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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
4章 鎌鼬
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第16話 黒い嵐

 本来有り得る筈もない事象。だが本物の天才にとっては、それすら必然なのかもしれない。

 黒い風と共にシーニャは再び舞い上がる。


「さあ、やりましょうか!仕切り直しです!」


 レイは後悔する。先程試合を決めきれた筈なのに、それを躊躇ってしまった事に。

 それは驕りだ。レイはシーニャに勝ったという安堵から、躊躇いを生んでしまった。極光というアドバンテージを手にしていたから、心に安堵を作り出してしまった。

 だが最早シーニャはレイと同じ領域に立ち、あるいは猛スピードで抜き去ろうとしている。もう一度勝てるのか?


「…………ああ。」


 だが。むしろ、それでいいじゃないかとも思う。シーニャが全力を尽くし、さらに進化を見せるというのならば喜ばしいじゃないか。

 確かに苦労はするだろう。勝てる保障もないだろう。死ぬかもしれない。だが乗り越えた時、その力を存分に受け止めてやった時、シーニャは真の意味でレイに忠を捧げてくれる。


「負けはしないさ。」


 ならば後はただ、勝てば良いだけだ。それがいくら難しくとも知った事ではない。不可能と思われるような道のりなどレイにとっては日常茶飯事であるからだ。

 この瞬間に全力を以て、シーニャを倒す。最早躊躇いという余裕など存在させない。


「さあ、行きますよ!!」


 空中を舞い、シーニャはレイへと突撃してくる。右中指の指先には黒い風を剣のように伸ばしている。

 それに対しレイは背中の花弁の三枚目を使い、氷の剣を生成する。だがその剣は先程とは違い片刃で、柄頭に短い剣がもう一つ備え付けられていた。

 バキ、という音と共に柄頭の境目に沿って折ると、短剣と長剣を両手に構える。氷の双剣だ。さらに筋力強化の赤い光を伴い、確実に攻撃力を向上させる。


 シーニャの中指から伸びた黒い風は氷の長剣とぶつかり合う。魔力がせめぎ合う音と当時に、金属音が周囲に鳴り響く。

 その隙にレイは氷の短剣をシーニャの懐へと突き刺す。だが、シーニャの左掌がそれを掴み取る。

 ギャリギャリギャリ、と金属が高速で、それでいて連続でぶつかり合う音をこだまさせる。


「なんだ……!?」


 シーニャの掌を突き抜けるつもりで突き刺した。それはもう、躊躇わないと決めた一刺しだった。

 だが負けたのは氷の短剣だ。黒い風は剣のように刃として、金属の如き実体を持っているにも関わらず『風』である。

 なんと目に捉えきれぬほどの速度でシーニャの身体を軸とするようにして黒い風の刃が高速回転している。身に纏うこの風は攻防一体の鎧なのだ。


「っ…!!」


 このまま組み合うとシーニャの黒い風に巻き込まれる。不味いと判断したレイは刃がボロボロになった氷の短剣を投げつける。

 その一投は破砕の一撃に変わり、シーニャへと襲い掛かる。この一撃には防御が必要であると判断したようで、シーニャは組み付きから外れると、左手で打ち払う様に飛来した氷の短剣を叩き壊す。


「なるほど……中々に使い勝手がいいですね。」


「はあ……はあ……。」


 ただの一度の組合が、完全にレイの上を行っている。

 仮にもレイはこの5年を鍛え続けた結実が『極光・氷装華フルード』であるのだ。それをいともたやすく追い付き、今や突き放そうとしている。

 離れたレイが氷の長剣を突き出してシーニャを牽制していると、何かに気付く。


「うぐっ!?」


 口が痛い。比喩でなく、切り裂かれるような痛みが迸る。


「――――!!」


 シーニャは遠くの魔法にも命令を出す事が出来る。もしもそれが極光である黒い風も同一だったら?

