第8話 圧勝
「はっ……なっ……」
マルアードからすればそもそも、レイと同じく女の騎士が出て来た事自体不可思議であるのだ。
それがさらに、皆に教える立場であるという。
「ふざけるな!貴殿が我々に教えるだと!?」
「はい。その通りです。皆様は我が主、レイ様の御同輩です。貴方達が強くなるという事は我が主の利ともなります。
我が言が聞くに能わぬと決まればそれで良いでしょう。ですが、騎士を目指す者としては何であっても吸収すべきだと私は考えますが。」
メリアスはクプラから目を話さぬまま、淡々と喋り上げる。
彼女は話す事が苦手だ。相手の感情を推し量れないからだ。
だがその一方で、自分の技を教えるのが苦手という訳ではない。事実、レイはメリアスに鍛え上げられて強くなった。
この場に居る者はマルアードすら、騎士となり魔物と戦う事にひたむきである者達だ。
メリアスの技を見て無碍にする者はいないと信じていた。そして、自らの技を見て少しでも成長の糧としてほしいと願っていた。
自分には相手にならないのだと虚仮にされているというのに、クプラは怒りすらしない。むしろ、全神経を集中させている為か冷や汗が額を伝っていく。
その様子を見て、上級生たちも何か様子がおかしいと気付きはじめる。
メリアスが話し終わる頃、言葉尻に合わせてほんの少し義肢である右足に隙を見せる。
勿論、クプラはそれを逃さない。敏捷強化と共にメリアスへと駆け出した。両足と両手に同時に緑の光が強く輝いており、学生の放つものの比ではない。即ち、その効力も格段に跳ねあがる。
「ゼリャッ!!」
右足を軸にほんの少し傾いた身体へと向け、猛烈な一撃を繰り出す。あくまでもスピード上昇のみの効果であるにも関わらず、空を切る音はその絶大な一撃の威力を証明する。
だが、メリアスはそれを動揺するそぶりすら見せず、剣を構えるどころか身体の方へと引っ込め、ただ僅かに上体を逸らすのみでその剣戟から身を躱す。
身体能力だけならば、今この瞬間メリアスよりも強化魔法を行使するクプラの方が遥かに上であるのは誰の目にも明白だ。であるのにメリアスはその回避に淀みはなく、躊躇いもない。まるで躱す事が当然であるかのように回避する。
だがクプラもただ攻撃を失敗して終える訳ではなく、剣の一撃はそのまま次の一撃に繋がっている。振り下ろした剣を引く事はなく、そのままメリアスの身体へ目掛けて斜め上へ切り上げる。
メリアスはその攻撃を、今度は身体に沿わせるように構えていた木剣により剣身にて受け流す。クプラの一撃は木剣を滑り、メリアスへ届く事はなくそのまま空を斬る。
「……!!」
はじめからそう来ると分かっていなければ、強化魔法抜きで木剣による構えなど成立する筈がない。
この場に居るのは只人でなく、騎士を目指す者達のみだ。それも"なあなあ"と適当にやっている訳ではなく、この国の為、民の為、家の為、あるいは愛する者の為に鍛錬に打ち込んでいる、この国で最も王宮騎士に近い者達だ。
だからこそ、彼らにはメリアスのその隔絶した実力が理解できる。この二連撃の応酬でそれを汲み取れるのもまた、彼らの努力が真である証左だ。
「良いですか。」
彼らの意識が彼女の実力を認知し始めた時、メリアスが再び口を開く。
「戦いにて最重要なものは、"起こり"です。」
その間にも猛然と斬りかかるクプラの斬撃の全てを躱し、いなし、受け流す。
最早女の身だからと話を聞こうとしない者はいなかった。
「相手の隙を見て打ち込む一撃には必ずきっかけがあります。剣先の動きであったり、手の僅かなブレであったり、ほんの少しの踏み込みであったり。
それを見て、次の一撃を可能な限りに想定する。そうすれば、躱せないものなどありません。」
