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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
4章 鎌鼬
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第15話 極光

 レイの『極光』、氷装華フルード。

 氷の鎧を新たに上から装備したような形状に、シーニャは警戒を強める。


「はっ!」


 シーニャが次に起こしたのは大きな風の刃だ。それに付随して小さな真空刃が周囲を裂いていく。

 その風の前にもレイはたじろぐ事なく、逆に風の刃へと突き進む。


「まずはこれだ!」


 レイピアの護拳を背に浮かぶ氷塊のひとつへと当てる。すると氷塊は立ちどころに崩れていき、その氷はレイピアを軸として新たな形を形成していく。

 次の瞬間、レイピアは氷の刃を纏い、大振りの両刃剣へと変貌していた。


「変わった……!?」


「せやあっ!!」


 剣により素早く斬撃を切りつける。この氷は魔法で出来ている魔力の塊だ。風の刃とぶつかり合うと一方的に打ち消した。

 さらに加えてもう一撃薙ぎ払う事により、周囲に舞う小さな風すらも掻き消える。


 シーニャは風を纏いながら空を舞い、レイへと近付いて来る。

 左腕を口を覆う様に右肩の方へと回す。その人差し指はピンと伸び、魔力を指先に強く集中させているのが見て取れた。


(来る!!)


 シーニャは他と隔絶する程の魔力操作により、身振り手振りによる指向性の付与を必要とせず自由自在に魔力を振るえる。

 ならば、そんな彼女が指向性を与える程の一撃はどれほどのものなのか。

 その答えは、マルアードの怪我と野盗の死体から知っている。


「切り裂く!!」


 氷の剣を強く握りしめ、筋力強化を行使する。極光を使用したレイは全身に常に魔力が通っており、国外の強化魔法の様に全身に効果が行き渡るようになる。

 赤く輝くレイの一閃は、シーニャの大鎌の如き一撃とぶつかり合う。激しい魔力の乱気流がその周囲へと氷と風の嵐を巻き起こす。魔力同士が共鳴を起こして高音を轟かせる。


 その嵐が止む頃、レイの氷の剣になんら変わりはなく、一方シーニャの攻撃は失敗に終わっていた。


「…………ふふっ。まさかなんともないとは。お見事です。」


 シーニャはそうは言うが、まったく危機を滲ませた表情ではない。ただ純粋に戦いを楽しんでいる。


「ならばこれはどうですか?」


 続けてシーニャは、十本の指全てを構える。


「っ!」


 再び風は収束を初め、シーニャの十本の指全てに魔力が込められていく。

 レイはこれはこのままでは不味いと、氷の花弁をさらに一枚叩き割る。すると、目の前に氷壁が形成された。ただし極光の氷で作られたものであり、先程以上の頑強さを持つ。


「さあ!さあ!さあ!」


 回り込む事も出来ただろうに、シーニャは敢えてその壁に真正面から十本の大鎌の風刃を叩き込む。

 けたたましい魔力のぶつかり合いによる高音が夜の森に鳴り響き、その激しさを増していく。

 風と氷がぶつかる中、氷壁は音を立てて崩れていく。だがその裏に居たレイは、筋力強化を発動した上で剣を上段に構えている。


「破砕の、一撃―――!!」


 氷の剣を、投げつけるような動作で振り下ろす。すると氷の剣はレイピアと分離し、元々氷の剣を形成していた氷部分だけがシーニャ目掛けて飛来する!


「!!」


 単なる分離ではなく、破棄と同時に爆発したかのような推進力が発生している。結界魔法による防御は不可能であると判断した。風刃を掻き消しながら猛然と突き進むそれに対して手をかざして命令式への書き換えを行おうとするも、叶わない。

 この『極光』とは人の心の輝きそのものであり、他者が使う事は不可能だ。それは命令式への書き換えが出来ない事も意味している。

 レイの撃ち出した氷の剣はシーニャの右肩を、マルアードが与えた斬撃の上から深く切りつける。その勢いに押され、シーニャは上空から落下する。その落下地点を見据え、レイは氷装華フルードを解除せぬままレイピアでシーニャの首元へ剣先を突き立てた。


