第17話 風は凪ぐ
あれから。
ツバキを使いに寄越し、学院騎士団が鎌鼬を総出で捜している所へ話を伝えた。
その内容は『レイが"鎌鼬"と遭遇し交戦、極光まで用いる事で討伐したが負傷したため、先んじて学院に戻っている』というもの。消耗している為、本日は顔を出せないだろうとも伝えた。
ツバキは頂上への道を数人の騎士を連れて案内したらしい。マルアード以上に道のりに苦戦していたようで、そちらの方が大変だったそう。
レイとシーニャは、そのまま山を迂回して学院に戻った。
シーニャの手首は凍らせておく事で一大事には至らないよう止血した。シーニャは飛べるから良いものの、レイは骨の折れたまま山を歩いて下る事に。
「ねえ。僕を背負って飛べないのかい?」
「少しぐらいの手荷物ならともかく、人一人抱えては飛べません。それに、レィナータさんは鎧まで着込んでるじゃないですか。」
「それもそうか。仕方ない、歩いて行こう。」
メリアスはサリーの元へ辿り着いていたようで、マルアードも怪我は治ったものの疲労や痛みを治す事は出来ず、そのまま起こさず寝かせているようだ。
レイとツバキが帰ってくるかと思っていた二人は、ツバキではなくシーニャであるのに驚いているようだ。
「えと……シーニャ、さん?」
サリーはシーニャと面識があった。レイの付き人として共に居る際、顔を一目見たようだ。シーニャもその際に顔を見てはいるがレイが全員を婚約者としていると聞いた今では、興味深そうに眺めていた。
メリアスは人の顔を覚えるのが苦手なようだが、極光の二重の髪色を持っていなかったのは覚えているようで、訝しんでいる。
「鎌鼬の正体はシーニャだったんだ。」
「へ?」
「あと、シーニャの手首と僕の腕を治してくれないかい?」
「はい?」
驚くサリーとメリアスへ事情をくまなく説明する。鎌鼬と呼ばれるに至ったきっかけから決闘の経緯まで。二人はシーニャの異常性と、そのシーニャをレイが説得できた事に驚いているようだった。
サリーは、シーニャに確認をする。
「えと……本当に味方になってくれるの?」
「はい。レイさんの従僕としてお使い下さい。」
「いや、そこまでは求めていないが……。」
「あ、でも婚約者がどうとかは私はノータッチで。私は恋とか愛とか性欲っていうのがいまいち理解できないんですよ。」
「はは……。まあ、君はそうかもね。」
色々と理から外れている彼女だ。そういった基本的なものも感覚からズレている。
思えばメリアスも人と感性が違う部分が多いし、天才故なのかもしれない。
シーニャについてはメリアスも気にかかる部分があるようで、珍しく自分から質問した。
「それより、『極光』を咄嗟に習得したというのが信じられん。他の放出魔法の扱いもそうだが、そんな事できるのか?」
「意外とやれましたよ。そういう事もあるんじゃないでしょうか。」
「私も4年かかったのに……。」
サリーは元々魔法をあまり習得していなかった。
それをこの5年の間に基礎の四種魔法に加えて極光を死に物狂いで習得したのだ。レイが傷だらけで帰ってくる事が多いために回復魔法が中でも得意であるが、それ以外にも習得難度の高い『極光』を覚えられたのは誇らしい部分でもあったのだ。
そんな話をしている間に、がちゃりと個室の戸が開き、マルアードが起きてくる。
「……鎌鼬!?何故此処に!?」
「ああ、すいませんでした。」
シーニャはそうあっけらかんと言い放つ。マルアードはシーニャを視認した瞬間から腰の剣に手をかけているというのに、シーニャはまるで臨戦態勢へと移っていない。
