどこか恐ろしさが混じっている。
そういえば、恋も愛も興味ないとすら言っていた。
「シーニャ……シーニャか。」
「へえ。まあ、悪くはないんじゃないか。」
レイが微妙な態度をしていると、ウィスタリアは寧ろ背中を押した。
彼からすると、シーニャは品行方正な特待生だ。バリガンと同じような感想を抱くだろう。
「しかし、シーニャと君はそんなに関係がないと思っていたけれど。惚れたきっかけなんかはあるのかい?」
「そりゃあ、ある!鉛筆を拾って貰ったんだあ!」
「……………………。」
あまりにチョロすぎやしないか、と言いかけて口を噤んだ。
いや、彼も思春期の少年だ。人並み以上に大人びた美少女であるシーニャはあまりに劇物が過ぎるのも分かる。それにしてもだ。
ふと隣を見ると、ウィスタリアが顔を伏せてぷるぷると震えている。これは笑いを堪えているのか、バリガンのチョロさを嘆いているのか、あるいはその愛に涙ながら感動しているのか。彼の真意は震える肩からは読み取れなかった。
「そうだね。しかし、あまり急いても仕方がないだろう?ここは少しずつ距離を深めて…。」
「………………。」
「バリガン?」
「ああ!もう我慢できねえ!」
バリガンはそう言うと、席からすくりと立ち上がる。
「告白だ。」
「…………え、今から?」
「そうだ!こうなったら男らしく、一直線に行くしかねえだろ!」
流石に無謀ではないのか。そもそも、まだシーニャとは数回しか顔を合わせていないのだろう。話した事はなんならほぼ無いんじゃないか。シーニャが異常な感性を持っているとかどうとかですらなく、そもそもそれは無理がないか。
次の言葉に窮している中、バリガンは止まらない。
「そうと決まりゃあ今すぐだ!うおおおお!」
「あっ、ちょっとバリガン!?」
「不味いぞ、今は昼休みだろ。シーニャも食堂じゃないのか。」
それを聞いてサーッと血の気が引いていくのが分かる。まさか衆目の前で告白をするのか。いや彼なら、バリガンならやりかねない。
「流石に止めようウィスタリア!」
「なあ。俺達は関係ないフリをしているのは駄目か?」
「駄目に決まってるでしょ!」
嫌がるウィスタリアの首根っこを掴んで食堂まで辿り着く。
しかし既に時遅し。シーニャの前でピンと背筋を張ったバリガンが立っていた。
「シ、シ、シ、シ、シーニャ、さん!」
「はい、なんでしょう?」
顔を真っ赤にさせた巨漢が少女の前に立つ。
そのあまりにも目立つ光景に次第にざわざわと人だかりが出来ているし、シーニャの隣のラミュマは一番興奮して「キャー!」などと言っている。
そういえば、ラミュマの夢は王子様と出会う事だと言っていた。平民の少女に貴族の子がプロポーズするなど確かに彼女の夢そのものだ。自分でなくとも目の前で繰り広げられるともなれば、喜ぶのも無理はない。
「お、お、俺と!付き合ってください!」
「あら……。」
人だかりからわっと歓声が湧き上がるのが分かる。
存外にノリが良いのは、バリガンが有力でもない戦貴族でシーニャも平民だからだろう。権力闘争や貴族社会から完全に切り離されているのだから、変な思惑を寄せる必要はなくただ盛り上がれば良い。
当然、こうなるとレイも手出しを出来ない。もう結果がどうあれ見守ってやるしかない。
しかし、もし成功すれば良い事づくめなのではないか。
バリガンは良い奴だし、シーニャは間違いなく善性と常識を持っている。もしもバリガンと付き合う中で価値観を更新するような事があれば、それは彼女の為にもなるかもしれない。そんな一抹の希望に賭ける。
「俺はまだこんなだけど、絶対に立派な騎士になるからよお!王宮騎士団にだって絶対入るし、そこでも大活躍をする!」
「あらあら。」
確かに、バリガンの恵まれた体格と強化魔法の腕があればそれは夢物語ではない。十分な実力を持っているのは同じ学年であれば皆、学院騎士団の面々であれば上級生までもが知る所だ。
「魔物が来てもぎったんぎったんに打ちのめしてやる!この国に魔物なんて入れさせないし、国と民と同じぐらいに君を守るぞ!
シーニャさんが襲われるような事は決して無――――」
「ごめんなさい。お断りします。」
「んがぁっ!?」
………………騎士志望で、それでいて有力な者が国と民と同列に守ると言った。はっきり言って、これはバリガンは悪くはない。
『国と民と同じぐらいに君を守る』というのはこの国における有名な戯曲の一フレーズだ。王宮騎士としての勅命と同列に守ると言っているに等しいもので、騎士にとっては求婚にも使われる殺し文句だとメリアスが言っていた。
とはいえ、相手が悪かった。
シーニャは魔物から怯え守られたいのではなく、むしろ戦いたくて仕方がないのだ。こんな事をバリガンが知る由もないので、どうしようもない事であるが。
シーニャは何事も無かったように食事を再開する。
バリガンはその場所で膝から崩れ落ちてぴくりとも動かなくなった。
ラミュマはどうしたら良いか分からずあたふた二人を見比べるように慌てている。
次第に野次馬達が解散していく中、数人の男たちがバリガンに近付いていった。
「………………バリガン。今日は、俺が奢りますよ。」
マルアードだ。他にも、学院騎士団の面々が揃っている。恐らく、共に食事をしに来たところにこの悲劇を目撃してしまったのだろう。彼らは存外に面倒見がいいらしい。
そうしてしょぼくれた大きな背中が人混みに消えていく中、レイとウィスタリアはただそれを見送っていた。
「……凄いもの、見たね。」
「だな。」
とりあえず次の授業は講義だからシーニャとも同じ教室なのだけれど、バリガンは大丈夫だろうか。
しばらく、2日に1回の投稿にさせていただきます。
6月中旬から私生活が落ち着きますので、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。




