第11話 月光の下で
この山は人が入る事はない為、山道なども当然存在しない。よって、必然的に道なき道を突き進む事になる。
ツバキは元より旅をしていた為に、野山を歩くのは手慣れたものだ。レイとメリアスも彼女によりカトラ山を登るのに何度も付き合わされていた為、案外に軽く登る事が出来た。それどころか傾斜も随分緩やかで登りやすい。
だが、マルアードにとってはそうではないようで。
「うわっ蜘蛛の巣!おお、次は何かを踏んだぞ!」
思えば、彼は都会暮らしの王侯貴族の子。山登りの経験など持っていなくて当然だ。
「マルアードくん、大丈夫?」
「な、なんのこれしき……。」
心配したツバキが声をかけるが、マルアードはタフネスだけはかなりのものであるようで、不慣れながらもなんとかついていっている。
腰に備え付けていた短剣で細かい草木を切り払いながらどうにか後を追う。
「流石は学院騎士団の上級生……。厳しい訓練に耐えかねて辞めてしまう人も多いそうだ。」
「なら、彼を含め今残っているだけでも精鋭揃いなのですね。」
「はあ……はあ……。そういう、事、です、ねえ!」
呑気に話していたレイとメリアスの後ろから、草木をかき分けてマルアードが現れる。
平地の走り込みと登山では使う筋肉がまるで違い、平地を難なく走れるからと言って坂道で同じだとは限らない。ましてやこのような道にすらなっていない場所では尚の事だ。
半ば意地ではあるが、そんな中でマルアードは食らい付いている。これは中々に凄い。
「はっは!山を進むにも慣れて来ましたよ!」
そう言うマルアードの手には、いつの間にか自ら作ったらしい杖が握られている。木の枝を短剣で切り払い、作り上げたものだろう。
周囲は暗くなってきている中、マルアードも息は切らしているが気力は満ち溢れていた。
「寧ろ先に行かせて貰いましょうか!」
そう言うと気合十分に、筋力強化まで使ってレイ達よりも早くずんずんと進んでいく。
このガッツと対応力は見習わなくてはいけないかもしれないな、などと思っているといつの間にやらマルアードの背が見えなくなっていく。
「しかし、僕達もマルアードさんもずんずんと進んでいるのはいいけれど、ただ頂上に進んでも見つけられる訳じゃないような。」
「でも、山を全部見て回るなんて絶対に無理だしさ。それなら上まで登って、下を見渡した方がまだいいよ。」
一応、登る中で周囲を確認はしている。アジトの裏から登る中で、比較的登る事の出来るようなルートをツバキが探し出して登っている。また、木々の合間の薄い場所はそれぞれ何らかの痕跡が無いか確認をしている。
だが目の届く範囲には切り拓いたような跡もない。
大鎌を持っているという鎌鼬がこの山に登ったのなら大きく迂回をしているか、そもそもこの山には足を踏み入れていないか。
そもそも、大鎌を持ったままこの山を登る事が果たして出来るのだろうか?
「ねえメリアス。大きな武器を持ったままこの山を登る事は可能かい?」
「この道を通っても可能ではあるでしょう。数日が経ち、足跡などが消えている可能性もあります。
ただ、難しいでしょうね。」
「難しいって、登るのがかい?」
「ああいえ、行動するのが難しいというよりは、わざわざ山を登る必要がないという意味で。追われている身で逃げ込むというのならばともかく、余裕のある態度であったのでしょう。そもそも、この山に登る必要すらないかと。」
「なるほどねえ……。」
確かに、"鎌鼬"は笑いながら去っていったという。ならば山へ逃げる必要はない。とはいえ、この場所を確認する以外には他の団員と同じ方法になってしまう。
この山に登る際、メリアスが溜息をついていた意味が分かった気がした。無駄骨になる気がしていたのだろう。
「ぎあぁーっ!!?」
そんな事を考えていると、突如山の上からマルアードの叫び声が聞こえる。
「マルアードさん!?」
その叫び声の方向へと急いで突き進む。マルアードも最早ここには鎌鼬はいないと油断していたのだろう。僅かに離れた隙を突かれた。
メリアス、ツバキも伴うが、レイは強化魔法で跳び上がると一気に距離を詰めていく。
「!!」
「マルアードさん!!」
マルアードの傍に人影が見える。木々が月明りを遮り、僅かにしかその姿を視認できない。あるいは、結界魔法の応用から認識阻害をする魔法を行使しているのかもしれない。
レイは指先に氷塊を凝固させ、人影へと氷弾を撃ち込む。手加減は必要ないから、放出魔法の授業と違いただ高速で、そして長射程に人影を狙い据える。
すると不思議な事に、氷弾は人影を避ける様にして吹き飛んだ。
それと同時に人影はするりと木々の間をすりぬけ、まるで飛ぶように頂上へと昇っていく。
「大鎌など持っていなかったような……!?」
「でも、マルアードくんは鎌でやられてるよ!?」
メリアスは鎌を持っていなかったという。一方でツバキが診たマルアードの身体には縦に真っ直ぐに、右眼から胸、腹にかけて切り裂かれている。まるで鎌で一裂きでもされなければこの傷口はおかしい。
彼の手には剣が握られており、僅かに血が付着している所を見ると鎌鼬を相手に攻撃したのだろう。
だが学院騎士団の上級生である彼の上を行き、たったの一撃で戦闘不能にしている。異常なまでの戦闘力だ。
「マルアードさんが危険だ……メリアス、この山を下ってくれ。学院に直接向かった方が早い。サリーに見せるんだ。」
「しかしレイ様は!?」
「僕は鎌鼬を追う。」
「なりません!」「一人で駄目だよ!」
鎌鼬はメリアスとツバキにとって圧倒的な脅威だ。こんなにも目の前で行われたのに、まるで手口が分からない。
だが、レイには気にかかる事があった。
「大丈夫だよ。僕はメリアスの弟子だろう?遅れは取らないさ、信じてくれ。それに、鎌鼬をこのままにしておく訳にもいかないしさ。」
「…………っ。」
「さあ急いでくれ!マルアードさんが出血で死んでしまう!ツバキは僕について来てくれ!」
「うん!」
「…………ご武運を、お祈りしております!」
メリアスはレイの無事を祈りながら、意識不明のマルアードを背負い学院へと向かう。
レイとツバキは共に頂上を目指す。疾駆しながら、途切れ途切れにツバキはレイに尋ねる。
「ねえレイ様。鎌鼬の正体が、分かったの?」
「いや……どうだろう。ひとつ気にかかった事があるんだ。だが、だからこそ不思議で仕方なくて。それを確かめたい。僕の我儘でごめんね。」
「レイ様の我儘を聞くのがわたし達の仕事でしょ!死ぬ時までお付き合いするよ!」
「ありがとう。行こう!」
山の頂上は、木々が開けており見晴らしのよい場所になっていた。
今宵は月明かりが皓々と地を照らし、月の光が届く場所であれば、夜であるのにまるで暗さを感じない。
その場所にて、鎌鼬は立っている。
白いワンピースが見える。肩にはほんの少しの切り傷があり、マルアードが攻撃した際につけたものだろう。その箇所だけがワンピースを赤く染めている。
吸い込まれるような黒い瞳。
月光に艶めく黒い髪。
白いドレスは返り血に塗れ、肩にはマルアードの付けた傷が残る。
大鎌など持ってはいない。ただ、大鎌と同じ傷が残るだけだ。
「こんばんは。レィナータさん。」
「シーニャ……!!!」
そこに立っていたのは鎌鼬――いや。
特待生の少女、シーニャ=クルスであった。