……いや、違う。よく見ると、マルアードの周りの空気が僅かに揺れ動いているのが見えた。魔法の発動に手や詠唱を必要としないシーニャは、そもそも予備動作というのが必要無いのだろう。もしもこのままマルアードが剣を抜けば、それよりも早くにシーニャの風魔法が彼を襲ってしまう。
それは不味いとレイは二人の間に割って入り、これまでの経緯をメイド二人と同じように話していく。
直接の被害者なのだし、伏せておく必要もないだろう。シーニャの実力も全て隠さず事細かく話していった。
「放出魔法を自由自在に動かし、空を飛び、極光に目覚める。専門分野でない俺の知識でしかないですが、それらはとてつもない事なのでは?」
「ええ、勿論です。」
マルアードの疑問に、サリーが答える。
一度マルアードは溜息を吐くと、彼にレイが尋ねる。
「被害を受けた貴方には、なるべく黙っていて欲しいのですが……宜しいでしょうか。」
「俺は別に構いませんよ。戦いにおいて負けたのは俺。特に異論もありません。貴女の臣下とするならば、彼女も暴走しないでしょう。
ですが、彼女をどうするつもりなので?」
「"鎌鼬"は死んだ事にしておきます。このまま正体を隠して学院に通って貰おうかと。シーニャもそれで良いかい?」
「勿論です。あ、極光のせいで見た目が変わっちゃったんでしたっけ。
あまり目立ちたくはないのですが……。」
とはいえ髪はともかく、瞳の色はごまかしようがない。素直に皆に極光が使えるようになったと詳らかにする他にないだろう。
そう話していると、ツバキが帰ってくる。
「ただいまー……。騎士様のご案内の方がつかれたー。あ、シーニャにマルアードくん。」
「ツバキさん。髪と瞳を隠したいんですけど、何か方法はありませんか?」
「髪は塗料で誤魔化せるよ。極光はいくら髪色を隠しても魔力の輝きでとれちゃうらしいけど……その都度塗り直せば。」
そう悩んでいると、マルアードがレイの眼を見て言う。
「む?そういえばレィナータの瞳には何か紋様が入っているな。」
「ああ、ツバキが入れてくれたんですよ。彼女の地方の文化であるようで…。」
ツバキ曰く、婚姻した者の瞳に相手を意味する何らかの模様を入れ込む、という文化らしい。親愛の意味を込めて、恋人が施術を行う。レイの場合は十字の先にそれぞれメリアス、サリー、ツバキを象徴したシンボルを刻み込んだ。
その話を聞いたシーニャが閃いたように指さした。
「それです!私にも同じ様にしてください!レィナータさんの瞳は極光を使ってもそのままですよ!」
「ダメダメ。これを入れるには瞳に直接針を刺さなくちゃいけない上に、定着するまで数ヶ月は眼帯生活だよ。シーニャがそんなのしたら余計に怪しまれるんじゃない?」
「という事は、定着させなくてもいいのなら出来るんですね?」
「え?」
「私が極光を使うたびに自分で目に針を刺せばいいだけじゃないですか。
風魔法で操作すれば精密に動かせますよ。」
「え?」
…………そうして、シーニャはツバキに使い方を聞いた後、シーニャの髪と瞳の色に合わせて調合したそれぞれの塗料と専用の針を譲り受け、その場は解散となった。
本当にそんな事が出来るのかとツバキと皆で話していたが、翌朝会ったシーニャはまるでなんて事もない様に黒髪に黒い瞳で現れた。
そのとてつもない胆力に、思わず顔が引き攣っていたようでラミュマからは顔色を心配されてしまった。
(まったく、頼もしい臣下が増えたものだ。)
三人のメイドにして婚約者たちでない、最初の臣下。
そんな彼女は誰よりも残忍で心優しい、それでいて純朴で奇人。まるで真逆な二面性が同居しているのに、それらは理性で纏め上げ、天性の才覚を純然に活かしている。きっとこれから、レイの援けとなってくれるだろう。
【4章 鎌鼬・完】




