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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
4章 鎌鼬
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第13話 死合

 その言葉に驚いたのはツバキだけでない、シーニャも同一だった。


「何を、言ってるの?」


「レイさん。同情なんて要りませんよ?」


「同情なんかじゃないさ。君の力は捨てるにはあまりにも惜しい、殺したくない。

 ラミュマも悲しむしね。」


 単なる理論だけではシーニャを納得させる事は不可能だと悟ったレイは、自分もまた彼女に本心を曝す必要があるように感じた。


「僕は、メイド達3人と結婚する。5年前にそう決めた。」


「……はい?」


「側室じゃない。この国で、3人を正妻にする、この国で最も幸福にする。

 それもまた、本来同性じゃ不可能だ。だから僕が王になり、その法を変えるんだ。」


「あなたも、もしかしておかしいんですか?」


「否定はしないよ。こんな理由の為に王になろうとしているのだからね。

 けれど、王となる者として恥じないだけの力は身に着けたいと考えている。魔物から民衆も守る力をね。

 その責務の重さを理解した上で、僕は3人と結婚する意志になんら変わりはない。」


「……。」


 シーニャは、自分を利用しようとしているでない事は分かっている。

 自分が社会からあまりに外れた存在である事には分かっており、また確かに魔法の才を持つ事も理解しているがそれに対しての費用対効果が見合っていない。王になりたいのなら、どうしようもない亀裂を擁する意味などない。

 その言葉が嘘かどうかを断じる必要はない。本当であれば言葉の通りに受け取ればよく、嘘であればそれはシーニャを慮った言葉だ。


 シーニャがそこまで思案を巡らせたところで、レイは言った。


「行き場のない人間達の救いになれるとしたら、他の5人の王位継承者でない。それは僕だ。僕も同じく、行き場のない人間なんだからね。

 本当は、大侵攻で戦いたいと考えているんじゃないのかい?魔物との死闘において、それ以上のものはこの世にはない。つい二十三年前には最大規模の被害を出したんだ。次の大侵攻が何年後になるかは分からないが。

 次の大侵攻ではその死闘は苛烈を極めるだろう。」


 レイの言葉から一呼吸置いた間を空け、シーニャが返す。


「大侵攻は死闘ですが、それと同時に武勲を挙げられる場でもあります。レムラス勲章を戴けば『戦貴族』として名字を頂く事もあり、そうでなくとも最前線に出ればその栄誉は並大抵のものではない。

 もし仮にこの国でも女が戦う事が認められても、最前線に農家上がりの平民の人間を置く事は不可能なのではないでしょうか。」


 思慮の間すらなく咄嗟にこの言葉を切り返す。やはり、シーニャは間違いなく知恵者だ。

 よりここで死ぬのは惜しい気持ちが増す。それと同時に、必ず手に入れるという気持ちもだ。


「しがらみなんかは関係ないね。それまでに僕が王になる。王自らが定めた指揮官には誰も逆らえない。」


「そこまでして私を引き込む価値があると思うのですか。その戦場においても、私は好き放題して死ぬでしょう。」


「構わないよ。

 それまでの数年か十数年か。それに付け加えた大侵攻の戦いぶりだけで僕は十分なお釣りが来ると思っている。」


「そう……ですか。」


 シーニャは言葉の上では戸惑うが、それ以上に歓びの感情のくぐもった声を出す。

 それもそうだろう。本来最前線に出る事など叶うべくもない。

 女で、魔法使いはまず前線にも出られず、先程シーニャが言っていた通り大侵攻で活躍する事はこの国で名を挙げる一番の方法なのだ。それを他の騎士たちが譲る訳もない。レイが学院騎士団でマルアードにはじめは拒否されていたように、皆同じように考えるだろう。

 その上で、そもそも大侵攻はこの上ない脅威でもある。前線が瓦解したなら国が滅び、いずれ人類そのものを左右する。そんな失敗は許されない中であればやはり騎士が戦略の上で優先される。強化魔法の頑強さがあまりにも大きい。

 もしもシーニャが騎士達以上の力を持っていても、それを周囲が知らなければ何を莫迦なことを、で終わる。

 彼女を慮るが故に思い上がった魔法使いを出さないようにするなどままある話だ。


 だが、それを鶴の一声で薙ぎ払えてしまうのが王という立場だ。

 彼女個人では絶対に無理だったろうそれを、レイの部下となれば王直属の臣下であり、周囲の目も変わる。


「本当に、それが出来るんですか?」


「僕が王になる、という事が前提だけどね。

 なったなら、可能だ。どうだい?」


 答えは、決まっていた。


「ええ、是非お受けさせてください。貴女に仕えさせてください。その死に方の方が、きっと美しい。」


 ツバキの顔がぱあっと明るくなる。だが、シーニャはそれに構わず続けた。


「ですが。貴女が王の器であるのか計りたい。私と、死合いませんか?」


「死合……殺し合うって事!?だめだよ、あなたがレイ様を殺したらあなたの願いももう叶わないよ!?」


 ツバキは死合うと言ったシーニャに驚いたように声を挙げる。

 一方で、レイは理解していた。


「いや。君からすれば、将来僕が王にならないとこの約束は果たされない。その申し出も妥当だろう。

 じゃあ条件は、僕は死んだら負け。君はそうだね、手足のいずれかを落とされたなら負けでどうだろうか。僕の目標は君を殺す事ではないからね。」


「それは、私に絶対に勝てる自信があるからでしょうか。」


 シーニャは訝し気にレイに聞く。レイがシーニャに比べ格上であるからと安易な条件を突き付けているのかどうか。


「いいや、そんなつもりはない。少なくとも僕の氷魔法は君の風魔法には敵わないだろう。

 だが、ここで死んでしまう……一人目の臣下の懇願すらも叶えられない王道なら潰えてしまえばいい。」


 そうだ。レイはメイド達三人を娶るが、その為に彼女らに顔を向けられない程の奸計は用いないと決めている。

 あくまでも王道を突き進む。ただでさえ女の身で女を、それも三人を正妻とするのだから、それを押した上で誰もに認められる為には清廉たる王になる必要がある。

 単に正義感だけではない。合理的な理由がそこにはある。


 むくれるツバキにレイは言葉を投げかけた。


「だから行かせてほしいな、ツバキ。」


「……そんなこと言われたら、止めらんないよ。」


「ありがとう。立会人を頼むよ。」


 それを聞いたシーニャは嬉しそうな表情で急かす様に言う。


「決まりですね。さあ。さあ!」


 やはり、恐らくは戦わねば満足しないだろう。

 ここで拒否してしまえば納得できずに終わる。ガス抜きはしてやらねばならないし、そして何より。

 

(僕自身の実力を、彼女に証明しないときっと彼女の心は付いてこない。)


 シーニャは聡い。これからこうと決めたなら、きっと形式上は部下のままであるだろう。だが、それでは足りぬのだ。彼女に、心からレイを信頼して貰わねばならない。

 そして同時に、シーニャには『レイならば王となる』と安心を与えたい。この実力を以て虚栄でないと見せねばならないのだ。

 彼女は金にも名誉にもなんら興味が無いのならば、この戦いは必然であるだろう。


 レイは腰のレイピアを抜き、右手に持って構える。

 シーニャは詠唱を始めると、周囲を俄かに風が吹き乱れる。


 「それじゃあ、はじめ。」


 柔らかなツバキの声を皮切りに、月明かりの下で決闘が始まる。

 烈氷の剣姫と鎌鼬。共に、経緯こそ違えど二つ名で呼ばれていた。

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