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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
4章 鎌鼬
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第12話 秩序の檻

「こんばんは、レィナータさん。」


「シーニャ……!!!」


 シーニャ=クルス。

 魔法学の授業ではレイとラミュマすら超えた点数を叩き出した、平民生まれの少女。


 この一週間、彼女と暮らしてレイは、ややあどけなさが残りながらも勤勉な子だ、という風な印象を抱いていた。だが、今は違う。強化魔法による斬撃で肩を負傷しているのに、まるで恍惚とした表情で佇んでいる。返り血を指の腹でなぞり、それを人並み以上に長い舌で舐め取った。まるで妖艶にすら感じられるその表情は、あどけなさなど微塵もない。


「シーニャ……!なんで、なんでこんな事をしたんだ!ラミュマと一緒に居る時の君はあんなに楽しそうだったじゃないか!!」


「ふふ……。なんで?うーん……なんででしょう。

 虫は光へ向かわねば生きていけないでしょう。私も、それと同じどうしようもない本能、サガなんです。」


「……話を、する気はあるか。」


 レイは駄目元でシーニャに言葉を投げかける。

 対話の道が残されているとは思っていないが、それでも言葉を交わした事実が欲しい。だが、その答えはあまりに想定外のものであった。


「えぇ、いいですよ。」


 なんとシーニャは、レイの問いに素直に答えると返したのだ。

 昼と変わらない、優しげな表情にころりと切り替わって。 隣で警戒していたツバキも、それには驚いた様子だった。


「シーニャ。君は何故こんな事をした。いいや、そもそも何故此処に居る。」


「砦を越えるため。魔物と出会う為。」


「何故だ?魔物に心酔したのか、それとも知的好奇心か。」


「魔物と、殺し合いたいから。」


 考える様子もなく、するすると流暢に、何一つ躊躇いなく答えていく。トチ狂った答えに淀みの無いその様は、どうしようもない彼女の歪みを感じられた。


「聞かせてくれないか。なんで、そんな事をしようかと思ったのか。」


「はい。良いですよ。」


 企みがあれば本来濁すような質問でさえ、シーニャは一切ニコニコとした表情を崩さずに話し始める。


「私、クルスの村っていうところの出身なんです。

 そこは田舎でありながら、多くの食べ物を作っては王都へと輸出する大切な役割を担っています。私も、農家の子供です。」


 フーニカール王国は王都周辺に大侵攻がやってくる都合上、国内での食糧を自給するには魔物が襲来しない王都より離れた場所で酪農を営む傾向にある。中でもクルスの村は有数の大規模農村として知られていた。


「ある夜、畑の様子を見に出ると痩せ細った狼が2頭、畑を荒らしていたんです。

 ああいえ、魔物ではありません。ただの獣です。それに気付いた狼達は逃げる訳でもなく私に襲い掛かりました。

 その年は寒波で例年よりも冷え込んだ冷夏となり、山や森も食べ物が少なく、獣害も多かった。私達もまた、畑の農作物の半分以上が不作になる大被害を受けていました。」


「それは……。」


 その年には覚えがある。レイが辺境伯として就いた3年後のことだ。

 ウズの村も農耕は盛んであるが故に、その農作物の成果が芳しくなかった事を覚えている。ただしウズの村では魔力で土地を弄る研究を行っており、その内冷害に対する備えをした畑を作っていた。

 それと併せて大河を利用した流通を発展させる事で解消し、逆に高騰した相場の中で一定の供給を続けて発展の一助とした。だがそれは偶然にも立地と間が良かっただけに過ぎない。もしも1年前に寒波がやってきていれば、ウズの村もまた同じく惨事となっていた筈だ。