「僕の、勝ちだ。」


「お見事です。」


 剣先は右肩の、腕の付け根へと移る。このままレイが腕を切り落としてしまえば決闘のルールに則り勝利する。


「しかし極光とは面白いものですね。魔法式が書き換えられませんでした。魔法とはまったく別の摂理で働いているのでしょうか?」


「…………。」


 今レイはシーニャが話している内容が、まったく頭に入っていない。というのも、手足を切り落とさなくては勝利にならないからだ。

 手足を切り落とすのはレイから言い出した事だし、降伏しろと言ってもシーニャはする筈もないだろう。だからトドメを刺さなくてはならない。

 手足を切り落としても問題ない。レイは氷魔法ですぐさま止血してやれるし、切った腕も氷で保存できる。学院に戻ればサリーが治してくれるから、元通りになる。見た目に反し、鍛錬で怪我をするのと変わりない。


 そこまで頭では理解しているのだ。だが、それが出来ない。


「………………っ。」


 かつてレイは、サリーの腕が、メリアスの足が、魔物によって奪われる光景を目にしている。自分に力がなく、戦えなかった悔しさと共に。

 その悔しさと復讐心を情景に刻み付ける事で完成したのが、氷装華フルード。武器を作り出すというこの魔法の性質は、かつて無力だった自分が望んだ武具を作り出すという形に昇華した。

 それほどに彼女にとって、その光景は心的外傷となっている。強さを手にした今でもそれは変わらない。


「…………………………。」


 冷徹なつもりだった。合理的なつもりだった。だが、最後の最後で心にある弱さが邪魔をする。

 レイはそれを自分では分かってもいたが、今の自分なら問題ないと敢えて見ないふりをした。

 いっそ勝敗の条件を手足の喪失にすべきではなかったか。いや、無理だろう。シーニャは戦う事が出来る限り、まだ負けを認めはしない。言葉では負けを認めようとも戦いたいという本能が満たされない。何よりも全力を出し尽くしたいと考えているのだから、それに応えてやるべきだ。それを以て信を得られる。

 かといってシーニャの死を勝ちにしては意味がまるでない。


 レイが黙り、額には脂汗が滲む。

 ツバキはその沈黙の意味を理解していたから、敢えて声をかけずに黙っていた。

 しかしシーニャは違う。右肩の負傷をものともしない程に昂っているようで、一人で話し続けている。


「心の在り様。情景。それらを発展させたものが極光であるのならばなるほど、既存の魔法と同じように改竄を行おうとして失敗したのも頷けるというものです。

 レィナータさんの髪が青が混じっているのもそれが理由でしょうか?確かに、考えてみるとラミュマさんやアウロラ先生も同じようになっていました。

 つまりは心の変化が外見に現れる程に身体に変革を齎している……。」


 レイが躊躇する中、シーニャは淡々と自身の考察を披露し続けている。


「数年をかける、とレィナータさんは仰っていました。それも納得です。それほどの価値がこの魔法にはある。

 騎士の国と称され、魔物へは騎士しか抗えないとされるこの国でも魔法使いが前線には出ないながら軽んじられないのも納得が出来る。

 これほどの魔法を数年を経て習得すれば時に対人においては騎士をも超え得るでしょう。」


 シーニャの言葉を黙って聞いていたレイは、とうとう彼女の腕を落とすと決意する。でなくてはこの勝負は決さない。

 レイピアに力を込め、筋力強化を発動させる。

 だがその時、レイピアの先からコツン、と小さな音がした。それはまるで金属と金属がぶつかり合うような音だ。


「…………?」


 レイは不思議に思う。そのような物質はどこにもない。そもそも周りに金属が無い。レイの鎧程度のものだ。

 シーニャが反撃に出たのかと思ったが、風を切るような音でもない。

 その間にもコツン、コツン、コツンと小さな音は何度も鳴り響く。


 次の瞬間、ガキン、と大きな音と共に、レイピアが弾かれた。突如見た事のない現象に、レイは思わず距離を取った。


「………………そんな、嘘だろ。」


 シーニャが立ち上がる。

 美しい黒い瞳は翠へと変わっている。艶やかな黒い髪は、内部に緑を携えた二重の様相を呈している。

 そしてそれらは、魔力を発揮して光り輝く。


「あは、あは、あははははははは!!」


 シーニャの周りには黒い風が巻き起こる。それはひとつひとつがまるで剣のようでもあり、彼女の死への憧れそのものを映し出しているようにも見える。

 シーニャの服がズタズタに切り裂かれていくが、黒い風がまるで鎧のようにして白いドレスの代わりに身体全体に纏わりついていく。


「ああ、これが極光ですか!ありがとうございますレィナータさん、これを知らずに死ぬなんてとっても勿体なかった!!!」


 なんとシーニャはこの数刻の間に、『極光』の領域へと足を踏み入れたのだ。

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