第6話 学院騎士団
1
入学から一週間が経つと、新入生にクラブ活動が解禁される。
生物部や商業部等の一般的なクラブから魔法研究部、魔導器開発部といった授業外でも魔法を研究しやすくなる特権の与えられたクラブまで存在している。
学院騎士団も諸般の事情を抜くとこのクラブ活動の枠組みである。
その為、このクラブ活動が解禁されてからがレイをはじめとした新入生が学院騎士団へと足を踏み入れられるはじめの日でもあった。
「んじゃあ行くか!」
バリガンの呼びかけと共に、レイ、ウィスタリア、バリガンの3人が学院騎士団が根城としている学院敷地内の建物へと歩いていく。
遠巻きにはそれまでも見ていたが、まるで砦のような古びた石造の建物だ。学院はどこも綺麗に維持されている為、ひどく浮いて見える。
学院の中でもほど高い建物で、螺旋階段の先にある最上階ではこのハーヴァマール王立学院全体が見渡せるだろう。砦の前には訓練場もある。
数人の生徒が同じ建物に向かっているのも見えた。
レイ達と同じく浮足立っている新入生、慣れた足で向かう二年生、三年生は一目で分かった。
「新入生は他にも結構居るみたいだね。」
学院騎士団は王宮騎士になる為の最善の道だ。
戦貴族の子は揃って騎士を目指すが、その為に必要な経験を得るためには学院騎士団にて鍛錬や任務を受けていくのが近道となる。
それだけでなく、王宮騎士団へのツテも出来る場合がある。卒業後に王宮騎士団に配属される際にも、従騎士や従卒ではなくいきなり騎士として正式採用される事もある。
入るべきというよりは、入らない理由がないと言ってもいい。
「俺達も負けてはいられないな。」
だからこそ入学試験で皆力を見せたがるのだ。学院騎士団からしても、有望な者は即戦力として用いたい。
2
「よくぞ来たな、騎士の卵の諸君。俺は副団長のロウェオン=フォン=カルラシード。」
新入生たちの前に立ったロウェオンが軽く挨拶をする。
新入生はレイを含めて35人。その中にはウィスタリアやバリガンは勿論、アンテノルに卑劣な行いをされた者など見知った物ばかりだった。
ただしアンテノル本人の姿はない。まあ、彼の剣ではここに立つのは難しいだろう。
「お前達35人を学院騎士団の団員として認める。これから団の一員として精々励むように。」
兄・ロウェオンにしては珍しくつつがない普通の挨拶をした。内心レイはここで何か難癖をつけてくると思っていたので身構えていたが、拍子抜けだ。
「それでは任……」
「お待ち下さいロウェオン様!」
ロウェオンを遮って、おかっぱ頭の生徒が声を挙げる。
「その……そこに居るレィナータは女ではありませんか。本当に入団を認められるのですか?」
そう言った男の身なりは、制服ながら整えられている。戦貴族は乱雑な装いの者が多いが、彼はそうではない。
そしてレィナータに難癖をつけてロウェオンに盾突く事が出来る時点で、相応の身分はあるのだろう。
言葉尻は丁寧だが嫌味ったらしい。その一方で、肉体は鍛え上げられておりハッタリではない。彼もまた、きちんと鍛錬に心血を注いでいる者の一人であるのは見て取れる。
「マルアード。貴様は不服か?」
「これまで学院騎士団で女が居たなど、ここ数年は聞いた無い事がありません。」
マルアードと呼ばれた男はじろりとレイを見る。
彼の言う事は間違っていない。これまで剣にてその身を成そうとする者は男性ばかりで、そもそも学院騎士団に入ろうとする者もいない。
強化魔法の扱いは男が向くのだから、男社会になるのは当然であり、こういった意見が出てくる事もある。
「レィナータ。こう言っているが?」
そうレイに問いかけたロウェオンの顔は、ほんの僅かに口角が吊り上がっているのが見えた。
(兄上め。これが分かっていて何もしなかったな。)
特段嫌がらせですらない。ロウェオンにとって面白そうだからけしかけているだけだ。
ロウェオンは、この学院騎士団内の空気をとうに知っている。それなりの立場の者が一人ぐらいは意を唱えるだろうと思っていた。
レィナータとしても、ここできちんと認めさせておかないと面倒だ。このような機会が来たのは寧ろ幸運と割り切るべきだろう。
「そうですね。ではこれまでの記録を確認し、過去に女性が在籍していないか確認しましょう。
この学院の設立以来ある活動です。一人ぐらいは女とて居るでしょう。」
「そのような事はどうでもよいのです。ただ私は貴女が認められないだけですから。」
なんともとりつく島もない。元よりそのつもりだったのだろう、レイを排除するつもり満々だ。
レイを認めない上級生と、女であっても構わないだろうと気に留めない上級生。そしてレイの強さをその身に染みて感じている新入生たちの間に、僅かに険悪な雰囲気が漂い始める。
「いやぁ~これは言葉で交わしても決まらんな。な!
