第14話 氷の華
はじめに仕掛けたのはシーニャだった。ふわりと風を受けて舞い上がる。
(やはり飛べるのか!しかも、精度がとてつもない!)
飛行は高等技術であり、風魔法の極致とも言われるものだ。それも、一方向に飛ぶしか出来ないのが常である。放出魔法は放つ瞬間に命令を与え、それ以降は操作が出来ないのだから、飛行するには常に自身の体重を支える為に必要な放出魔法の魔力や向きを的確に計算して発動させる必要がある。
だがシーニャはなんら苦とせず、空中を自由自在に移動する。このような前例がまったく無いという訳でもない。それが、歴史に名を残すような魔法使いしか居ない事を除けば。
思えば、山中に痕跡が残っていないなど当たり前だ。空を自由自在に飛べるのにわざわざ草木を分け入る必要はない。そして、山へ向かうのもまた当たり前だ。空を飛んで山をまるっと超えれば学院はすぐそこだ。
シーニャは身体を浮き上がらせたまま空中で風を巻き起こす。続けて真空の刃を用いてレイがレイピアを握る右手を狙う。そちらの手にはガントレットは着用していない。
「やはり、まずはそこか!」
風圧の刃は的確に弱所を狙い続けるだけで威力自体はさしたものではない。その初速を活かす為にはやはり先制が望ましいのは分かっていた。
魔力が込められた攻撃なら魔法は掻き消える。筋力強化を右手にかけ、素早く二度薙ぎ払うことで風を打ち消す。
レイピアから逃れ、咄嗟にシーニャは後方へと飛ぶ。
「じゃあ次は……」
攻勢に移ろうとしたレイだったが、その手を続ける事はない。
なんと、打ち消した筈の刃が再びまたレイの腕を狙っている!
「なっ!?」
またも筋力強化をかけて斬り払い、掻き消す。間違いなく斬りつけたのに何故残っていたのか。
その種はすぐに分かった。
「なんだ……これは。」
風の裏にはまた風がある。風が多段で襲い掛かってくる。
さらにはシーニャは遠隔に居るというのに、まだ続けて攻撃を繰り返している。
確かに風魔法は大気を動かすだけで、他の魔法に比べれば飛ばすのは楽なものだろう。だが遠くから真空刃を生成し、重ね合わせるような連続攻撃にするなど聞いた事が無い。
咄嗟にまた筋力強化の斬撃で掻き消すが、攻撃はまだ続く。
問題は、その弱所狙いがどこからでも起こせるという事だろう。オールレンジで攻撃を加え続けるのならば攻勢に転ずる暇がない。
(マルアードさんがああも一方的だったのはこういう事か!)
レイは半身、左手左脚に着けていた鎧に助けられた。これがある事でシーニャの狙いは胴から右手に絞られている。
マルアードを始め今回の捜索の一行は、動きやすいように殆どの者が革鎧を装着していた。これでは、シーニャの真空刃連弾を躱す事が出来ない。さらには隙が出来れば大きな斬撃が襲ってくるだろう。マルアードを負傷させ、野盗を切り裂いたあの攻撃だ。それだけは避けねばならない。
(まずは、一旦距離を取る!)
「おや、氷を加工ですか。水を発展させた『氷』は属性単位で応用幅が広いですね。」
その場で咄嗟に氷壁を作り、身を隠す。
これで真空刃は襲ってこれない……はずだった。なんと次の瞬間に、真空刃は動きを変え背中に回ってくる!
レイの背中に食い込み、鮮血が迸る。
(咄嗟に方向を変える事すら可能なのか!?)
魔法を行使するには、魔力を介して万物へと『命令』する。その命令を、術式だとか構成式だとか呼んでいる。
つまりは本来、魔法を発してからもう下っている命令を変えるなど不可能であるはずだ。手を離れれば推進力は保っていても、ただ真っ直ぐに飛ぶしかない。
だが、シーニャはそれを何らかの方法で可能にしている。任意の方向に曲げるとはそういう事だ。
(本当に、惜しい天才だ……!!)
続けて真空刃は襲い来る。地面を凍らせ、滑り込むようにして移動して回避する。
だが、真空刃はその回避した先に追尾してくるのだ。
(どういう事だ、完全に僕を狙い続けている!)
