第3話 安寧の国
次なる授業は講義だ。剣や魔法を扱うものでない為、ウィスタリアやバリガンなど騎士部門で顔を見た者たちも居る。
歴史学の講師はケニング=スレイ。骨ばった体型に角ばった眼鏡は、いかにも彼の気質を現しているようだ。
「本日はフーニカール王国の歴史について軽く話していこうと思う。」
前置きは一切なく、淡々と説明していく。
フーニカール王国は建国以来魔物と戦い続けていた国だ。それについてはここに居る誰もが知るところだろう。
「しかし、本日は魔物に関する部分は良いだろうか。皆もよく知っている所であろう。
今日は、他国から見たフーニカールを話すとしよう。」
その言葉と共に、僅かに生徒達がざわつく。フーニカールは商業都市メルクリウスを除き、あまり他国との繋がりが無い国だ。
魔法の発展ぶりは他国でもその名が轟いているようで魔法研究所には他国からの人員も多く来ており、年によっては学院にも留学という形で入学する。
だがそれ以上はない。観光地なども精々王都にやってくる者がいる程度であるので、他国の人間がまずやってくるきっかけがないのだ。
「フーニカールの最大の特徴は戦争が起きない事だ。何故か分かるかな?バリガン君。」
急に名指しされてびくりと立ち上がるバリガンはその内容までは分かっていないようで頭をかきながら答える。
「んんー…ああー…。あっ!大侵攻を止めてる国だから、襲っちまったら大変なことになっちまうだろ!?」
「うむ。それもあながち間違ってはいないな。」
大侵攻をフーニカールで留め、人間の住む大陸部に押し寄せないようにしているのはこの国の功績だ。バリガンの意見は的を射ている。
「だが、少し違うな。フーニカール王国は強すぎたのだ。」
「強すぎたあ?センセイ、どういう事だあ?」
「分かりやすいところで言うと、君も使う強化魔法だよ。
真魔を殺す為に強化魔法が発展していった結果、瞬間的に部位だけに効果を発動するよう進化したのだ。」
「外の国だと違うのか!?」
そんな事は初耳だと驚くバリガンに分かりやすいよう、ケニングは簡略化した人の絵を描く。
「まず我が国の強化魔法は身体の各部が光る。これはこの瞬間・この部位だけが遥かに強化される。真魔を相手にするために発展したものである為に、効果が高い。
私のようなろくに戦えない者でも、これを発動すれば木をへし折る程度なら出来る。」
続けてケニングは、人の絵の周囲をなぞるように線を描いた。
「対して外国における強化魔法はこう。身体全体を覆うように強化魔法を発動させる事で、長時間・体全体を強化する。習得難度が低く、使用する魔力も非常に少ない。これを使えば私も剣を苦も無く振れるようになるだろう。」
「良い事づくめじゃねえか。そっちのがいいんじゃねえか?」
「いいえ。明確に劣る面があり、効果量が遥かに違うのだ。
この強化魔法では真魔に一撃を入れる事が出来ない。」
「あー……。」
あれこれと質問していたバリガンはなるほど、と腑に落ちたように頷いた。
この国において、真魔に攻撃を通せないのならばその価値は遥かに落ちる。そもそも放出魔法などに比べて価値があるとされているのは真魔への対抗策であるからだ。
「フーニカール式強化魔法では強化魔法抜きで普段から戦えるほどに身体を鍛えねばならない。そのせいで騎士となるハードルが上がり、この国ではそれを養う為に学院をはじめとした騎士・魔法使いを育むシステムが発展。
するとどうなるかというと、フーニカールは他国と比べても圧倒的なまでの軍力を持つに至る。真魔と戦う以上は当たり前とも言えるね。
ではウィスタリア君。それが決定的となった事件が分かるかね?」
「……フーニカール歴1170年に発生した、北部戦争ですね。」
ウィスタリアがそういう頃、ケニングが北部の地図を黒板に描いていた。
「そう。かつてこの北部・ミオアンヌ地方には多数の国々があった。
しかしその小国同士が些細な諍いから戦争に発展。その戦火は広がり続け、不文律にて手を出してはならないとされていたフーニカール王国をも巻き込むように大戦争になったのだ。
国境に面したいくつかの村々が襲われ壊滅、大侵攻が同時期に発生していた為に対応が出来なかったのだ。」
ケニングはそう言いながら、北部の地図の多くに×印をつけていく。その中にはウズの村のすぐ近くも含まれていた。
「じゃ、じゃあどうしたんだあ?」
バリガンはどうやらこの歴史を知らないようで、続きをどきどきとしながら聞いている。周囲を見ると存外にそういう生徒は多かった。
「当時の大侵攻が終結次第、フーニカール王国は即座に反撃に出た。
当時メルクリウスの都を占領していた北部軍に対し最大規模魔法を打ち放ち燃やし尽し、残る軍はフーニカールの王宮騎士と開戦した。
いくら防御しても盾の上から鎧を切り裂く斬撃。あらゆる武器も魔法も通用しない守り。重装兵ですら軽々と動き回るその速さ。何を取っても悪夢そのもの。
結果は北部軍全てが壊滅し、報告に逃げ帰った数人を除き鏖殺された。」
「お、おうさつ?」
「みなごろし、だよ。」
言葉の意味を理解した途端、バリガンは顔を青くしている。無理もない。
「その後、フーニカールに進軍した国はフーニカールにて受けた大被害によって国力を大きく落として複数の国が滅亡。
その被害を見た国々は、恐れからか本当に謝罪の意からか。直接的ではないものの自らの起こしてしまった戦乱がフーニカールへ危害を加えてしまったとして、その国土を分譲する事で詫びとした。
当時ミルダルス大河までがフーニカール王国であり国境であったのが、その南にまで国土が増え、ゲイルチュール家など当時トップの戦貴族であった家が王侯貴族に組み込まれました。
これが現在のフーニカール王国が、北部の半分近くを占める大国となっている所以です。」