よし、これはやはり決闘しかないぞ。立ち合いは俺が努めよう。うむ。仕方あるまい。」
その中で唯一楽しげなのは他でもないロウェオンだ。恐らくこうなるのも分かっていただろう。
やはり彼は多少なり先を見通す才覚を有しているようだが、その全てを武と楽しみに回しているらしい。
上級生たちはうきうきと準備をするロウェオンに若干引いている。
「しかしロウェオン様。単純な力比べでは俺に分がありすぎるかと。」
「そんなものやってみなくては分からんだろう。」
急遽決闘が始まりそうになり、マルアードが俄かに焦っている。
ロウェオンがこれほど生き生きとしているのは珍しいのだろうか、マルアードにとっても予想外であるようだった。一方でレイは、力を示せばよいのならそれでも良いと考えている。
「ではここは決闘従士、というのは如何でしょうか?より良い従者を従えている事も貴族にとって必要な才覚かと。」
「ほう?」
決闘従士とは、元々は大陸南部の文化だ。自らの従者を決闘させ、その勝敗で主同士が賭けを行う。
「ほう、ほう、ほうほうほう?」
その言葉を聞いてロウェオンはまたしても楽しそうだ。
そう、レイの従者とは勿論メリアスが出るだろう。彼女の煌めく星に喩えられる剣技を見れるのだ。騎士でなく従者としてならば、刑罰により剣を持てないメリアスであっても戦える。
レイは何故そんな事を、と不思議に思ったがメリアスの国家反逆罪ももう6年前の出来事だ。マルアードがメリアスを知らなくとも不思議ではない。
「よし、それはいい!素晴らしい騎士だなお前は!そうしよう!」
「ありがたき御言葉です。レィナータもそれで良いですか?」
「…………いや、その、良いですけど………………。」
レイが流石に申し訳なく思っている中、いつもと違うレイの端切れの悪さに自信がないのかと考えたらしい。
マルアードの気力に溢れた声がその感情を浮き彫りにさせる。
「よし、その言葉を受け取りました。では我が名をマルアード=フォン=ビヴリンディ。汝に決闘従士を申し込む。」
「僕からはこの騎士団の入団資格を。貴方は何を賭けますか?」
「ふっ、なんでも構いません。だがそれに見合ったものでなくてはなりませんね。
金ではつまらない。前年に俺が得た食堂の優待券の束でどうでしょう?」
そんなものを?とレイは思ったが、何故か新入生組のウィスタリアたちは盛り上がっているし、上級生にはどよめきが奔る。
「あ、あんなにあれば1ヶ月は昼はローストビーフサンドイッチ、夜はスペシャルステーキセットが食い放題だぞお……!!」
そう言ったバリガンの目は子供のように爛々と輝いている。
そういえば、食堂では購買の前で毎日争いが繰り広げられているんだったか。あの時に争っていたのはもしや彼らだったのだろうか。
購買で食事を争うのはより腹が空いている、つまり身体を動かす者である筈だ。なら、この学院で最も厳しい鍛錬を積む彼らにとってはとてつもなく貴重な品なのだろう。
「まあ……それでいいですよ?」
「安心したまえ。どうせ貴殿には関係の無い話ですので。」
そんなにドヤ顔で見せびらかすほどのものなのか。いまいちレイには分からなかったが、周囲の熱気に押されるようにして砦を後にし、メリアスを呼びに行く事にした。