その言葉に反して、クプラの斬撃のひとつ、袈裟斬りが途中で急停止し、上への切り上げへと変わった。その瞬間にだけ敏捷強化の光が弱まっており、入学試験でウィスタリアが使った斬撃と似た原理によるものだろう。
だがメリアスはそれすらも難なく躱してみせた。
「攻撃の途中でフェイントを仕掛けて別の攻撃を企てるか?またそれはどのタイミングが有用であるか?全てを理解していればこそ、不可能ではありません。」
クプラの連撃が僅かに遅くなる。剣を振るのにも体力は使うし、無呼吸で行える訳ではない。人間だって生き物である以上は、魔法を行使していてもその攻撃に波はある。
メリアスはその間を見逃しはしない。瞬間、クプラの背を打つと前のめりに倒れ込んだ。
「一本!メリアス!」
その一撃は誰の目から見ても有効である。ロウェオンがそれを一本と判定して、それに異を唱える者など誰も居ない。マルアードさえもだ。
再び開始位置へと戻る。メリアスは達成感のある顔をしている訳でもなく、一方でクプラは悔しさを滲ませながらも驚きはないようだった。
二本目が始まる。次は、メリアスはクプラの攻撃を受ける訳でなく話し始めた。
「次は攻勢について。今度は必要であるのは、相手の隙をただ伺うだけでなく、それをどう突き崩す事が出来るのか。
自身の持つ攻撃は勿論のことですが、それ以外からも考慮できれば尚素晴らしい。」
クプラは襲い来るであろう一撃を警戒している。既に両手に青い光――耐久強化を重ね、メリアスの一撃を受け止めようとしている。
「今のクプラ殿を崩すのに必要なのは何か?攻撃を突き破るような一撃か?違う。確実に狙いすます一撃でしょう。
であればウォーハンマーや馬上槍、両手剣ではない。レイピアや細剣が望ましい。槍では駄目だ。きっと彼には掴まれてしまう。」
今メリアスが持っている武器は木剣でしかないのに、そこまでの思案を詳らかにする。
「打ち込む一撃はただ青い光を躱せばよいのか?それも違う。例えば単純に足を狙えば耐久強化からは遠いが、それを狙っているなど彼ほどの騎士であれば承知のこと。
今私が持つ武器は木剣。であれば――。」
メリアスが駆ける。
それに向けてクプラは構えているが、彼との体重差や強化魔法の有無を考えれば、たったの一度弾いてしまえばメリアスの木剣を破壊して勝利を掴めるだろう。
「ヤッ!!」
メリアスが狙ったのはクプラの左肩だ。それに完全に対応しており、クプラはメリアスの剣に合わせて防御をする。
だがその瞬間、メリアスの攻撃は肩を狙った一撃から変動し、木剣の柄頭で肘を殴りつける。耐久強化を使っているのだからびくともせず、受け止め切る。
それを弾いて勝った、と思った次の瞬間、肘を殴りつけた反動でメリアスが態勢を崩す、のではなく。その反動をバネに回転をし、回転撃へと変わるのに気付く。
クプラは咄嗟に右側へとガードを固めるが、メリアスは自身が回転をして背を向け、クプラから一瞬の死角が生まれた瞬間に自らの脇腹の横から後方へ向けて突きを行う。固めたガードの隙を突き、クプラの鳩尾に突き刺さる。
「かっ…………はっ。」
誰が見てもその力の差は歴然であった。しかし、騎士クプラが弱いなどと思う者は誰一人としていない。
「二本!メリアス!…………うむ。レィナータ側の勝利!」
強化魔法という差があれど異常なまでに強く、全てにおいて一手二手と先を行っている。
レイが入学試験で辛勝を収めたのとは訳の違う圧勝だ。
「少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。」
メリアスのこの言葉は皮肉など欠片もない本心だ。そもそも彼女は、自嘲以外に皮肉を交えて話すなどという器用な事は出来ない。
だが彼女の強さを今や認めた騎士団の面々すらも、「できるか」と内心突っ込みを入れてしまっていた。




