第9話 鎌鼬
クプラを破り、メリアスが勝利した。
この決闘においてはレイが勝利したという事でもあり、マルアードが近付いて来る。
「すまなかった。」
マルアードがレイへと頭を下げる。
王侯貴族の子息たる彼が頭を垂れるのは並大抵の事ではない。ただ決闘に負けただけならば、その勝敗を呑み込むだけだろう。
だがメリアスの圧倒的なその力を見た今は違う。女だからと甘く見た事を謝罪しているのだ。
「頭を上げてください。大丈夫ですから。」
実の所、こうやって女を排斥しようとするのは単に偏見だけとも言い難い。
腕に覚えのある女剣士は勿論レイやメリアスの他にもいる。だが、強化魔法への男の方が優れる傾向と身体能力の差異を考えた場合、どうしても劣ってしまうのは事実であるからだ。
この国における騎士は常に実戦へと駆り出される。その上で真魔と戦い、傷を負えば治す事すら出来ない。傷物となった女に貰い手が無ければ、一生を腫れ物扱いで過ごさなければならない事もあるだろう。
マルアードもそういった思いやりが、多少なりあった。
勿論女の身で、と思う気持ちが無くはないが、それ以上に王女という立場で前線に出ようとする事を拒否すべきなのは、有力貴族の考えとして当然とも言える。
レイはそれらを承知の上でここに来た。だからこそ摩擦も起きる事は覚悟していたし、これが単純に決闘という形で実力を証明できるのならばそれでもよいと考えていたのだ。
「さて、決闘は終わったが日も暮れた。今日は此処でメシを食うか。」
ロウェオンが皆へとそう呼びかける。
砦に詰めている間、限られた食糧から食事を作るのは従卒、あるいは従騎士の仕事だ。ここに居る者達は一握りの精鋭を除けば王宮騎士団の従騎士・従卒から始まる。
その時に向け、炊き出しの要領で食事を手早く仕上げてしまえるようにと自ら食事を作る事はままある。これも鍛錬の一環だ。
そこへサリーが申し出た。
「あ、お手伝いします。本日シチューを作っていたので……。それをベースに継ぎ足して、全員分作ってしまうのはどうでしょうか。」
「レィナータの従者か。ふむ。分かった。ならば手を借りよう。」
そうしてサリーのシチューをベースとして、様々な野菜を切り揃えて新たに煮込んでいく。
皆もサリーのように料理人として繊細な手つきではないながら、手早く食べやすい大きさへと切り分けていく。
とはいえ手は足りているようで、空いた手の者はメリアスに詰め寄せ、熱心に質問を投げかけている。それに対してメリアスはその口下手さからぎこちないながらも、自身の技の事であるからか答えるのに困ってはいない。特に熱心に質問をしていたのはウィスタリアであった。
質問攻めにされるメリアスに苦笑いしながら、レイはロウェオンに問いかけた。
「兄上。そう言えば、第一王子殿下はいらっしゃらないのですね。」
「ああ、アクシャーダか。奴は今、西部…ハイシオーグ地方に視察に出ている。」
王子王女は学院在学中に1ヶ月から2ヶ月程休学し、外の世界の見識を深める為に見て回る。各国の王や王子と交流を行う事もあるそうだ。
この間は国の代表ともなる訳だから、決して遊んで回る訳ではない。いずれレイも出る事にはなるだろう。
「それは…大変ですね。」
「なんだ。一発顔をひっぱたいてやりたかったか?」
「いえ、そういう訳では……。」
ロウェオンはからからと笑っている。そういえば、彼は友人であると言っていた。そうでなくとも団長と副団長なのだから、親しい間柄ではあるのだろう。
「しかし確信した。奴は、メリアスは冤罪だな。」
「!」
「アレを止められる騎士など居るものか。もしも罪が真であれば、アクシャーダはとうに死んでいる。」
ロウェオンはメリアスの人となりを知る訳ではない。かつてメリアスの同胞であった騎士達のように全幅の信頼を寄せているからこそ庇ってもいない。
ただ、事実を淡々と考えたのだろう。メリアスが本当に殺すつもりであれば、第一王子アクシャーダが無事で済む筈がないと。
思えば、この決闘はロウェオンが焚き付けたも同然のものではあったが、その一方で決闘従士、つまりメリアスが戦う様子を見る事は出来るのはマルアードの提案であり、ロウェオンの言ではなかった。
単純にメリアスの剣技に興味があったのもそうだろうが、その剣技を計る事でメリアスが本当に第一王子暗殺を企てていたかを見ていたのだろう。
「しかし惜しいな。レィナータの部下でも無ければ俺の下で好き勝手に暴れさせていたものを。」
「あげませんよ。」
「いらんいらん。俺は横恋慕など趣味ではない。」
「へあ…………!?」
「しかし貴様も豪胆だな。三人全員を娶るつもりか?」
「え、あ、え、兄上!?」
確かに舞台ごと凍らせてしまうほどの怒りは、ただ従者を危機に晒したというだけではやりすぎであるのは間違いない。
だがそこから僅か一週間程でレイの慕情へと気付くものか。やはり彼の目ざとさは莫迦にならない。
「そ、そ、そ、それは!」
「まあそれは良い。話があってな。」
「良くないです!」
「任務の話だ。クプラ殿が学院騎士団に訪れていたのも、その要件でな。」
その言葉を聞き、動揺した心を落ち着かせて一度咳払いをすると、どうにか平静を取り戻し、相槌を打つように聞き返す。
「任務、ですか。」
「クプラ殿!少し良いか!」
メリアスに小突かれながらも談笑していたクプラがこちらへとやってくる。どうやら彼とメリアスは既知の仲であったようだ。
「はい。お呼びでしょうかロウェオン様。」
「"鎌鼬"事件の概要をレィナータへと先んじて教えてやってくれ。どうせ後で話すがな。」
「"鎌鼬"?」
クプラから話された話はこうだ。
数日前、王都に住む十四の商人の娘が誘拐された。犯人はフーニカール国外では名の知れた野盗の集団。どうやらこの国へと逃げて来たようだ。
『王宮騎士団や自警団に話せば娘を殺す。』と書き残し、それと同時に金品を要求してきた。
内密に自警団に相談するか、それとも私兵を雇うか、あるいは素直に要求に応じるか。懐具合も余裕のあった商人は、娘の為に金を渡す事にした。
自ら雇い入れた用心棒と共に、取引場所まで向かう。だがそこには、娘がただ一人で血まみれで立っている。
商人は驚いて彼女を心配したが、その血は全て返り血だ。彼女は続けて、震えた声でこう言う。
『まるで鎌のように長く、そして鋭利な刃物で、次々と野盗たちを斬り伏せたようだった。』
野盗を残らず皆殺しにすると、高笑いと共に根城から去っていった。
彼女は助けて貰ったというのに、恐怖からか震えが止まらない。
娘を助け出したという功績と共にその異常性から危険人物であるとして、"鎌鼬"の呼称。この人物の身元を捜索している。
「………なんとも、不気味な事件ですね。」
「ええ。そこで、今回学院騎士団の手も借りて捜索に当たろうかと。王宮騎士団からも私をはじめ、数人が駆り出される予定です。」
学院騎士団としての初任務がこれであるとはなんとも物騒ではある。魔物とはまた違う不思議な事件に、ぞくりと背筋が冷えるのを感じた。
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