第5話 学院でのメイド達
学院では、使用人を連れてくる事ができる。必要がないから連れてこない生徒も居るには居るが、それぞれの使用人にしかできない仕事が多くあるような嫡子や王族などは大概使用人を連れてくる。
特に寮が別の建物となっている王族は最大3人まで連れてこれるため、レイはその権限を活用する事でメリアス、サリー、ツバキを皆連れて来た。
普段の家事炊事などは勿論、それ以外の雑務も多い。
メリアスは護衛としての任務にそれを錆びれさせない為の訓練を欠かさず、この5年でサリーと遜色ないほどに家事をこなせるようにもなった。
レイの武具の手入れもメリアスにとって嬉しい仕事だ。
サリーの雑務の手伝いも出来るようになったが、国家反逆罪の身である為に自らの名前で書類を処理できず、あくまでも手伝いに留まる。
サリーは正式に領主の代行官として任命されており、引っ切り無しに届く書状にレイの代理として返事を返す。今も貴族である事には変わりない為、『サリー=アトリーズ』の名で署名が出来るのだ。
家事はメリアスに、料理はツバキに任せる事も増えたが、愛する人達の世話を焼いたり料理をするのが好きなのは変わらず、自分で担当できる時にはやりたい様子。
ツバキは料理を出来るようになった他、学院備え付けの馬房にて預けている愛馬・メリッサの世話や王都までの買い出し、情報収集などを担当する。
中でも情報収集は大の得意で街の噂話から貴族の取引まで、どこから仕入れて来たのかという話を一早く入手する。『烈氷の剣姫』という二つ名が流布していると気付いたのもツバキだ。
レイの入学から1週間が経過したある日の事。
レイを見送った昼頃、レイのお弁当を用意できなかった代わりに今日の分の雑務を早めに終えられたサリーは、シチューの煮込みをしながら読書をしていた。
その後ろへと、シャワーを浴びたばかりのメリアスがおどかすようにくっついてきた。
「何を読んでいたんだ?」
「あっ、もう!濡れたまんまで引っ付かないでってば!」
共にレイの恋人であり婚約者だが、それは同じくしてメイド達の関係性もそれに似たものになっていた。常に気を張るメリアスも、信頼と親愛からレイ、サリー、ツバキに対しては意味もなく甘える姿を見せる。
「メリアスちゃん、学院での生活は慣れた?と言っても、私達は勉強する訳じゃないけれど。」
「私達にとってはウズの村での業務と然程変わらないからな。強いて言えば温水のシャワーが浴びられて嬉しい。」
「呑気な感想ねぇ。」
魔導器にて水魔法を組み込んだ蛇口は数多くあり、フーニカール国内で広く流通しているが温水となると話は別だ。火魔法を絡めないといけないために手間がかかりそれなりの質の、二つ以上の魔導核が必要になる。そのため、その分高級品とされている。
ウズの村のレイの屋敷でも温水のシャワーまでは備え付けられてはおらず、お湯を張ってそちらに入るばかりであった。
「サリーはどうだ?アトリーズ家はすぐそこだし休日には帰れるぞ。」
「時々なら帰るのも良いかもしれないわねぇ。でも、その時はメリアスちゃん達も一緒だからね?」
「アトリーズ伯は人が出来すぎていて気まずい気持ちがどうしてもな…。」
「もう。レイ様が本当に王になられて、皆で結婚したら貴女にとってもお父様になるのよ?」
「それは…そうなんだが。」
サリーの他、国外から来たツバキ、刑罰にて廃嫡にされたメリアス、そして暗殺されかけたレイと4人も揃ってまともに良好な関係を築いているのはサリーだけだ。メリアスにとってはそれがなんとも眩しい。
「ね、メリアスちゃんのご両親はどんな…あ、嫌ならいいけど。」
「もう割り切っているさ。そうだな…母はアーグリード家から嫁いできた。」
「えっ、それじゃあ王女様なのに愛する人のところへやって来たの!?ロマンチック!」
「喜んでいるところ申し訳ないが、半ば政略結婚だぞ…。」
メリアスは椅子に腰かけていたサリーの隣の席に着く。サリーは何を言うでもなく、そっと紅茶を注いで渡した。
二人にとってはこの程度は話すまでもない事だ。軽く相槌だけを交わしてメリアスは紅茶を啜る。
「あれ?それじゃあアーグリードの血が入ってるなら魔力がふんだんにあるんじゃないかしら。魔法も超一流だったとか?」
カルラシード家が騎士レムラスの末裔であり身体能力が高いが、それと対比するように賢者オディルスの末裔であるアーグリード家は魔力量が常人よりも多く生まれてくる。その事は広く知られているため、この騎士の国においても魔力を多く持つアーグリード家やその血を引く者は優れた魔法使いである事が多い。
「いや、この首輪をつける前から強化魔法と基礎的な放出魔法程度だったな。私はあくまでも騎士だ。」
「へえ、そうなのねえ。」
5年前のメリアスならば、自らの身の上話など卑屈になっていてこういった話は決してしなかっただろう。レイによって心が救われてからもどこかにつっかえのような物が残っていた。こうしてなんら気負うことなく話せるようになったのは、この5年の月日によるものだ。
「父は立派な騎士だった……私の憧れだ。
単純な強さでは遥かに父を超えてからも、その騎士としての在り方そのものを尊敬している。それは今も変わる事はない。
だからこそ、父や家名には迷惑をかけられなかった。」
「なるほど、それで……。」
メリアスはゲイルチュール家を庇うように自ら冤罪を独白するという取引に応じた。それはメリアスにとっての最大限の、そして彼女にとって最後の献身だったのだろう。
「まさかこうしてなんともないように話せる日が来るとはな。」
「うふふ。そうねぇ。」
皆、互いに全ての事柄を公にしている訳ではない。誰よりも愛しているからこそ、話せない事がある。サリーもツバキもそうだ。レイとメリアスだって、隠しているつもりはなくとも何もかもを詳らかにはしていない。時には愛する人に見栄も張る。
だがそれでも良いと、何も言わずに共に居れる間柄。相手の過去を話してもなんともないように受け止められる、そして受け止めてくれるという信頼。それらがあるからこそ何があろうと気にしない。話したい時に話せばよいのだと、言葉もなくレイを含めた四人全員が考えている。
「たーだいまー。」
ツバキが気の抜けるような声で帰って来た。
時たま何も言わずに帰ってこない事もある猫のような気性の彼女であるが、帰る場所がレイ達の元であるのは変わりない。
「今日シチュー?おいしそー。」
「あっ、こら。先に身体洗ってきなさい。」
「はーい。」
煮込んでいるシチューを覗き込むツバキをサリーが嗜めると、洗面台の方へと歩いていった。ツバキはその仕事柄、裏路地や野道を走る事も多く埃や泥で汚れてしまっている場合が多い。学院に入る前に外で落としては来るものの外で払い落すのは限界がある。
「レイ様もそろそろ帰ってくる頃よね。夕食の準備を整えておきましょうか。」
「ああ。そうだな。」
「つまみぐいしたーい」
気の抜けたツバキの声が洗面台の方から聞こえてくる。メリアスとサリーはその声に小さく笑いながら、主の帰りに向けて支度を済ませていた。




