第1話 第四王女
入学して初めての授業は放出魔法学の選択授業だった。
選択式であり、もう片方は強化魔法学のテュルバンが担当し、ウィスタリアやバリガンはそちらを選んだようだ。
一方で、レイはどうせ学院騎士団に所属するからと放出魔法学を選択したのだ。
実技であるため、魔法訓練場を利用している。走り回れるほどの広さがあるこの訓練場は、大理石のような壁や床がなんとも美しい。青 天井は吹き抜けになっており、空が見えるため窮屈でもなければ、上空へ向けて魔法を放っても問題ない。
レイがきょろきょろと見回していると話しかけられた。
「この訓練場の土壁が珍しいようですわね。多少の魔法ではびくともせず、多少破損しても土魔法の使い手により修繕が可能なのです。
先の入学試験で決闘場を使用したでしょう?あの床や壁も同じ仕組みで、すぐに修繕が出来るのですわ。」
ほう成程。確かに、バリガンがぶち壊した石畳は次の試合では綺麗さっぱり直っていた。などと考えていると、礼を言うつもりでその声の主の顔を見る。
「アナタがレィナータですわね。入学早々に舞台ごと凍らせたとか。」
ウェーブがかったプラチナブロンドの髪に、黄色の髪が混じっている。瞳まで金色で、その麗しい所作と装いからなんともゴージャスな印象を受ける。
「君がラミュマか。はじめまして。会えて光栄だよ。」
「ふふっ。お互い様ですわね。
第四王女、ラミュマ=フォン=アーグリード。
現王朝を有するアーグリード家の長女だ。レイと同い年で、この歳に入学するのはレイも知っていた。
王位継承権については男は二つの王家から数え年で数えられ、女は無条件でその下位に位置づけられる。さらに現在王朝を有している側が上になるように設定されており、レイの姉・サーリェナは第五王女という立ち位置だ。
殆ど差は無いとはいえ、レイ以上の身分を持っている人物であると言える。
「まっ、今は学友同士なのですし。堅苦しいのは抜きで行きましょう。」
「そりゃあ有難いね。」
学院内では王族であっても一生徒と同じ扱いをされる。
ただし寮は王族専用の別棟を用意されていたり同行許可の下りる使用人の人数が多かったりと、まったくすべてが同じ訳でもなく、特権もある。
「これでも会えるのを愉しみにしていましたのよ?なのにアナタが騎士部門に出場してしまうというからそれを逃してしまいました。」
「あー、すまない。色々と事情があってね。後で話そう。」
レイとラミュマが初の出会いを組み交わしていると、始業から数分遅れて教師がやってきた。茶髪に蒼の混じったぼさぼさの髪。確かな実力と共にだらしなさを同時に感じられる。
「えー、放出魔法学の講師、アウロラ=ツガラホムだ。これから3年間私の顔を見ることになる。入学試験で魔法部門を選んだ面々にはもうお馴染みかな。
この授業を選んだ者はほぼそうだろうが…。」
どうやら騎士部門のテュルバンのように、彼女もまた試験官を務めていたらしい。この授業を選んだのはラミュマを含め、魔法部門を選んだ人物が殆どだ。唯一、レイだけが騎士部門を選んでから選択授業でこちらを選んだらしい。
「さて、授業に移る前に魔法について軽くおさらいだ。
魔法には大まかに分けて四種ある。シーニャ、言ってみろ。」
アウロラに当てられた生徒ははい、と一言返事をしてからよく通る声でそれに答える。
「この授業である放出魔法、騎士に必須な強化魔法、砦にも使われる結界魔法、そして怪我を治してしまう回復魔法ですね。」
「おお、完璧だ。強化魔法は言うまでもないが、放出魔法は魔法の属性を打ち出すもの。結界魔法・回復魔法は名前の通り防御壁と治癒の効果を持つ。回復魔法は価値が高い一方で習得が難しいがな。
この内、この授業では放出魔法を教えている。知っての通り真魔には強化魔法以外ろくに使い道がないが、放出魔法と回復魔法は使えない事もない。」