 だが、それだけではいまいち今のシーニャへと繋がらない。


「狼達は、必死だったのです。本来肉食であるのに穀物を食う。ああしなければ死んでいたから。

 私は大怪我をしました。右肩の肉を噛み千切られ、死ぬ一歩手前に村の自警団に助けられたようです。回復魔法使いの力もあり、どうにか一命をとりとめたのです。」


「それは気の毒だったが、それとこれにどう結び付く。寧ろ、戦うのが怖いだとか、そういうのになるんじゃないのかい。魔物は単なる獣以上のバケモノだぞ。」


「違います。」


「違う?」


 思いがけない返答に思わず聞き返す。

 違う、とは何が違うのか、その対象が何なのかが分からない。


「狼たちは、生きる為に畑に忍び込んで貪り食い、私に見つかったから襲い掛かった。穀物よりも私の方が栄養価が高いから。本来の食べ物だったから。そこにあったのはただ、生きるという意思であり足掻きでした。

 そう、美しかった。

 ただ、生きるために死と生態にすら抗うその様を、そして私自身の死が直ぐ其処にあり全てが無くなってしまう破滅感と、その死が他者により齎される興奮、そして死に向かい行く自分自身!!」


「……っ。」


「それから私は、死に近付く限界ギリギリの境界線こそが生物にとっての最も美しいものであると感じ入り、私は再び殺されたかった。殺し合いたかった。それに抗う為の術を磨いた。

 私にとってそれは魔法でした。風魔法に適性があったお陰で、魔物とも戦える。だからハーヴァマール王立学院への招待を受けた。」


 シーニャはすらすらと自分の境遇を、思いを語る。そこにはまったく悲しみなど滲ませておらず、お気に入りの玩具を自慢する子供のようだ。

 鋭い眼光を放つレイを相手にも一切たじろがず、まっすぐに目と目を合わせて話していた。


「私は魔物と殺し合い、死ぬ為に此処までやってきたのです。」


 彼女はこの国の、この世界の価値観において、どうしようもない程に狂い果てている。

 シーニャ=クルスは全て、魔物と殺し合う為だけにハーヴァマール王立学院に入学した。他の感心はなく、ただそれだけを求めて特待生制度を利用したのだ。


「シーニャ。じゃあ、あの盗賊団を殺したのは?」


「魔物生息域に向かうには砦を超える必要があります。ただ上を飛んでいけばいいという訳でもなく、飛んでいる所を王宮騎士の皆様に見られると厄介です。

 だから空を飛んで山を越えて、学院から一番近い第四砦跡で様子を見ようとしたら盗賊団が居たんです。人質を取ってたので、殺してもいい人間だと思って殺しました。

 あの子が助かったのは良かったけれど、そのせいで砦付近に警備が厚くなってしまって困っていたんです。」


「レ、レイ様……。この子、おかしいよ。」


 悪人とはいえ殺した事を歯牙にもかけていない。見ず知らずの誰かが助かって喜んでいる常識性を持ち合わせているのに、人を殺す事に一切の忌避感が無い。罪を感じていないというよりも、そもそも何も感じてすらいない。

 様々な人間を見て来たツバキにとってもはじめて見る存在であり、いずれの理から外れた異常者だった。

 あまりにも危険だ。人の常識の中に収まる存在でない。その力もだ。


(……いや。おかしくないか?)


 レイはひとつ、引っかかった部分があった。


 人間とは本来、ある程度同種である人間を殺す事に忌避感を覚えるものだ。そして、そのタガが外れてしまったのなら『死ぬもの』『殺すもの』という選択肢が入ってしまうかもしれない。


 だったら、何故だ?何故困っているんだ?

