第7話 教鞭
1
レイが自室に戻ると、ちょうどシャワーを浴びたばかりのツバキが出迎えてくれた。
「レイ様おっかえりー!今日はシチューだよっ!」
「おかえりなさいませ。」
「今日は顔合わせだけと言っていましたものね。夕食の準備は出来ておりますよ?」
今日の夕食はサリー特製のシチューであるようで、扉を開けた途端にいい匂いが鼻腔いっぱいに広がるのが分かる。
腹が鳴りそうになるのを抑えながら、メリアスに話しかけた。
「それがまだご飯という訳にはいかなくてね。僕の入団を認めない上級生と決闘従士をする事になったんだ。」
「えっ!?それはなんとも…酷いですね。」
サリーが驚いた声をあげるが、彼女は男尊女卑な騎士社会を知らない故にだろう。
逆にそれを知っているメリアス、王都で情報収集を行っているツバキには疑念の欠片すらない。
「じゃーメリアスが出るの?」
「まあ、そうだろうな。今からでしょうか?」
「うん。悪いけど出てくれる?」
「レイ様の御言葉とありましたら、勿論です。」
そう聞いたメリアスは立てかけていた木剣を腰に差し、ペチコートの上から腰布を巻く。
その間に夕食をすぐには取らないと分かったサリーはぱたぱたと忙しそうに食器を片付け、シチューの大鍋に蓋をして布をかけていた。
「わたしたちも見に行っていい?メリアスが戦うの見たい。」
「いいんじゃないかな。あっちからすれば勝てる気まんまんみたいだし…。」
「でも、メリアスちゃんって魔法使えないのよね?大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。」
「でも、相手は使ってくるんでしょ?本当に……」
「問題ない。」
自信に満ち溢れたような、もしくはそれを当然と思っているからこそなんとも思っていないような口ぶりでそう答える。
サリーはそんなメリアスが心配で仕方ないようだ。強化魔法も使わなければ単純に肉体の能力が遥かに劣る為、その心配も仕方のない事ではある。
2
レイが自室までメリアスを呼びに行っている頃、マルアードが自分の従者を連れて来たようだ。
「一体何事ですか。」
「決闘従士ですよ。私の従者として貴殿を出したいのですが、よろしいですか。」
そう言って連れて来たのはなんと現役の王宮騎士だ。
おそらくは彼の生家であるビヴリンディ家と縁故のある者なのだろう。
「なっ!?きたねえぞ先輩!」
抗議したのはバリガンだ。確かに王宮騎士までも駆り出すのは従者とは言い難い。
だが、それに対してもマルアードは反論した。
「彼……クプラ=オリマジアは我がビヴリンディ家で抱える騎士の一人だ。つまりは、俺の従者としても何ら問題はないはず。
一体なんの問題が?」
「いや…坊ちゃん流石にそれは。」
どうやら騎士クプラの方は狡いと思ったようで異を唱えようとする。だが、それをロウェオンが制止した。
「良いんじゃないか。自らの家で抱える騎士を出すのは何もおかしなことではない。クプラ殿も戦う事自体に拒否感を抱いている訳では無かろう。」
「それはそうですが、不公平ではないでしょうか。」
「その判断は相手を見てから決めても良いんじゃないか?」
ロウェオンの口ぶりに、バリガンが不思議に思ったようでウィスタリアにぼそりと耳打ちをする。
「なあ。ロウェオン様があんなに自信満々に言い放つぐらいにレィナータの従者は強えのか?ウィスタリアは知ってるか?」
「ああ……まあな。」
そう話していたと同時に扉が開く。レイだ。
その後ろには3人の従者が続き、メリアス、サリー、ツバキと入ってくる。
「兄上。うちの従者が戦いを見届けたいと言っているんだけど構わないかな。」
「観客の多寡に左右される程度でその実力が変わる者達ではない。構わん。」
ロウェオンがそう話す中、騎士クプラの目はメリアスに釘付けになる。
「………………貴女は。」
「お久しぶりですね。クプラ殿。」
メリアスは元王宮騎士団だ。騎士クプラとも面識があったのだろう。
罪を受けた証である『罪人の首輪』と共に、その瞳を見た彼は一切の衰えが無いと確信した。
「……この決闘、マルアード殿の従者として受けさせていただきます。」
「おお。そう来なくてはな。」
メリアスを知らないマルアードやバリガンは、メリアスが出るという事実に驚きを隠せないらしい。
女の剣士を連れてくるとは思わなかった上級生や新入生には同じく驚きが回る一方で、メリアスがアンテノルの従者を制圧したと知る一部の者だけは彼女の強さを知っている。
だが当のメリアスは露知らぬ顔で、まるで興味を向けていない。それよりも学院騎士団の内装に気をやっているようで、きょろきょろと見回している。
「よし、外に出よう。日も暮れるがランプがあるから気にしなくともよい。」
ロウェオンに連れられ、皆が外の訓練場に移る。
武器は砦の中から選んできたようだ。両者共に木剣を選択した。レイは魔法を使わない分同じ武器ならば体格差によるリーチと身体能力の分で不利になってしまうのではと思ったが、何より彼女の強さを知るレイが心配をしている筈もない。
両者が初期位置に着く。その距離はおおよそ五歩ほど。
騎士クプラが剣を構える。中段に両手で構えているのは、実戦での経験則に基づくものだ。その気迫はこの場で見る者たちにとって彼を実力者と確信させるものであり、また王宮騎士という憧れでもある。
一方でメリアスは木剣をだらりと下げたまま構えていない。その姿勢からは、まるで強さが分からない。
「入学試験と同じルールで良いだろう。木剣だしな。では一本目、はじめ!」
ロウェオンの一声と共に決闘が開始される。
騎士クプラはメリアスをじっと睨み付けて動かず、メリアスはだらりとした姿勢から何一つ動かない。
そのまま一秒が過ぎ、五秒が過ぎ、十秒を超え、三十秒にもなる。
言葉すらなく、ただ視線の応酬が続いていた。
「な、なあ。なんで二人とも動かないんだ?」
不思議そうに周りに聞くように、バリガンが尋ねる。それに答えたのはレイだった。
「動かないのはメリアスだけだよ。あのクプラ殿は動けないのさ。」
「動けない?」
騎士クプラは決して何もしていない訳ではない。絶え間なくメリアスを観察し、ほんの少しでも隙を見出そうとした。
前に出した左足のつま先。義肢である右脚。木剣を握る拳。空いた左手。メリアスの瞳から、体幹の僅かな重心に至るまで、くまなくだ。
だが、それら一切に打ち込むべき場所が見当たらない。
即ち、動けない。下手な動きをすれば自分が逆に打たれてしまうようにすら思う。
それが真実であるかは分からない。今のメリアスが魔法を使えない事は重々承知だ。だが、メリアスの剣技を知る者として、その圧倒的なまでの技が脳裏にこびりついている。
メリアスは姿勢を変えぬまま、クプラを見据えたまま。呼びかける様に話し始める。
「レイ様。」
唐突に名前を呼ばれ、レイは少し驚くも短く返事をした。
「それに、学院騎士団の皆様も。このような機会を頂き恐悦至極。故に私が皆様にお贈りできるものがないかと考えましたところ……。」
メリアスにとって、これは決闘ですらない。
「我が思案を少しばかり皆様に披露する事で返礼としたく。」
都合のいい、教鞭を振るう機会でしかなかった。