そういうと、生徒の一人が不思議に思ったようで質問を投げかける。
「せんせー。回復魔法は魔物に効かないんじゃないですか?」
「その認識は正しい。真魔による怪我を治す事は出来ないが、直接的なものでなければ治せる部分もある。
例えば、真魔と戦った騎士が足を掴まれて地面に叩きつけられたとしよう。」
その喩えとして出されたのが思ったよりグロテスクだったからか、数人が声を漏らすのが聞こえた。それが聞こえているかは定かではないが、アウロラは構わず話を続ける。
「その時掴まれた足が潰れていたとして、薬や自己治癒に賭けるしかなく、回復魔法は使う事が出来ない。だが、地面に叩きつけられて出来た傷は死んでいなければ、『真魔と接触した訳ではない』ので治す事が出来るんだ。」
レイはその話を聞いて5年前の壁猪との戦いを追憶していた。確かに、魔物との戦いの中ではそれ以外による怪我も多い。
「で、放出魔法だな。真魔の皮膚や甲殻は成長するにつれて魔法を弾いてしまうが、相手の発動した魔法を相殺して打ち消したり、装甲を無視して攻撃する手段があれば通す事も出来る。
後者は数人がかりで騎士が弱点を露出させてトドメを刺すようなイメージをすればよい。ただし魔物の数が多すぎると使えない手法で、大侵攻ではこんな事をしている暇は無い。
基本は対魔物よりも対人、或いは生活に活かす為に使うと考えるべきだな。
だからこそ細かい魔力制御が求められる。最初の授業ではあのマトに当てて貰う。」
アウロラが指差した先には、壁と同じ土で出来たマトが置かれている。
「火・水・地・風。自分に合った属性でいいから、自分の放出魔法を小規模に撃ち出してあのマトに当ててみろ。ただしマトを壊してはならない威力だ。
10オーミ(約8m)からはじめて、当たったら少しずつ距離を伸ばせ。それぞれのコントロールを確認する意味合いもあるから、手は抜くなよ。」
初歩的ではあるが、飛ばした魔法でマトを壊さないように威力を調整するのは中々に難しい。
魔法はそれぞれの属性により具現化させた魔力に命令を出し、手を離れると一切の制御が効かない。それを落下しないように勢いを付けねばならないが、マトを破壊するほどに強くしてもならない。
これから様々な魔法を学ぶにあたり、精密なコントロールはどの魔法でも必要となる。入学前の力を確認しておくという、ある意味では騎士部門で仕合が行われたのと同じ理由だろう。
「じゃあ早速、あのマトに当てて貰おうかな。魔法部門を選んでいなかったし、お前の実力を見せて貰おうか。レィナータ。」
「分かりました。」
本来ならこんな長射程を狙う魔法に手加減は必要ない為、力加減をするのに慣れていない者がほとんどだ。
だが、レイは放出魔法を騎士として戦う中で補助の為に使うつもりで練習している。遠くにまで氷塊を飛ばすのもまた、レイの想定していた戦い方の一つだった。無力化して拘束するなど、敢えて手加減が必要な場合もあると想定して鍛錬をしている。
人差し指の前に小さな氷塊を作り出すと、それを真っ直ぐに飛ばし、見事マトに命中させる。そしてぶつかった氷塊はボロボロと崩れて落ちた。
「中々筋は悪くない。では、皆彼女を見習ってはじめてみようか。
さて、今年はどのぐらいの人間が成功するかな?」
そういうアウロラの声色は心配しているというものでなく、悪戯っぽいような、心から楽しそうなものだった。
【単位】
フーニカール王国で使われているのは、
通貨 ガウト(1ガウト=約100円)
長さの単位 オーミ(1オーミ=約0.8m)
重さの単位 サズ(1サズ=約1kg)
長さに関しては、作中では分かりづらい為メートルでの距離を併記する。
一部ではイメージがしやすいよう、地の文ではメートルでのみ表記する場合もある。




