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烈氷の剣姫  作者: 黒曜 砕
3章 烈氷の剣姫
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第12話 烈氷の剣姫

 あの後。教師と学院騎士団の面々が舞台に雪崩れ込んできてレィナータは取り押さえられた。

 とはいえ同じくして観客席でメリアスが捕らえていたアンテノルの刺客も同じくお縄となり、それもあり全ての実情が発覚した事でレイが強く取り押さえられる事はなく、メイド達と合流するとサリーに回復魔法を使って貰った。

 心なしか、彼女達は嬉しそうであったように見えた。

後に聞いた話によると、仮にも名のある家がこのような事態を起こした事について頭を悩ませる者も多かったという。そんな中で、ロウェオンは一人で笑っていたそう。


 別室に通されたレイの元へアンテノルがやってくる。


「お待たせした。」


 そこには審判をしていた教師、テュルバン=ルタライコが同席する。スキンヘッドに眼鏡と筋骨隆々な肉体という、中々の偉丈夫だ。テュルバンは騎士団の顧問の一人でもあるらしい。

 一連の話をアンテノルからは聞き出したようであり、その内容を説明される。概ねレイの思っていた通りの内容であったため、特に訂正する部分はなかった。


「やはり、入学後の立場の為にこのような事をしたのですね。」


「そのようです。万全の対策をしていたつもりではあったのだが、私達の力不足です。

 レィナータをはじめ、オリミルガやジャフィードにも申し訳ない。」


 オリミルガとジャフィードとは、アンテノルの第一試合、第二試合の対戦相手だ。

 二人とも戦貴族の家系であり、長男ではない為にこの試合は気合を入れていた所をアンテノルの策にはまり、敗退したという。


「いえ。先生方のせいではありません。悪いのは全てアンテノル自身ですから。」


「わ、悪かった。いやっ、申し訳ありませんでした!」


 アンテノルはぶるぶると震えている。それはそうだろう。これほどまでに強引にでも良い立ち位置を獲得したかったのに、それとは真逆の状態となっている。


「この後、アンテノルにはどういった扱いがされるのでしょうか。」


「彼の処遇については、私達が処断してもかまいません。しかし被害を被り、刺客を捕らえたのはレィナータ、貴女の従者です。

 よって、貴女にある程度の裁量を委ね、その後判断すべきと決定しました」


「なるほど。」


 これはレイがカルラシード家の生まれ、王族である事にも関係している。今回の関係者で最も身分が高いのはレイだ。

 学院の試験であるから単純に法に反している訳ではないが、かといって無罪放免という訳にもいかないのがややこしい所なのだろう。

 それについてある程度罪を学院側で決めてしまうと後々の面倒に繋がる可能性もあり、それならばレイの判断を仰いだ上で決めるのが最も当たり障りのない形になると考えるのは、さほど不思議な話でもない。


「…………。」


 アンテノルを憎む気持ちは舞台ごと凍らせ、レイの中で十分消化し、溜飲を下げる事はできた。

 ここからは自分の為、メイド達の為、利のある選択をすべきだ。


 まずアンテノルをこのまま怒りに任せて退学にしてしまったらどうなるだろう。

 それをしてもおかしくない程の所業をした。レイが根回しをすれば不可能ではない。

 そうすると、彼は王宮に仕える身となる。到底騎士として働けるわけもないから王宮騎士団の名ばかりの従卒として下働きか、王宮のどこかの部署にて事務作業の手伝いをして3年を過ごすだろう。

 レイとしてはそうなっても構わないが、一方でレイにとってなんら利益をもたらさない。


「アンテノル=フォン=ヴィズル……。ヴィズル家の嫡子、か。」


 震えるアンテノルを見て、次は彼の家であるヴィズル家の扱いについて考える。

 ここ最近は落ちぶれたとはいえ、王侯貴族のひとつであり名家だ。レイにとっても無碍にしては不味いだろうか。

 いや、そうでもない。最近は土地を分譲してまでどうにか財産を築いている程にギリギリという噂はレイの耳にも入っている。領民が別の土地に越していくなんて話を聞くし、実際にウズの村にやってきた中にはヴィズル領出身の者も多かった。恩を売っても売らなくても、然程レイに得も損もない。


 あらゆる手は尽くしているようだが、そのいずれもが下準備が足りなかったりと様々な理由から講じた策が却ってその分の金と労働力を無駄にし、そして悪化してしまう悪循環に陥っているそう。

 土地を持たない分、戦貴族は権力が低いというのが常である。しかし逆にいえば、戦貴族はその実力だけで財産を築く事ができるから一定の地位には常に立っている。財の末に自ら土地を購入する家もある。

 では土地が貧した領土を持つ王侯貴族はどうなるのか。それは、最低限の地位すらも無くなっていく。


 アンテノルの立場になって考えてみるとどうだろうか。

 それなりの広さはあるが、無理をした結果貧しい土地。土地を休ませるだけの余裕もない。

 流出していき、減っていく領民。正式な手続きをしたものには文句をつけられず、夜逃げ同然であっても一人一人を追うなど不可能だ。

 この国ならば力があればいくらでも武勲を挙げて出世できる。だが、その才覚にも残念ながら恵まれてはいなかった。


 ならばこの学院で成功しなければいけないと焦る気持ちも生まれて当然だ。

 だが、それなら無条件で許してやるかというとそうではない。これほどの事をした以上は何かしらを取り立てなければならないし、そもそも迷惑を被りメイド達に危険を及ぼされたレイが譲歩してやる筋合いなどない。