 不味い予感がする。自らの氷の長剣の先端を砕くと口の中に放り込み、凍らせる。


「げほっ、げほっ。」


 口から吐き出した氷の中には、小さな黒い風が内包されていた。


「打ち合った隙に呼吸器に黒い風を入れてみたんですが、失敗ですね。この黒い風では鼻や目や耳のような小さな穴には入れられません。せいぜい、口がやっとという所でしょうか。」


 もし同じ事が可能であったとして、騎士であれば、そして魔法使いであればこのような発想には至るだろうか。シーニャは確実に殺す為に小さな黒い風を口に入れ、内蔵をずたずたにして殺すつもりだったのだ。

 決してシーニャはレイを憎んでいる訳でもない。それどころか自分に理解を示してくれた事に喜んでいる。にも関わらず、一切惑いなく殺意しかない攻撃を躊躇なく繰り出せるその心の在り様は余人には理解できるものでない。

 だが、レイはそんなシーニャを理解している。『ただ出来るからするだけ』。それだけなのだ。


「ふ。同じ事はもう御免だね。」


 背の氷の花弁の4枚目を叩き割る。その氷はレイの頭部へと収束し、兜となる。これでレイの氷により黒い風は阻まれ、再び呼吸器官を狙う事は困難になる。

 それだけでなく、肌の露出した場所がなくなる分シーニャは急所を狙う事が難しくなるだろう。


「あらあら。防具の方にも回せるんですね。」


 レイの氷装華フルードには明確な弱点がある。それは回数制限だ。

 背に浮かぶ氷の花弁の枚数だけ武装や氷の攻撃を作り出せる。無制限でない代わりに遥かに性能が向上しており、武装として扱える程の強度を実現した。その代わり無尽でなく限られた中でやりくりしなくてはならない。

 これまでこの戦闘において、剣、壁、双剣、兜の4つを使用した。

 残る花弁はあと2枚。そして、先の折れた片刃剣と兜。これが今のレイに残された手札だ。


(さてと……。)


 考え無しに打ち合うと敗北は必至だ。ならば、ただ戦うだけでなく確実に勝利に繋がる為に自らの残る札を切っていかなければならない。

 未だ未知数であるシーニャの黒い風。これまでの情報をかき集める事で、勝利への光明を作り出すのだ。


「行くぞっ!!」


 レイは折れた剣を構えて突き進む。今回は耐久強化の青い光を纏う。


(守りを固めている?何かを企んでいますね。)


 レイがこれまで氷の花弁を使用している様を見て、シーニャもまた氷の花弁が必要であると見抜いていた。

 だからこそ一気に勝負を決める短期決戦こそがレイの勝ち筋であると睨んでいたが、今回繰り出したのは耐久強化。長期戦に持ち込めば不利である筈なのに、何故か。


 レイは折れた氷剣をシーニャへと斬り上げる。シーニャは左手の指を爪のように伸ばし、引っ掻くようにして切り裂いた。

 剣は既に折れかけている。ならばこの打ち合いで、この武器を消費させられるだろう。残る花弁はあと2枚だが、どう出るのか。


「まだ…まだぁ!」


(折れて、ない?)


 打ち合って尚、折れた氷剣はそのままシーニャと攻撃を競り合っている。単純な事を見落としているとその瞬間にはっと気付く。


(この氷は全て、《《身体の一部と同一》》なのか!)


 普通、強化魔法は自分自身のみを強化する。それは武器や防具には反映されず、無理な行動をすれば壊れてしまう。だからこそ、戦いを制限する意味合いで入学試験では木剣が使用されていた。強化魔法を強め過ぎないようにするためだ。

 だが、今のレイは違う。身体の一部として判定できる自分の氷魔法を武器・防具に纏わせる事で、それらにまで強化魔法の効力を及ばせている。『極光・氷装華フルード』の身体性能の高さはそこに種があった。


 つまり、耐久強化を発動させる事で剣も、鎧もその硬度を増す。単純に防御力を上げる意味合いで使うのは勿論、今回のように本来壊れてしまう武器を強引に維持するといった使い方も出来る。


 シーニャは素早く、身体を捻って蹴り上げる。だがそれを待っていたかのようにしてレイは氷の花弁1枚を消費し、咄嗟に盾を作り上げるとその攻撃を防ぐ。

 ガードされたと気付くと、シーニャはその盾を蹴って宙へ飛び、距離を取った。


「巻き起これ、嵐よ!」


 シーニャの身体を駆け巡る黒い風の脈動が激しさを増す。

 空に浮かぶシーニャがレイへと掌を突き出し、身体の一部の黒い風を攻撃に転用する。その手から黒い風が吹き荒れると、周囲を捲き込んで巨大化していき、最早その規模は嵐と呼ぶべきものだ。周囲の木々が風圧によって軋み、一部は薙ぎ倒されていく。その強烈な攻撃は全てレイへ向けられている。