シーニャの方に向き直ると、シーニャ本体も乱気流を纏わせてこちらへ突貫してくる。
真空刃とシーニャ。同時にこれらを相手どらねばならない。
「くっ!」
レイが対応を選んだのはシーニャ本体であった。敏捷強化を右手にかけ、シーニャにレイピアを振り下ろす。しかし、その攻撃は容易にふわりと横に逸れて躱された。
左手のガントレットで真空刃を防ごうとするが、失敗した。ガントレットを避け、脇腹にすぱりと一撃が入る。
「ああっ!」
思わずツバキが叫ぶが、その傷口から血が出る事はない。
傷口を凍らせた。傷そのものを治せずとも、これで出血は抑えられる。
シーニャへ向けて氷の刃を生成して飛ばす。防がれる事は分かっていたが、その対処を見たかったのだ。
「ふふ。」
シーニャはふわりと浮き上がり、氷の刃を躱した後になんと空中で受け止め、ぐぐぐと方向を変える。
「な。」
風により、氷の刃は逆にこちらに向けて射出される。
氷の壁を生成してどうにか受け取める。
「はっ、はっ、はっ……嘘だろう……どうなっている?」
荒い呼吸をどうにか整えながらシーニャを見据え、次の行動に警戒しながら思考を巡らせる。
氷の刃を受け止めるのは分かる。分かるが、それ以上は理解できない。自らの手から離れて尚命令出来る等、それは『放出』の領域を超えている。
いや、と思案する。
シーニャという少女の天才性と、その性質たる風魔法について。
「まさか、大気を伝ってさらに構成式をその都度書き換えているのか!?」
「正解です。流石ですね。獣を狩る中で、この形式が一番都合が良かったんですよ。
これの応用で、空中に放出された魔法ぐらいなら他の人の魔法でも咄嗟に書き換えられますよ。向きを弄るだけですから、然程難しくもありません。」
流石、と言われても嬉しくない。なんだそれは。
とんでもない技術革新を一人で行っている。1800年の歴史において聞いた事のない技術だ。しかも、それら全てを独学で起こしたという。
先程の通り、命令は構成式として出力する。
つまりシーニャは、その都度必要な構成式を瞬時に判断・計算し、その命令で必要なものに適宜上書きする。常人なら真似すれば脳が焼けるのは違いない。それを平然と行い、なんなら自身の周囲の風の制御は尚平行して行っているのだ。
ならば、飛行できるのも納得がいく。常時周囲の命令を書き換え続けるほどの処理能力があれば決して不可能ではない。
さらにこの発想へ至るのもまた凄まじい。
これが可能であるのは、彼女が大気を操作する風魔法だからだ。もしも火・水・土であればこうはいかなかったろう。
大気を伝い構築式そのものを伝播させ、遠隔による魔法の作動を可能としている。
彼女がもしも公表するつもりがあれば、もう入学直後のこの時点で彼女は名だたる大魔法使いの一人として歴史に名を刻む事すら出来る。
「……強い、本当に強いよ。放出魔法だけでここまでになるか。」
確かに、絶望して死んでしまいたくなるのも分かる。メリアスがかつて、規格外の実力から学院をすっ飛ばして王宮騎士団に所属したのにも似ているかもしれない。
これほどの実力を持っているのなら、第一学年の授業など退屈で仕方がないだろう。或いは、三年間ずっとそうなのかもしれない。三年が過ぎてからもシーニャの望むような死闘は訪れようもなく、ただ死んでいくだけ。ならば自死を図るのも納得が出来る。
だからこそ。シーニャは独学で魔法を勉強してきたという事実へと付け入る。
レイが勝機があるとすればそこしかない。
「だが、シーニャ。君はこの魔法は知らない筈だ。」
きらりとレイの双眸と、銀の髪に混じる蒼い髪が眩く紺碧の光を放つ。
それに警戒して、シーニャはふわりと浮き上がって宙返りの要領で身体を翻して距離を取った。
「あの魔法。」
シーニャは自身が知らない魔法がある事を認識していた。レイが入学試験で使った超広域凍結。これは、本来ただの魔法にしては威力・効果が絶大すぎる。
歴史学の授業で出て来た、『かつて南部軍を焼き払った魔法』というのも単なる大規模魔法であるようには思えない。きっと自分の知らない何かがあるのだと、シーニャは考えていた。
「これはその人の心の在り方・情景。それらが反映される。其の人間の成長でのみ強化され、心の鑑写しであるのだから他者には使う事は出来ない。
習得には単純な魔法の腕に留まらず、自分の在り様を見つめ直す事が必要だ。その為に誰もが数年をかけて習得する。」
レイの背の大気が凍り付いていき、氷の塊が次第に出来上がる。その浮き上がった背の氷塊はまるで翼のようにも見え、或いは六枚の花弁のような形をしていた。
鎧の無かった右手左足にも、片側のガントレット・グリーブと同じ形の鎧が生成されていく。
レイの胸から肩にかけて、V字状の角のような形状のプレートアーマーが生まれる。
「『極光』。あらゆる魔法の中で、魔法使いの秘奥とされるものだ。それを使える人間は、髪の中にその属性の色が混じる。」
氷気を纏いながらレイは言い放つ。
「氷装華フルード。僕の持つ『極光』の名前さ。」