(金で賠償させる…のも、違うな。これでは内々の事で済まないし面倒くさい。第一、金には困っていないから妙なしがらみが出来る方が嫌だ。)


 少しの間黙り込み空を眺めるようにして考えるレイ。

 その姿を見ていたテュルバンは不思議に思う。


(こう見ると、体格こそ良いが年頃の少女でしかないのにな。)


 彼は騎士団の顧問の一人で、強化魔法学の講師でもある。戦いの心得もあり、今日出場したどの騎士見習いの少年たちよりも強いだろう。

 だが、彼女だけは底が知れない。覗き込もうとするとまるで仄暗い深淵であるかのようだ。彼女の怒りに僅かに触れた時、まさか動けなくなるほどとは思わなかった。

 明らかに不釣り合いなほどの力を得ている事といい、一体彼女はどのような人生を送って来たのだろうか。想像もつかない。


 テュルバンもアンテノルも、じっとレイの考える様を見つめその動向を見守っている。

 一分程の沈黙の後、レイが口を開いた。


「何もしない。」


「え?」


 想定外の言葉に、アンテノルはすっとんきょうな声を漏らしてしまう。


「何もしない。なんの罪も与えない。君はこのまま、入学すればいい。」


「あ、あとから何か仕掛けてくるとか……」


「それを君が言うか、アンテノル。」


「えっ、あっ、す、すまない。」


「だが、何もしないのは事実だ。あれほどの大規模な魔法を使ったのは噂として駆け巡っているだろう。その理由も一緒に流れるはずだ。

 それが君への罰そのものだ。僕は一切否定する事は無い。」


 なんて事は無い。これから回るだろう噂を考えれば十分な罰であると考えたのだ。

 元々レイが噂になっていて注目を浴びていた。その人物へ偶然対戦相手として当たり卑劣な手段を取った事まで皆々の知るところになるだろう。

 アンテノルが目論んでいた、入学後の立場など当然悪くなるに決まっている。


「ただ、君が卑怯な事をした二人の生徒には個別に謝罪をしろ。その二人に何か要求されても、それは僕は知らない。それは当然の賠償だ」


「う……そうだよな。」


 ただ、レイがアンテノルへ何も要求しなかったと知ると彼らも過剰な要求はしないだろう。

 アンテノルを庇う訳ではない。アンテノルを過剰に貶めてもレイや二人の生徒には利が無いが、むしろ評判を良くする事に繋がる。

 今のレイにとって必要なのは、物品ではなく評判、言い換えるなら誉れそのもの。レイがこの学院で生活するには偏見・疑念、そういった他者からの目をひっくり返さなくてはならず、これをその足掛かりにするのが最善と考えた。

 二人の生徒もそうだ。共に戦貴族であり、嫡子でない為に騎士を目指すだろう。騎士になる為に、寛容さという誉れが足掛かりになればよい。その一歩として、この事件を逆に使ってやって欲しいと思った。


「じゃあ……謝ってくる。」


「逃げるなよ。」


「うう……分かってる。すまなかった。」


 そう言うと、アンテノルは部屋を出ていった。今頃は寮に戻っている彼らに謝罪に向かったのだろう。それを許すか許さないかは彼らの問題であり、レイの知る所ではない。


「………………罰を与えない事が罰ですか。」


 テュルバンはその言葉を反芻していた。

 正直、テュルバンはレイがウズの村の領主と聞いても他の有能な人材によるものであり、名前だけの領主だと思っていた。それはテュルバンだけではなく、多くの者が内心では疑うところだ。

 だが、このような絶妙な駆け引きを行う判断力。無欲なのではなく、欲をかかないというその利を取る姿勢。それには彼女の思想と政治的手腕が窺い知れる。


「では僕もこれで。」


 そしてレイも、アンテノルに続いて部屋を出る。

 多少目立ってしまったが、ロウェオンとの約束はきちんと果たした。学院騎士団への入団もこれで問題ないだろう。

 レイの姿を見て多くの者がひそひそと噂しているのを目にするが、気にしても仕方がないのでそのまま帰路につく。寮を見るのも直前になってしまったし、サリー達に任せた荷解きは終わっているだろうか。



 レイは噂になるだろうとは言っていたが、その想定をまたしても少しばかり上回る事になる。

 アンテノルの卑劣な行為も話題にはなったものの、レイ本人がそれ以上の話題の中心となったのだ。


 倒れ伏す相手を舞台ごと凍てつかせてしまうほどの、『はげ』しい怒り。

 相手の策へ向けて淡々と手を打つ冷徹さと、自らの怒りすらも飲み込み扱う、その心を写したような『氷』の騎士。

 有望なる騎士を相手に魔法を使う事すらなく一度も退かないその勇壮さを合わせ、民衆から第六王女レィナータ=フォン=カルラシードを指してこう呼ばれるようになる。


 その名は――――。



 【3章 烈氷の剣姫・完】




ご閲覧ありがとうございました。

タイトル変更についてのご説明

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