 当然、レイはそれをただ黙って見ている訳ではない。ここが正念場であると見たレイは左手の盾で最後の氷の花弁を叩き割る。

 左手の盾にまとわりつくように、二つ分の氷が武器へと変わる。


「氷の大槍、だ!」


 バリガンがかつて、槍を放り投げて見せた事があった。あれと同じように巨大な馬上槍を作り出して構え、氷装華フルードによる筋力強化を全力まで引き上げてシーニャを狙い澄まし、そして渾身の力で投げつけた。


 黒き嵐は氷の大槍とぶつかり合い、周囲に冷気をまき散らし、凍らせながらその勢いは互いに留まる事を知らない。

 だが、それらの性質の違いが勝敗を分けた。

 レイの手から離れた氷の大槍がガリガリと音を立てて削れていく中で、黒い嵐はシーニャと繋がっている為に魔力を込めるだけさらに力を増す。

 やがて大槍は黒い嵐を突き抜けてシーニャへと到達する。だが激しい迫り合いの末に花弁二つ分を使用した大槍はすっかり細くなり、シーニャの身体に纏った黒い風で掻き消える程になっていた。


 だがその瞬間、黒い嵐の中に隠れていたレイが眼前に現れる。兜は無いが、折れた氷の剣は持っている。


「なっ!?どうして――」


 シーニャは空中に居る。レイは空を飛ぶ事が出来ない以上、ここに届き得る訳もない。そう思案するシーニャの視界の隅に、レイの左足の氷が砕けて血を流しているのが見えた。


(まさか。)


 レイは、破砕の一撃として兜を蹴り上げた。氷の爆発により装甲を打ち破ってまで負傷するも、そのままの勢いで空中へと跳び上がって来たのだ。

 黒い嵐への防御策は無く、ところどころ鎧が砕け、凍らせる余裕すらない為に血が噴き出す。だがその代償に、シーニャをこの眼の前に捉えられた。


「させません!!!」


「逃さない!!!」


 シーニャは少しでも距離を取るべくその身に黒い風を纏ったまま蹴りを放つ。渾身の魔力に応じ、翠の瞳と翠の髪が強く輝きを増し、黒い風は回転数をさらに強めている。

 だがレイは一切怯む事なく、耐久強化を伴ったまま折れた剣で反撃をした。

 シーニャの蹴りはレイの左上腕を捉え、白銀の鎧を引っ掻くように叩き潰す。それと同時に繰り出したレイの斬撃はシーニャの頸を狙っており、シーニャは咄嗟に左手でガードする。


「――――――っ!」


 レイの左上腕部が鎧の上から叩き折れた。その衝撃は骨まで達し、黒い風に巻き込まれた血肉が千切れ飛ぶ。

 だがそれと同時に、防御したシーニャの左手首がそのまま切れ落ちる。


 結果を見るとまったくの引き分けだが、勝敗の条件の差異がある。

 シーニャは殺す事で勝利とした。一方でレイは四肢のいずれを落とせば勝利とした。これにより第二回戦をはじめる事になった勝敗の条件が、今度はレイを勝利へと導く鍵となったのだ。


「私、負けちゃいましたね。」


 レイは首を狙う必要などない。腕を切り落とせば勝ちなのに、最後の最後にシーニャと同じように命を狙ってくれた。シーニャの防御により結果的に手首を切り裂いたが、その剣は確実に頸へと向けられていた。

 レイが自身を理解してくれていると分かり、嬉しかった。

 負けたというのに、殺せなかったというのに、シーニャに悔しさや虚無感などない。これまで味わった事の無い、充足感で満たされていた。


「あぁ……。楽しかったなあ。」


 レイと共に、シーニャが地上へと落下する。

 それに少し遅れて斬り飛ばしたシーニャの左手首が落ちて来た。

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