 殺す事に躊躇が無いのなら、不意討ちで王宮騎士を殺してしまえばいい。

 騎士殺しは重罪だ。当然極刑に処されるだろう。

 だが、即座に魔物生息域に逃げ込むのなら王国側とて深入りはしない。いつか王都に帰ってくるなら逃げ場が無くなるが、そもそも帰る気が無いのならそれは抑止力になりえない。


「シーニャ。君は狂っていると僕は評する。」


「はい。分かっています。」


「その上で聞くよ。じゃあ、なんで騎士を殺さなかったんだい?」


 レイの推測した理由はふたつある。


 ひとつは家族のため。

 だがそれは、シーニャの魔法の才であればいくらでも正体を隠したまま突破するのは可能なように思えた。故に、それは違うだろうと判断する。

 そして、もうひとつは――。


「え、だってみだりに殺すのは良くない事じゃないですか。」


 『シーニャ自身は社会秩序を理解しているし、遵守している』という歪みだ。

 ……その言葉に、ツバキは不思議そうな顔をして、そのままの疑問をぶつける。


「でもそれって、おかしいんじゃ?シーニャは殺す事にためらいはない。じゃあ殺していいんじゃないの?」


「駄目ですよ!みだりに殺したら、社会が崩れます。ましてや騎士さんは、王国の為に警備してくださっているんです。そんな事しちゃいけません!」


「えっ。……は、あの、え?」


 理解は難しいが、理屈は簡単だ。

 シーニャは聡い少女であり、自分自身が殺す事には忌避感も無いし人間を殺しても構わないが、それで社会基盤に影響を与えるのは避けようとしている。

 殺す為の才能も知略も持ち合わせているのに、それでも社会を守る為に殺人鬼には成り下がらず留まっている。


 さしずめ秩序の檻だ。彼女は謂わば、この狂った衝動の持ち主でありながら善き人間で在り続けようとしている。

 社会に在る限り正常で居るしかないのは喜ばしい事だが、それと同時にいつまでも自身を晒け出せない悲劇とも取れる。

 この国に彼女の力を振るえる場所は無いだろう。魔法使いは前線に置かれる事はなく、シーニャの理想たる殺し合いなどは望むべくもない。


「マルアードくん……あの男子生徒にはなんで襲い掛かったの?」


「なんにもできなくてつまらなかったから、一人ぐらいならいいかな…って。

 でも、殺す気はありませんでした。近くにレィナータさん達が居ましたから介抱してくれるでしょうし、この隙に警備がこちらに回って薄くならないかとは思いましたが。

 予想外だったのは、レィナータさんが氷魔法で撃ち抜いてきた事です。授業の時よりもずっと射程が長いんですね。」


「シーニャ。君は、それほどの知恵と力を持っていながら魔物の群れに自分から飛び込もうと言うのかい。」


「はい。私は邪魔でしょう。これからたかだか一人の生徒が行方をくらませてしまう。それだけの話です。

 こうなってしまっては、私は素直に言って魔物生息域へと追放する方がずっと早いと思って、今レィナータさんに話しています。

 貴女の極めて優れた知性と眼は少し会話をしただけの私でも分かります。きっと貴女はそう判断する。」


 シーニャは自分自身が異端である事を誰よりも理解している。

 これは、ある種の自殺だろう。

 その自殺を最高の形で終わらせようとしていて、心底楽しんでいるから悲壮感が無いだけなのだ。確かに彼女は狂人だ。されど彼女はその歪みに向き合った結果、その歪みからは逃げず、その歪みのままに死ぬと決めたのだ。どこにも居場所がない事を誰よりも彼女自身が分かっている。


 レイは、シーニャの最後の言葉を一人復唱する。


「『私は邪魔』、か。」


 レイは自分自身に仕える前のメリアス、サリー、ツバキの3人を思い返す。この国全てに見捨てられ、レイの元へ流れ着き、共に殺されようとしていた3人を。

 それと何が違う?目覚めてしまった本能に人は抗えない。社会に認められないと分かっていても、3人を愛してしまった僕と何が違うのか。何故、それで死を選ぶしかなくなってしまうのか。


「そうか。」


 決めた。僕は、


「今のままでは君の本性を扱えない国であるというなら、君を活かせる国を作る。」


「……レィナータ、さん?」


「僕が王になり、君を大侵攻の時に最前線に置く。君を無為に死なせるには惜しい。こんなところで死ぬぐらいなら、僕の臣下にならないか、シーニャ。」


 君を救う。

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